アコライトの石像 −2−                クラスター編

「それで、俺たちがやることは・・・俺がやることは聞いた。同じような症例の人間が、普通に自分の好きなことをやって生活している実例を、話してやればいいんだろう?」
「そうだ」
 ゆっくりと、しかしはっきりと、マルコの視線がクラスターに向けられた。・・・たぶん、驚いているのだろう。相変わらず茫洋とした眼差しだが、そんな表情だ。
「うちのギルドは、主に対人型の戦闘狂どもが多いんだが、その中に『思いがけず危機が迫ると発情する』困った体質の男がいてな。戦闘中にいきなり喘ぎだしたりするわけだ」
 これはサカキも初耳だったのか、驚いたようにクラスターの横顔を見つめてきた。
「もちろん、そんな状態になっては戦っていられない。これはひとつのパターンだ。そいつが発情するような、突発的にまずい戦況になった場合の対処法を、俺たちは幾通りも考え、常に個々の判断で助けに動けるよう訓練している」
 ギルドメンバーの誰もがクラスターを信頼し、マスターとして仰いでいるが、誰もが一個としての力量と、それにふさわしい誇りと責任感を持っている。だからこそ、自分を含めた仲間の長所と短所を、上手く利用してやることができるのだ。
「当然、そんな急所を攻められるような馬鹿な戦い方はしていない。だが、何事も不測の事態というものがある。それを見越して、補いながら戦うのが、俺たちのやり方だ」
 『安全に戦っている』と言えば、矛盾したように聞こえるし、「Blader」がそんな戦い方をしているなど、誰も信じないだろう。それほど、クラスターのギルドの勢いは苛烈だった。
「生まれつき、どんな体質や障害をもっていようと、環境によっては、けっこう気楽に暮らしていけるはずだぞ。サンダルフォンは、そういう環境を作ろうとしているのだろうが・・・」
 見やった先でサンダルフォンが頷いていたが、クラスターは、ひとつ首をかしげた。
「そうだ、ヌいたりは出来ないのか?自然発情した時はした時でアレだが、うちでは割と定期的に、わざとそういう状況を作って・・・というか、じゃれあって遊んでいるうちにそうなるんだが?」
 そのせいで慣れたのか、真澄も初めの頃に比べて、最近では自我を失うほどの発情はしなくなってきた。当然、すっかり性欲を抜き取られた直後なども、危機に陥っても理性が働く割合が多い。
「まさしく、整った環境と言えるだろうな。さて、うちでもそうしてやりたいのだが・・・その前に、マルコは何年も、ずっと禁欲生活をしていたらしくて・・・・・・」
 サンダルフォンの言いたいことがわかって、クラスターは額に手を当てた。
「そうか。いったん堰が切れたら、どこまでブッ飛ぶか、予想がつかねぇのか」
「そういうことだ」
「それは・・・まずいな」
「だが、これ以上引き伸ばすわけにはいくまい」
「悪くなる一方だな」
 愁眉を寄せたクラスターは、ふと隣に座った男に思い至った。
「まさか、サカキに任せる実務って・・・それか!?」
 顎を引いたサンダルフォンに、クラスターは絶句した。
「私があの時から不能だって、知っているだろう」
「転生しても駄目か」
「まったく」
 相方である女聖堂騎士を失って以来、サンダルフォンはまったく情欲が湧かなくなってしまっていた。それはそれで問題なのだが、今回はそのせいで、一人ではマルコの相手を出来ないという事態になっているのだ。
「事が事だけに、最初の一発を女性に頼むわけにもいかなくて・・・」
「何が起こるかわからんからな」
「うむ。それで、信頼がおけて、男が相手でも大丈夫なサカキに頼みたいのだ」
 たしかにゲイであり、その道の男どもから絶大な評価を得ているらしいサカキならば、マルコをいなすことも可能かもしれない。
 だが当人はそんなことは瑣末なことらしく、もっと別の心配をしていた。
「俺でいいのか?つまり・・・その子を喰っちまうことになるが」
 サカキが見つめる先で、マルコは伏目がちなまま、表情を動かさない。
「女の子としたことは?」
「・・・・・・ない、と思います」
「思います?」
「・・・わかりません」
