ハロウィンの怪物−2−
「けっ、ただの衣装効果じゃねぇか。くだらねぇ」
「フィル・・・!」 ウラガが眼を尖らせたが、フィルはラダファムとノエルを馬鹿にして嘲笑った。 「ガキじゃあるまいし。だいたい、なんでギルメンじゃないヤツがここにいるんだ?レゾナンスはいつからお遊戯会場になったんだよ?」 フィルの放言でざわりと空気がささくれ立ち、怯えたノエルはぎゅっとオーランにしがみついた。 「よさないか、フィル。ノエルは事情があって俺が面倒を見ているんだ。ファムさんもノエルの保護者だ」 オーランは諭すが、フィルはイライラした様子で踵を返した。 「はん、ギルマスも暇人になったよな。モロクを放り出して、幼稚園ごっこか」 「フィル・・・!」 「トリックオアトリート!」 オーランの腕を振り払ったフィルの前に、フォークを構えたラダファムが立ちふさがった。 「あん?」 「お菓子をくれないと、悪戯するぞ」 「けっ、勝手にしろ」 その瞬間、フィルはラダファムが、まさに小悪魔の笑みを浮かべたのを見ることはなかった。 「が・・・はっ・・・ぁ!」 ラダファムの拳が、見事にフィルのみぞおちを抉り、白目を剥いたハイウィザードは、永遠の十六歳に担ぎ上げられた。 「お菓子をもらえなかったら、本当に悪戯してもいいんだぜ。クケケケ!お菓子の代わりにコイツをもらっていくぜ!いいな、オーラン?」 「どうぞ・・・」 小悪魔が機嫌よく獲物を連れ去り、その姿が客室のひとつに消えて行くと、オーランはひとつため息をついて、ノエルの肩を撫でた。 「すまん、怖かったな」 「うん・・・ちょっと怖かったけど、平気。それより、ファムたんの悪戯が・・・」 ノエルが困ったように微笑むと、一連の出来事にやや唖然としていたウラガが、はっと気を取り直したように訊ねた。 「悪戯って?」 「ファムたんの悪戯?『俺の下段装備なグランドクロスに任せとけ!』って言ってたよ」 「グ、グランドクロス・・・」 ウラガが顔を引きつらせ、オーランは額に手を当てている。 「え、まじ!?俺もファムたんに悪戯されたかった!なんだよ、フィルの奴ずるいな!!」 「落ち着け、シュア。転生前は体全体がでかかったって噂のファムたんだぞ。永遠の十六歳でも、グランドクロスどころじゃなかったらどうする」 「グランドクロス以上!?」 本気で残念がるシュアに、ウェインの冷静なツッコミが入ったが、余計に妄想が膨らんだようだ。 「ス、スラッシュとかか・・・!?あの膨らみ・・・まさしく神器・・・ッ!!」 「スラッシュ・・・?うーん、転職すると、カドリールになるんだって言ってたけど・・・。ヒドラ二枚挿しだぞーって・・・」 「ノエル・・・」 「かっ・・・かどりーるっ!!?ひ、ひどら・・・かはぁッ・・・!」 おおっというどよめきの中で、シュアが妄想だけで悶絶して倒れた。オーランは頭痛を堪えるようにため息をついている。 「ノエル、外でそんなことを言っちゃダメだぞ。まったく、ファムさんも余計なことを教えるんだから・・・」 「はーい。・・・あっ!」 シュアは大丈夫だろうかと思いつつも、ノエルはこそこそと抜け出そうとしている人物に駆け寄った。 「クラウス、捕まえた!トリックオアトリート!」 「ひぃいいいいっ!!ノ、ノエルたん・・・」 「・・・?」 クラウスは今にも泣きそうな顔で、頭を抱えている。 ノエルは時々、クラウスの中に怖い物がいて、それがクラウスを暗い顔にさせているのを知っているが、今夜はいつもと変わらないように見える。それなのにこんなに怖がるのは・・・。 「クラウス、お菓子ないの?」 「え?お、お菓子・・・?あ、これでよければ・・・」 クラウスが取り出したのは、ポリンキャンディーの缶だった。色とりどりのポリンキャンディーは、どれも美味しそうだ。 「ノエルの分と、ファムたんの分、ちょうだい」 「うん・・・。好きなだけ、どうぞ」 「ありがとう!」 ノエルは小袋にいくつかキャンディーを分けてもらい、にっこりと微笑んだ。これで、フィルを除く全員からもらえた。 「大丈夫か?」 「え、はぃ・・・あ・・・」 オーランに助け起こされたクラウスは、まだおどおどとしていたが、なにか気が抜けたような顔をしている。 「さぁ、パーティーを始めよう!」 オーランが仕切りなおすと、リビングは一気に賑わいだした。 コウモリの翼のカボチャ蒸しは、意外ととろっとしていて美味しかったし、オーランが焼いたキッシュもホクホクだった。食べ盛りなノエルは、ハーブの味付きカルビがいくらでもおなかに入るようだった。 お酒が入ると、みんなの口も軽くなる。ノエルはもぎゅもぎゅとグリーンサラダを食べながら、フィルはとても人付き合いが下手なのだと聞いた。よく考える前に言ってしまうだけで、口で言うほどひどいことを思っているわけじゃないから気にするな、とも。 コラーゼと純那が、ノエルにはわからない難しいことを議論し始めたが、堂々巡りになっていることに気がついていない。 シュアが酒を片手に歌いながら脱ぎ始めたので、蓮に強制退場させられて行った。 ルシアードはすでに酔いつぶれて寝ている。元々弱いようだ。 ウラガとモーリアスは鈍器のコレクションについて語り合っているし、クラウスとウェインは他のメンバーと一緒に、最近の相場などの話をしながら、まだ入るのかと思うほど料理をぱくついている。 ノエルはリンゴジュースを持って、少し翳った顔をしているオーランの横に座った。 「オーラン・・・」 「なんだ?」 ノエルを見てぱっと笑顔になったオーランが、傷付いて悲しいのに無理をしているのだとわかり、ノエルは胸が痛かった。 「オーラン、お父さんやお母さんに会いたい?」 「っ・・・」 今夜なら・・・ハロウィンの夜なら、死者に会えるかもしれない。 しかし、オーランは悲しげに微笑んで、首を横に振った。 「そうじゃないんだ、ノエル」 「・・・・・・」 「フィルに図星を刺されて、ちょっと参っただけだよ」 「オーラン・・・」 「でも、今が以前より悪いとは思わない。・・・ノエルがいてくれるから、俺は自分の気持ちに素直になれる」 オーランは赤い小悪魔帽ごとノエルの頭をなで、ありがとうと囁いた。自分は何もしていないのにお礼を言われて、ノエルは顔が熱くなった。 「ノエルもね、オーランやファムたんに会えてよかったよ。だから・・・」 もうない人の影を、現実の手に掴もうとはすまい。 ノエルは肩を抱いてくれるオーランに、ぴったりと寄り添い、もたれかかった。ハロウィンの怪物を追いやるジャックランタンを、互いの心に灯すように・・・。 |