アコライトの石像 −3− マルコ編
ベッドの上に仰臥して、両膝を立てて開き、マルコは絶え間なく嬌声を放った。体中で、サカキの唇がまだ触れていないところなんてなかった。
少年の証は温かなサカキの口腔内でしゃぶられ、大量のジェルによっていやらしい音をたてるアナルには、サカキの指が出入りしては、マルコの官能を引きずり出している。 「ああっ!あっ・・・また・・・また、い、くっ・・・!んぁあっ!!」 爪先立ちになり、淫らに腰が浮く。しかし、片手はシーツをつかんでいるのに、もう片方の手は、サカキの髪をつかんで、自分に押し付けている。止めようのない、甘美な衝動。 「アアぁッ!!」 慣れてきた開放感と、相変わらず激しい痺れに眩暈がする快感。全部吸い取られて力が抜けた腰の中で、ぐるりと擦られて仰け反る。 「ひっ!ぁ・・・サ、カキさん・・・!も・・・だめ・・・っ」 何度目かの絶頂に、いい加減力尽きてもいいはずなのだが、サカキの手にかかると、またすぐに体が疼きだしてしまう。 もう限界だと首を振ると、指が抜かれた。その時ですら、まだ欲しがっているかのような、甘い声が出る。 覆いかぶさってきた体にしがみつくと、温かい抱擁を返される。あやすような優しいキスが、求めた分以上に降り注いでくる。 汗の匂いは気にならない。それ以上に、自分が吐き出した精液の匂いに慣れたからかもしれない。 他人の呼吸と、鼓動と、体温と・・・長い間求めることすら出来なかったものが、いますべてマルコの腕の中にあった。サンダルフォンが連れ出してくれなかったなら、こんな贅沢はありえなかった。 (嬉しい・・・) 心地よい疲労に目を閉じかけて、ふと熱い塊に腰が触れて目を見開く。 「あ・・・」 自分ばかりが気持ちよくなってしまって、サカキを一度も満足させていなかった。おそるおそる、しなやかな背から腕を離し、その高ぶりに手を伸ばす。 自分と同じ物なのか確かめるように、ゆっくりと指を這わせる。そっと握りこんでみると、熱くて、硬くて・・・大きかった。 「っ・・・なんだ、こっちが欲しいのか?」 初めて他人のものに触って、顔を赤らめるマルコに、サカキは下半身を好きに弄らせたまま、唇を吸い、鎖骨に沿って舌を滑らせた。 「んっ・・・サカキさん・・・」 「もう限界じゃなかったのか?」 「・・・そう、だけど・・・」 自分も舐めた方がいいのかとマルコが考えをめぐらせていると、サカキは体を起こして、自分のたぎりにジェルをなじませた。 「それじゃ、本番といこうか。マルコ、ちょっとむこうを向いていろ」 言われたとおりに、上半身をひねって横を向いていると、サカキが動く気配と、小さな物音がした。 「よし。さぁマルコ、勝負だ」 体を戻して見た先に・・・サカキの両肩に一条ずつの、赤。 「これで、匂いもわかるか?」 顔の上にかざされた拳が開かれた。掌に走った線に、次々と赤い玉が浮き上がっていく。 マルコの中で鍵が開くように、世界がぶれた。それとも、何かのスイッチが切り替わったのか。ただ、獣のような叫び声を、どこか遠くに聞いた。 体の中をかき回される、蕩けるような快感、何度でも登りつめたい絶頂。 (気持ちいい・・・あぁ、いい匂い・・・) 浴びるように纏える、・・・の匂い。 前を扱かれて、仰け反った喉の奥から嬌声が迸る。 「ああっ!・・・あっ!ぃくっ・・・もっと、ぉ!・・・あぁっ!!」 そのまま、腰をゆすって、擦られて、弾ける。いい匂いのするものに鼻を摺り寄せて、舌を這わせて、胸いっぱいに味わう。足りない。まだ足りない。 それは、呼吸するように自然で、際限のない終焉と再生の営みのよう。 いっそ、溶けてしまえたら。この 「はっ・・・ん、んぁっ・・・!い、イイっ・・・!!」 後ろから貫かれている衝撃と、口の中に広がる微かな塩気と鉄臭が、前後から自分を満たしているようだ。 (ぜんぶ・・・ぜんぶ・・・!) 浅ましく、貪欲に・・・ただ、気持ちよくて、それが欲しくて、叫んで、喰い千切れないか噛み付いてみる。 マルコ・・・そう呼ばれているその名前が、誰だったか思い出せない。何度も、耳を通過していくのだが、それを深く考えている余裕などない。 また甘い疼きが、体の中を貫いていく。イきたい。もっとイきたい・・・! 「ふぁ・・・っあぁ、ああぁあっ!!」 「マルコ・・・!」 腰が砕けるような、甘美な痺れ。激しい痙攣と硬直が、音を立てて視界を凝縮していく。天蓋越しの天井、緑色の髪、主張し過ぎない鼻梁と、琥珀色の鋭い眼差し。 「はぁっ・・・ぁ・・・・・・サカ・・・キ、さん・・・・・・?」 「マルコ・・・戻ったか」 やわらかな質感を帯びた、静かな薄闇の世界で、心地のいいキスが繰り返される。 「よくがんばったな」 優しく髪を撫でられる・・・デジャヴ。 全身から力が抜けて、安堵が広がっていく。覆いかぶさっている温かな重みが、この上ない安全を保障しているように感じられた。 「俺たちの勝ちだ。