アコライトの石像 −2−                  マルコ編

 その二人は、サンダルフォンが言っていたように、マルコには少し怖そうに見えた。
 クラスターという名の、毛先がゆるくはねた長い黒髪の騎士爵は、シャープな顔立ちと眼光の持ち主で、雰囲気といい身のこなしといい、まるで肉食獣のボスのようだ。
 そして、その隣にいる寡黙な錬金術師の方が、もっと目つきが悪かった。ルーンミッドガッツ王国の人間にしては、少し甘い骨格をしているように見える。もしかしたら、ハーフか・・・どこか他の国の血を引いているのではないだろうか。言葉数が少なくても、少しハスキーな響きのある低い声が、よく耳に残る。
 二人とも、マルコの症状を聞いても大して驚いたりせず、まして、侮蔑するような態度や発言もしなかった。
 それよりも、自分と同じような症状を持ったまま、普通に生活している人がいると聞いて、マルコのほうが驚いた。それはつまり、珍しいことではあるものの、ごく自然な一般的なことだということなのだろうか。
 女の子としたことは?と聞かれて、何のことだかわからなかった。昨日大聖堂から連れ出されて、街中を歩く人たちを見るまで、女性と言えば母と姉しか知らず、大聖堂で働くシスターを見たのも、ずいぶん久しぶりだった。
「よし、どこの部屋使っていいんだ?」
 ぐいと手を引かれ、つられて立ち上がった次の瞬間には、目の前にアルケミストの制服があった。
 二言三言交わされると、マルコはそのまま、応接室から連れ出されてしまった。サンダルフォンはなんと言って言っていたか、この、サカキと言う男は何をするつもりなのか。しかし、マルコは胸の内で頭を振った。
 いつだって、事実は否応なくマルコの目の前に現れ、そしてマルコを飲み込んでいった。耐えること、それが、マルコがやるべきことだ。
「さてと・・・どこから手をつけるべきか」
 客室のひとつに引っ張り込まれたマルコの前で、手入れ不足でぼさついている、緑色の髪をした錬金術師が、腕を組んで立っている。少し首をかしげ、続いてぐるりと室内を見回すと、暖炉に火種を放り込んで薪に火をつけた。
「こっちに来い」
 手袋を脱いだ手で手招きされて、暖炉前に行く。暖かい。本当に、あの大聖堂の寒い部屋から出てこられたのだと・・・いまだに信じられない気持ちではあったが。
「ほら、座る」
 座る、と示されたそこは・・・どう見ても、安楽椅子に座ったサカキの脚の間、なのだが・・・。
 戸惑ったマルコに痺れを切らしたのか、また手を引かれて、強引に座らされた。ゆとりのある大きな造りの安楽椅子なのだが、さすがに二人で座る物ではなく、後ろから抱きつかれた格好で、マルコは身を固くした。
「うーむ、十八歳か。ま、守備範囲外ではないんだが・・・犯罪扱いされないだろうな」
 右肩の上にサカキの顔が現れて呟き、そちらを見たマルコと目が合った。やはり、どこか不機嫌そうな表情に見える。
「エタアコか。あんた、転職しないの?」
「てん・・・え?」
「サンダルフォンみたいなプリになるとか、それともモンクになるとか・・・まぁ、どっちかしかないんだが。アコの修練は積んだんだろ?」
「・・・・・・」
 何のことかわからなくて、マルコは首を横に振った。
「ヒールもルアフも知らないのか?本当に、何にもしないで六年間閉じ込められていたのか!?」
 六年・・・そうなのかもしれない。マルコは、今年が王国暦何年なのかも知らない。ただ、日が昇り、沈み、暖かくなったり寒くなったりするのを感じはしていた。
 それからサカキは、マルコのフルネームから誕生日、血液型などを聞き始めたが、好きな物といった漠然とした質問になると、要領を得ない答えが返ってくるので、次には大聖堂の中であったことを、事細かに聞き出した。
 粗末な家具の色形、食事のメニュー、部屋の広さや、監視付きの真夜中の散歩。驚くべきことに、サカキに問われて鮮やかに思い出せるものもあれば、かえってぼんやりとしたイメージしか思い出せない事柄もあった。そして、足枷の話になると、初めてそれをマルコの両脚に見出した時のサンダルフォンと、同じような表情になった。
 いつの間にか力が抜けて、サカキに寄りかかっていたことに気がつき、マルコは慌てて体を起こした。
「こら、どこに行く」
「あの・・・」
「いいから、そのままでいろ」
 おそるおそる、また寄りかかると、サカキの腕は変わらずマルコを抱きとめた。
「今度は、家族のことを聞いていいか?」
 マルコは頷いて、思い出せる限りのことを話した。父、母、姉・・・使用人たち、飼っていた犬や、自分の部屋にあった風景画のこと・・・。
「・・・でも、僕は・・・・・・悪魔みたい、だって・・・」
「そんなことを言われたのか」
 実際、流れ出る血を見て狂喜するなど、普通の人間ではない。マルコが、おかしいのだ。
