ハロウィンの怪物−1−


 十月三十一日。
「そもそもハロウィンは、十月三十一日を一年の終わりとする民族の、収穫祭が始まりだそうだ。毎年この時期は、人間の世界とお化けの世界を繋ぐ門が開かれ、死んだ人の霊がこの世に戻ってくると信じられていた。そして、先祖の霊と同時に人間の世界にきてしまう、悪い幽霊や悪い妖精から身を守るために、ジャックランタンを作ったり、お化けの仮装をしたりするんだ」
「ふ〜ん」
 オーランの説明を聞きながら、ノエルはドルイドが炎の前で踊り、祈りを捧げる様子が描かれた絵本を捲った。半透明の幽霊やコウモリが空を飛び、黒猫を連れた魔女や泣き女、腐った死者たちが、月夜の道を練り歩いている。
 オーランの家の中は、いまはノエルが作ったハロウィンの装飾で溢れていた。黒とオレンジを基調にした色画用紙が、コウモリやお化けカボチャに切り抜かれて、あちこちからノエルたちを見下ろしている。
 今日は「レゾナンス」のメンバーが集まって、ハロウィンパーティーをするので、ノエルも飾り付けを手伝ったのだ。ノエルはみんなのようにお酒は飲めないが、お菓子をもらえると聞いて、楽しみにしていた。
「おーい!開けてくれー」
 チャイムの音がして、聞き覚えのある声が呼ばわった。
「ファムたんだ!」
 いつもはチャイムと同時に扉を開けて入ってくるアコライトハイだが、今日は荷物を抱えているのだろうか。ノエルは急いで玄関まで走り、扉を開けた。
「ファムたん、いらっしゃ・・・ぃ?」
「トリックオアトリート!!お菓子よこせー!」
 ノエルがいつもより低い位置に視線を落とすと、キキキと笑ったデビルチが、細長いフォークをシュシュシュッと振り回していた。
 ノエルはびっくりして、思わずそのデビルチを抱き上げた。
「ぅおぉっ!?」
「オーラーンっ!!オーラン、大変!ファムたんが変身しちゃったよ!!」
「なに?」
 ダイニングに駆け込んだノエルが、オーランに抱きしめたままのデビルチを見せると・・・急に、重たくなった。
「わぁっ!!」
「うぁいてっ!」
 よろめいて尻餅をついたノエルは、同じく元の姿に戻って床に落ちたラダファムの頭だけが、いつもの金髪に黒い帽子をかぶっていることに気がついた。
「うぅ、やっぱ変身時間みじけぇな」
「ファムたん!」
 尻を擦っていたラダファムは、にかっと笑ってノエルを抱きしめた。
「ノエル〜。びっくりしたか?」
「うん!すっごく!」
 ラダファムがデビルチになっていたのは、かぶっている子悪魔帽の、期間限定効果らしい。
「見習い聖職者と小悪魔って、背徳的な・・・。ファムさん、よく似合いますよ」
「そうだろう!」
「詐欺臭さがまた一段と際立っています」
「あんだと?」
 ラダファムがガルルと牙を剥くが、オーランはさっさと立ち上がって、パンプキンキッシュの焼きあがり具合を見に行った。
「今日はハロウィンだからな。ノエルにも仮装を用意してきたんだぞ」
「ノエルのも!?」
「そうだとも。さぁ、みんなが来る前に衣装合わせだ!」
 ノエルはラダファムに促されるまま、自分の部屋に二人で駆け込んで行った。


 冒険者ギルド「レゾナンス」は、マスターのオーランをはじめ、魔法使いが多い。そのせいかどうかは不明だが、メンバーの多くが自分の研究に没頭しており、声をかけても集まることは少ない。
「こんばんはー」
「ばわーん」
「どもー」
「おぉ、おひさ」
 しかしながら、最近は集まる人数が、ぽつぽつ増えているようだ。すっかり日が暮れる頃には、オーランの家には十人ほどが集まっていた。
 各自が酒や料理を持ち寄り、広いリビングに腰を落ち着かせながら、部屋の飾りを微笑ましく眺めている。それだけで、彼らの目的が、飲み食いや友との語らいだけではないと知れる。
「トリックオアトリート!!」
「ご馳走くれないと悪戯するぞー!!」