ゆっくり休め」 頷けたかどうか、マルコにはわからなかった。 「マルコ・・・!」 ゆすり起こされ、マルコはぼんやりと目を開けた。部屋の中は明るくなっている。 サンダルフォンの心配そうな顔があって、慌てて起き上がる。だがクラスターの驚いた表情をサンダルフォンの後ろに見つけ、自分がロザリーしか身につけていない裸だと気付いてうろたえた。 「あ・・・」 「もう平気だろう?」 その声に振り仰ぐと、上着を肩にかけただけのサカキが、まるで人目をはばからずに、マルコを抱き寄せてキスをした。 「は・・・ぁ、はい」 たしかに、気分がすっきりとしている。大聖堂から出る前まで・・・いや、つい先刻までは、堅い岩盤の中でうずくまっていたような気さえしてくる。 「ま、定期的にヌかなきゃいかんだろうが、慣れれば一回の症状も軽くなろう」 サカキがマルコの肩に、アコライトの法衣の上着をかけてくれた。サンダルフォンに促されて、そっとベッドから降りる。なんだか、腹の中が妙な感じで、膝ががくがくした。だが、嘘のように体が軽い・・・気がする。 「あの・・・」 叫びすぎた喉がからからで、うまく声にならない。 「あ、ありがとう、ございます」 あの行為の後で、他になんと言えばいいのかわからなかった。あの行為が、どういう意味なのかもわからない。ただ、マルコに無理のない変化と、絶対的な慈愛を与えてくれた。 マルコも良かった・・・そんなお世辞に、耳まで熱くなった。 気分はとても軽いのに、肉体が疲労困憊してついていかない。 風呂場では、サンダルフォンがしきりに痛い所はないかと訊ねてきた。大丈夫、腰と脚に力が入らないだけで、どこも痛くない。マルコはそう答えるのだが、まだ何かがはまっているような感じのするアナルに触れられた時は、思わず変な声を出してしまった。 肌触りの良い部屋着の上に、温かいガウンを着せてもらい、マルコは自分の部屋のベッドに倒れこんだ。 もう一歩も動けない、と思うのだが、妙に目が冴えて眠れない。ぱたぱたと走る音が聞こえる。まるで自分から固い殻がはがれたかのように、耳や気配を感じる感覚まで鋭敏になったようだ。 (サンダルフォン・・・?) そんなに慌てて、どうしたのだろうか。 寝返りを打とうとして、ふと自分の手を見つめる。サカキの舌が這った、あのくすぐったい感覚を思い出して赤面する。 (あんなふうに舐めるなんて・・・) 何度も拭うように、指先をしゃぶられた。その度に、赤く汚れたところが唾液に濡れて・・・ (え?) 覚えのない光景と、記憶にある光景が交差する。サカキが舐め取ったのは、マルコの右手にかかった精液のはず。・・・では、この左手が覚えている、ため息が出るほど官能的な感覚は・・・? (僕は、血を見て・・・でも、僕は!?) どこも、怪我をしていない。 マルコは飛び起きて、そっと先ほどまで使っていた客室に戻った。窓が開け放たれ、冷たい風が吹き込んでいる。誰もいなかった。ベッドを覗き込むと、シーツがはがされていたが、いくつかあるクッションのカバーに、赤黒いシミが出来ていた。 「・・・・・・」 息を呑んだまま呼吸が出来なくて、マルコは口元を押さえた。 血だ。だが、不思議なことに、動揺はしても体の疼きや精神の錯乱は襲ってこない。 よろめきながら窓辺にすがると、隣の部屋の窓から明かりがもれているのが見えた。マルコはすぐに、その部屋を出て、隣のドアに身を寄せた。 「・・・・・・〜っ!!」 ドアノブを回す前に、サンダルフォンの叫び声が聞こえて、マルコは少しだけドアを開いた。 サンダルフォンがこちらに背を向けて立ち、ベッドの向こう側に鎧の鈍い輝きが見える。神聖な光が、ベッドのあたりに宿っていた。 「・・・安易にサカキに犠牲を求めた!私は・・・」 サンダルフォンの悲痛な声が聞こえたが、サカキのものらしい低い声が何を言っているのかは聞き取れなかった。 不意にサンダルフォンがこちらを向いたので、マルコは慌てて、もとの客室に逃げ込んだ。 そのドアの向こうを、サンダルフォンの足音が横切っていく。階段下のほうまで音が聞こえなくなってから、もう一度マルコは隣の部屋のドアに張り付いた。 そっと覗くと、低い話し声が聞こえ、ベッドの上でうつ伏せのまま、動かないサカキが見えた。ベッドサイドに、救急箱が見える。 マルコは静かにドアを閉め、サンダルフォンを追って、階段を駆け下りた。 「マルコ・・・どうした?」 水差しとグラスを盆に載せたサンダルフォンが、無理に笑顔を作っていることぐらいマルコにもわかる。憔悴して、ひどく青ざめている。 マルコは激しい動悸を鎮めながら、喘ぐように懇願した。 「サンダルフォン・・・僕に・・・僕に、ヒールを・・・教えてください・・・っ!」 自分がサカキを負傷させたのだ、サンダルフォンは悪くないと、もっと言いたかったのだが、うまく言葉にならなかった。 それでもサンダルフォンは、今度は本当に微笑んで、マルコに頷いてくれた。 |