「・・・死のうと、思ったんだ・・・お、母様、が・・・僕は、いまわ、しい・・・子だって・・・・・・食べなければ・・・でも、自殺するのはいけないって・・・聖書に、あって・・・」
 ふいに胸が詰まり、目が痛くなって、マルコは目をこすった。指先が濡れた。
「・・・・・・」
 息苦しく、声が出なくなった。だが、震えながら泣きじゃくるマルコに、それ以上話さなくていいと、サカキは言ってくれた。
 温かな胸に抱かれて、髪を撫でられ、額に何度もやわらかな感触があたって、やっと呼吸が楽になった。
「よくがんばったな。サンダルフォンの家にいる限り、もうそんな事はない」
 見上げると、また額にやわらかな感触があたった。それから、泣き腫らした目元に、冷えた頬に・・・唇に。
「どうした、キスも初めてか?」
「あ・・・」
 また唇をふさがれ、ぬめった感触にびっくりする。サカキは眉間にしわを寄せたが、マルコを見つめる眼差しは優しかった。
「まったく、こんな子供が、何をどうしたって言うんだ。なぁ?」
 左手をサカキの右手に、指を絡ませるように掴まれ、右手はサカキの胸元にしがみついている。背を支えられ、身動きできないままで、マルコは三度みたびサカキの唇を受け入れた。
 唇はもとより、舌も、歯も、サカキの舌が弄っていく。なにか、体の芯がむずがゆくなって、マルコは喘いだ。
「はっ・・・ぁ」
「怖かったり、嫌だったら、そう言え。気持ちよかったら、もっと、だ。わかったな?」
 マルコが頷くと、サカキはいい子だ、と囁いた。
 首筋を舐められて、くすぐったくて逃げようとしたが、また体の芯がむずがゆいような、じんわりとした感覚がやってきて、ため息が出た。
 法衣がはだけられて、シャツが捲りあげられる。少し寒かったが、すぐに温かい掌がマルコの肌を撫でていった。胸の、ある箇所に触れられて、体の内に走った衝撃に戦慄いた。
「ひっ・・・ぁ、」
 サカキの指先がマルコの尖り出した乳首をこね回し、相変わらず首筋を舌や唇で愛撫している。
 痺れるような、たまらなくじれったい疼きが、マルコの体の奥でうねるようだ。
「あ・・・はぁ、っ・・・んっ・・・!」
「どうした?嫌か?」
 かぶりを振って、体を支えるように肘掛を掴む。なんと、言えば・・・?
「も、っと・・・」
「素直だな、マルコは」
 唇が触れて、もっと熱が欲しくて、舌を差し出すと、期待通りに吸われ、唾液が溢れた。
 頭の中がぼうっとして、ベルトやファスナーが外されたのにも気がつかなかった。直接握りこまれて、腰が跳ねた。
「ひぁあっ・・・!ぅ、あっ・・・あ、だめっ・・・」
 ずくんずくんと、うねりが熱く、大きくなる。くちゅくちゅという濡れた音と、ぬるぬるした感触に見下ろす。初めて見た、他人に触れられて張り詰めている、自分の性器。
「はぁっ・・・はぁっ・・・ぁ、うっ・・・は、こ・・・んな」
「自分でもしたことがないのか?・・・その歳なら、夢精とか、朝起ちとか、するだろう?」
 また何を言われているのかわからなくて、頭を振る。
「まじか。・・・それなら、自分でしてみな」
 導かれて、自分で触ってみる。びっくりするぐらい、熱くて、硬かった。先端から透明な雫が溢れていて、それをこすり付けるように扱くと、今度は背骨の中を、脳天に向けて痺れが駆け抜けた。
「あっあぁあッ!」
「可愛いな。マルコは、素直で、やたらと可愛い」
 ちゅっと首筋にキスされ、ひょいと左脚を抱えられて、脚を開かされた。ますます疼きがひどくなり、自分を追い詰める手が止められない。自分でたてる淫らな音が、自分自身を耳から犯していくようだ。
「あっあぁっ・・・も、・・・サ、カキさんっ・・・サカキさんっ!」
「初めて呼んでくれたな。ご褒美だ」
 肘掛に抱えた脚を乗せ、サカキの指が、再びマルコの胸を弄った。
 体の奥に電撃が走り、腰をくねらせて、マルコは高みへ翔け上がった。
「んぅっ!ぁ、ああッ!!」
 目の前が真っ白にスパークして、甘く激しい開放感に身をゆだねる。手の中に、熱い迸りを感じた。
 世界が回るような、それでいて、どこかへ飛んでいけそうな酩酊感。背中に、サカキを感じる。だが、それ以外は激しい呼吸に乱されて、マルコにはよく見えなかった。
 ふと、くすぐったくて首をめぐらせる。くすぐったいのは、自分の右手だ。なにかが這っているような・・・。
「・・・サカキ、さん?」
「ん?」
 サカキが、マルコの手を舐めていた。吐き出された精液を、サカキはマルコの指を咥え、あるいは舌で掬い取るように、丁寧に舐め取っていた。
 その、妖しくも淫らな微笑。
「気持ちよかったか?」
「はい・・・」
「それでいい。・・・もっとか?」
「・・・はい」
 初めて、マルコは自分の頬が熱くなるのを感じた。