 どたどたとリビングに入ってきたのは、赤いキグルミスーツに赤い子悪魔帽をかぶったノエルと、色違いで黒いスーツと帽子のラダファムだ。スーツの背中には、ちゃんと羽と尻尾も付いている。二人とも、片手にトライデントを模した細長いフォークと、もう片方にはバスケットを持っており、お菓子をもらう気満々である。
「可愛いディアボリックだなぁ」
「取り巻きまで連れてるじゃん。怖い怖い!」
 プリーストの蓮やブラックスミスのモーリアスが、ノエルたちが差し出したバスケットに、マーブルクッキーやキャンディーをたくさん入れてくれた。
 普段から手作りお菓子を持ち込んでくるプロフェッサーのコラーゼは、カボチャの被り物を頭に載せ、ラッピングされた袋ごとバスケットに入れてくれた。
「はい、どうぞ。俺とレヴィーからの分。中身はスイートポテトタルトと、パンプキンマドレーヌだよ」
「わぁい!」
「いつも思うけど、お前の彼氏、料理上手いよな」
「ありがと。レヴィーに伝えておくよ」
 コラーゼは少し照れくさげに、それでもわが事を喜ぶにように、ほんわかと笑顔をほころばせた。
 チェイサーのシュアからはガラナキャンディー、アルケミストのウェインとハイウィザードのルシアードからは、ピーチケーキを三つずつもらった。ロイヤルガードのリオレーサは出張、ソーサラーのヴァルシーも所用で来られないが、プロフェッサーの純那が二人からパンプキンケーキを預かって、自分のルーンミッドガッツ産おやつと一緒に渡してくれた。
 他のメンバーも、思い思いのお菓子を出してくれて、ノエルたちのバスケットは、あっという間にぱんぱんになった。
「みんな、ありがとう」
 にこにこご機嫌なノエルに、男どもはデレデレした笑顔で最高エモを出す。みんなノエルのファンだ。
「これで全員か?」
 オーランが取り皿などの食器を運び込み、人数を数え始めると、ポイスポ帽を頭に載せて見回したルシアードが首をかしげた。
「あー・・・ウラさんがまだじゃね?」
「そう、か・・・?」
 オーランが返事をする最中にも、呼び鈴が喧しく鳴り響き、がちゃがちゃどたどたと玄関が騒がしくなった。ノエルは大きな音が少し怖くて、ラダファムにきゅっと隠れた。
「上官殿ー!ウラガ二等兵とほか二名、ただいま到着いたしましたー!!」
「やめろ放せー!」
「あうーっ!」
 ハイウィザードと思われる物体を両手にひとつずつ引き摺りながら、はぁはぁ息を切らせて、ハイプリーストのウラガがリビングに姿を現した。
「ウラガ・・・なんだ、それは?」
「ご苦労、ウラさん!」
「うっはぁ、まじで連れてきた!すげぇな!」
 オーランは目を丸くしたが、シュアと純那は手を叩いて労った。
 ウラガが手を放すと、もがいていた片方が飛び上がるように立ち上がった。
「何しやがるウラガッ!」
「なにって、ハロウィンパーティーだ。せっかくマスターが場所提供してくれているんだから、みんなで飲もうではないか」
「ふっざけんな、てめーッ!!俺は・・・」
「フィルか!久しぶりだなー。元気だったか?」
「・・・・・・」
 ウラガに口汚く噛み付いていたフィルだが、オーランが親しげにハグをすると、ぱくぱくと口が開閉するだけで、顔を赤くして静かになった。
「トリックオアトリート。なんかくれー」
 バスケットを山盛りにしてまだもらう気なのか、ラダファムはノエルを背中にくっつけたまま、ウラガの法衣をフォークでツンツン刺した。
「おお、そうだった。えぇっと・・・はい、どうぞ。悪戯はご勘弁いただこう」
 ラダファムとノエルは、ニコニコと微笑むウラガが差し出したアーモンドチョコを受け取った。
「ありー!」
「ありがとう」
「二人とも可愛いなぁ。その衣装は、ファムたんが用意したのでありますか?」
「そうだよ。ファムたんは、ちっちゃいデビルチさんにも変身できるんだよ」
 一生懸命説明するノエルに、ウラガはうんうんと頷いたが、フィルはフンと鼻を鳴らした。