アコライトの石像 −1−                クラスター編

 まだ雪があちこちに残り、年が明けても、薄い日差しにまだ春は遠いと感じられる日。
 それでも、颯爽とペコペコを駆るクラスターは、元気いっぱいだった。いち早く転生に臨み、駆け抜けるようにソードマンハイを経て、ロードナイトの資格を得た。若々しい生命のエネルギーが、尽きることなくクラスターを高揚させ、中身の年齢にそぐわないほどの軽妙さを振りまいている。
 肌を切るような冷たい空気が、結っていない長い黒髪を押し流していく。ふと、見たことのある姿を追い抜いた気がして振り向いたが、人ごみにまぎれて見えなかった。
 プロンテラの中央大通りを南下し、ごちゃごちゃとした住宅街に入る。通い慣れるというほどではないが、よく知った道のりで、年代物の屋敷にたどり着く。
 門扉に鍵がかかっていないことを確認すると、器用につま先で押し開いた。そのまま、前庭に侵入して来客用のペコ舎に直行する。ここの住人は騎士ではないのだ。
「よく来てくれた、クラスター」
 玄関から現れたのは、輝くような濃い金髪の青年。彼もつい先日転生したばかりで、クラスターもそのこまっしゃくれたノービスハイの少年を見たのだが・・・。
「もうハイプリになったのか!」
「なに、お前さんほどの早さではないよ」
 からからと笑ってみせるサンダルフォンは、ハイプリーストの白い法衣に身を包んでいた。
「実は急ぎたい理由があってね、一昨日転職してきた」
「おめでとう、と言っておこう。その急ぎたい理由が、俺を呼ぶほどの厄介事で無ければいいのだが?」
「いやぁ、鋭いね。さすがクラスターさん」
「・・・・・・」
 この情報屋を生業にする聖職者が、かなりのナマグサであることは知っているが、根がいい奴のせいか、どうも厄介事を抱え込むことが多いと、クラスターは呆れる。
「なに、実務はもう一人に頼むつもりだから、クラスターは話をしてもらえるだけで十分だ」
「話?」
「お前のギルドに、変な奴いるだろう」
「どいつもこいつも変人だが?」
「ああ・・・ええと、なんと言ったかな。ウィザードで、おかしな拍子に発情する奴がいるって・・・」
「ああ、真澄のことか」
 納得した。たしかに、変人ぞろいのクラスターのギルドメンバーの中でも、真澄は抜きん出た変人だ。体質的にも、性格的にも。
「世の中にはそういう人間が何人かはいて、まわりの理解もあって、普通に生活しているって事を話してほしいんだ」
「なにか、そういう珍しい体質の人間でもいたのか」
「そんなところだ」
 連れだってペコ舎から玄関へ歩いていくと、ちょうど門をくぐってくる人影と出くわした。
(ああ、こいつだ)
 さっき追い抜いた、見覚えのある人影のイメージと重なり、クラスターは内心頷いた。
「よく来てくれた、サカキ」
 ドーム型のカートを牽いたアルケミストの男が、相変わらず手入れをしていなさそうな、無造作な緑色の髪の下から、不機嫌そうな眼差しを向けてくる。
「よう」
「どうも」
 そこで会話は途切れる。なにしろ気難しいこの男と話をするのは、クラスターでも少し構えてしまう。
(もう一人に頼むって、サカキのことか)
 ということは、実務とは製薬関係だろうか。しかし、アルケミストとはいえサカキは前衛型であり、製薬よりは剣を振り回す戦闘に向いている。
 純粋な戦闘ならば、クラスターの方がずっと向いているが、まだ転生前ほどの実力までは戻っていない為、行ける場所には制限がある。
 それに、先ほどサンダルフォンが言っていた、珍しい体質の人間との関係となると、想像もつかない。
 クラスターはサカキと一緒に、サンダルフォンに屋敷に招き入れられた。古びた外観からは少し予想できない、豪奢な内装の屋敷だ。長い毛足の絨毯、滑らかな壁を飾る、鮮やかなタペストリーと、額に収まった絵画、繊細な細工のランプ・・・。すべてサンダルフォンの、上品な趣味と審美眼にかなった調度品だ。
 暖かな応接室に通されたが、それが動くまで、自分達以外に人間がいるとは思わず、クラスターは目を見張った。隣のサカキからも、戸惑った気配が感じられた。
「従兄弟のマルコだ。マルコ、そっちのロードナイトがクラスター。隣のアルケミストがサカキ。私の友人たちだ」
 サンダルフォンが隣に立って紹介したのは、短いプラチナブロンドをした、サンダルフォンによく似た面立ちのアコライトの少年。ただし、アコライトにしては成長している。とっくにモンクかプリーストになっていてもよさそうな体格だ。