 要領を得ない返答に、鋭くなった眼差しでサカキがサンダルフォンを見やる。
「マルコが幽閉されたのは六年前、十二歳の時だ。・・・今のところ、女性から訴訟は起こされていないが」
「なるほどな」
 性交渉も出来なくは無いが、そんな子供とする女がいるだろうか。・・・もっとも、幼い少年が好きという女が、発情したマルコの目の前にいたら、話は別だろうが。
「初物な上に、思春期含めた六年分の性欲か。一生分の責任と名誉をかけるに値する」
「やってくれるか」
「ああ。マルコさえよければ」
 あっさり頷いたサカキに、クラスターは軽くめまいを覚えた。
「本気か、サカキ?」
「これ以上無い、いい人選だと思わないか、クラスター?」
 サカキは口元だけで微笑んでみせると、三つの条件を出した。
「約束してくれ。ひとつめは、時間。そうだな、今回は今日の午後いっぱいはかける。夕方までには、なんとかしよう。それ以上は俺がもたないだろうし。ふたつめ、その間、俺とマルコの二人きりになること。みっつめ、行為の最中にヒールをかけないこと。以上」
「それは・・・私も同席できないということか」
「今回のところは。俺を信用してもらおう」
「・・・・・・わかった」
 毅然とサンダルフォンを見据えるサカキと、まるで石像のように表情を動かさないマルコと、視線を行き来させ、大きな塊を飲み下すような表情で、サンダルフォンは頷いた。
「よし。どこの部屋使っていいんだ?」
 立ち上がってマルコの手を取るサカキに、サンダルフォンはあっけに取られ、クラスターも苦笑いしか出てこない。
「意外とせっかちだな」
「据え膳喰わねば男の恥ってな。それに・・・こんな奴を、一秒だってこのままにしておきたくない」
 表情は至極真面目なのだが、腕はしっかりと少年アコライトの腰に巻きついている。
「サカキ・・・」
「サンダルフォン、あんたは何をもって、俺にこの件を任せようと思った?」
「・・・二階の、上がってすぐ右手の部屋を使ってくれ」
「了解。当分時間がかかる、二人で狩りにでも行ってこいよ」
 そう言うと、サカキはマルコを連れて、さっさと応接室を出て行った。
「・・・相変わらず、ペースのわからん奴だな」
「しかし・・・心配だ。狩りになんか行けるか」
 青ざめた顔をしているサンダルフォンに、クラスターは少し考えて言った。
「もしかして、一昨日ハイプリに転職して、そのままか?」
「そうだ。うちの中を片付けて、それから昨日、すぐにマルコを引き取って・・・」
「ああ・・・」
 納得して、クラスターは笑い出した。いくらハイプリーストになっても、転職したてでは、できることはアコライトと大差ない。
「だからだ。少しでも治癒の修練を積んでこいということか」
「だが二人だけにするのは・・・」
「それだけやばいと、サカキも思っているんだろう。ハイプリーストさまの力が必要なんだってな」
「・・・・・・」
 珍しく赤面して黙り込んだサンダルフォンに、クラスターは剣を取って立ち上がった。
「ほら、行くぞ。どうせ数時間は、俺たちの出番は無い」
「・・・わかった」
 気持ちを切り替えたサンダルフォンが支度をするのを見ながら、クラスターは興味を覚えてたずねた。
「そんなにサカキは、男相手に上手いのか」
「そっち系の街中で、オカマちゃんでない野郎どもに聞いてみろ。サカキといえば、『もう一度抱かれたい男』として有名だぞ?」
 あの気難しいイメージとのギャップに、クラスターはそばにあったキャビネットによろめきかかった。
「もう一度か。お盛んなことだ」
「お前ほどじゃないと思うぞ、クラスター」
 皮肉はあえなく親友に切り返された。
「・・・で、なんでニューハーフは除く、なんだ?」
「あいつは男として、男らしい男しか愛せない。セージやダンサーの格好をしたいかついお姉さんたちが、ものっそい低い声で『アタシもサカキさんに抱いてもらいたぁい』言うの、聞いてみるか?」
「遠慮しておく」
「賢明だ。ノンケのお前には、縁遠い世界だ」
 くすくすと笑みをこぼすサンダルフォンが、一瞬階上に気遣わしげな視線を向けたが、すぐにクラスターを促して歩きだした。