「マルコです。・・・はじめまして」
 まるで、何年も言葉を発していなかった人間のような、聞き取りにくい発音だ。
 サンダルフォンの身振りに促されて、クラスターとサカキはソファにかけた。温かな紅茶を供されたが、マルコの異常さにどうしても視線が行き、ティーカップには手がつかない。
「どうだ?二人とも驚いたみたいだが」
「・・・たしかに珍しいな。アコライトのくせに、剣を学んでいたか」
「ほう!よくわかったな」
 サンダルフォンはニヤリと笑ったが、クラスターにしてみたら痛ましいとしか言いようがない。マルコはこれまで、起立、着席、そして会釈ほどしか動作をしていないが、そのすべての所作に、剣士らしい不動の芯が見えた。
「ただのノービスが、ここまでしっかりとした手ほどきを受けられるものか。・・・無理やり、アコライトにさせられたのか」
「そうだ。マルコは、元々クルセイダーになりたかったそうなんだが・・・ちょっと、事情があってな」
「ふぅん」
 その事情とやらが、厄介事なのだろう。あるいは、おかしな体質のせいか・・・。
「サカキはどうだ?率直に言ってもらえるか」
「・・・よくできた石像だな」
 上手い!思わずクラスターは胸の内で手を叩いた。その通り、まさしくマルコは、よくできた石像という印象を与えるのだ。
 無表情・・・の一言では言い表しきれない、なにか、人間的なものが欠落しているように見える。それが、マルコに感じた異常性の正体だ。
「石像か。上手いな」
 サンダルフォンも、それをわかっているらしく、微笑むのだが、隣に座っているマルコは微動だにしない。「石像」とまで言われながら、自分のことだとわかっているのだろうか。小奇麗な顔とあいまって、まるで本物の人形のようだ。
 クラスターとサカキに向き直ったサンダルフォンは、表情をあらためた。この男にしては、珍しいほど切羽詰った目の色をしている。
「二人に頼みたいのは、このマルコに関することだ。非常識とも、無茶とも言う。しかし、よくよく考えた結果、信頼できる二人にしか頼めない。どうか、請け負ってもらえると助かる」
 クラスターが隣を見ると、やはりサカキも怪訝な表情でクラスターを見返していた。そして、その不機嫌そうに見える半眼は、会話の担い手をクラスターに一任してきた。
「とりあえず、どういうことか説明しろ。その従兄弟が、うちの真澄みたいな体質だということは、見当がついた」
 ひとつ頷くと、サンダルフォンはマルコの症状についてざっと説明した。
「マルコには、生まれつき異常嗜好があることがわかった。それは、生き血を見たり、血液の匂いをかいだりすることで発症する。突発的かつ、きわめて・・・自分でも制御できないほど、きわめて強い情欲だ」
「血の匂い?それは、人間の?」
「赤い血を持っている生き物、ほぼすべてだ。女性の経血はもちろん、食用の生肉や臓器類も、血が少しでもついていたら、基本的にダメだ」
「それはまた難儀だな。たしかに、剣士なんか無理だ。・・・いや、まて。大聖堂だって、傷病人の看護とかあるだろう。どうしていた?」
「それが・・・」
 一瞬言いよどんだサンダルフォンが、かすかな怒りすら滲ませて、搾り出すように答えた。
「幽閉されていたんだ。一応、貴族だったから、娼婦の真似事をさせられることは無かったらしいが・・・。私が、つい最近マルコの存在を知るまで、身内に大聖堂へ連れて来られてから、ずっと・・・」
 クラスターは思わず天井を仰いだ。それで、あの不明瞭な発音にも納得がいく。実際、聖書を読む以外に、話す相手がいなかったのだ。それは言葉も忘れがちになる。
「たまたま転生して大聖堂に行った時に噂を聞いて、調べてみたら、なんと従兄弟だったというわけだ。私達は、どうも祖母に似たらしくてな。顔は兄弟みたいだろう」
 たしかに、二人は従兄弟というよりは、兄弟のようによく似ている。
「それで、私が引き取ることにしたのだ。その条件として本家と大聖堂から出されたのが、ハイプリーストになることで・・・大急ぎな転職になったわけだ」
「ふむ」
 サカキが軽く頷いたのを見ると・・・、なるほど、その追い込み修練の相手に引っ張り出されていたらしい。同程度のレベル帯の人間で修練した方が効率よさそうだが、このような理由があったのでは、おいそれと他人に頼ることも出来なかったのだろう。