都合のいい関係 1
部屋に入るなり「寄るな触るな覗いたら殺す」と低い声で言い置き、
先刻までのしおらしさはどこへやら。完全に先手を取られて両手が宙に浮いた 破壊王から見た雷の王は、なんでもそつなくこなし、長老にふさわしい落ち着きと見識を持っている。その証拠に、数名しかいないプリンスの中でも、抜きん出て大きな力は常に安定している。味方にしておきたいと思う者は多くても、好んで敵対しようなどと考える者は皆無だ。 かすかな水音をBGMに、破壊王は一本のシャンパンを選び、細く優美なグラスを二脚取り出した。 破壊王は一度転生しているが、雷の王の姿は、昔から少しも変わっていない。背が高く、筋骨逞しいが、引き締まって均整の取れた肢体。力強くも優美な風貌。そして、長く波打つ金髪。いつまでも美しくいてもらいたいと、破壊王ですら願わずにいられない美丈夫だ。 (口さえ開かなければな) 形式ばった場面でなければ、雷の王の言葉使いは割とぞんざいで、誰に対してもフランクだ。そこもいいところなのだが、相手が破壊王になると、さらに口が悪くなるのはどうにかしてもらいたい。 自分がしつこく迫っていると言う自覚はあるが、それは何より「放っておけない」からだとは、本人に伝える気は毛頭ない。 時折、ひどく頼りなげな、寂しげな目をしているのだと、雷の王自身は気付いていないだろう。 先刻自分が間に合わなかったならと考えると、ぞっとした。 クラッシュアイスに突っ込んだシャンパンが冷えてきた頃に、バスローブ姿で雷の王が出てきた。 「まだいたのか」 「帰った方が良かったか?」 「お前を待っている奴は多そうだが、私は待っていない」 「なんともつれないことを言う」 破壊王が高価なシャンパンを開けてグラスに注ぐと、雷の王はすいと傾けるように掲げてから、一気に飲み干してしまった。黄金色の液体が、形の良い唇に吸い込まれていく。 「呆れた。毒味もしないのか」 「なぜ?お前が開けて、お前が注いだからか?毒を喰らわば皿まで、ということわざを知らんのか。大体、飲まなきゃ乾き死ぬ」 「・・・重症だな。自棄を起こすのは、相手を俺だけにしてくれ」 「何の話だ」 湯上りのどこか気だるげな表情を不機嫌な形に変える雷の王を尻目に、破壊王はバスルームに向かった。 自分が出てくる頃には、寝てしまっているか、あるいは・・・。 ソファにもたれて、半ば横になっているせいで、初めは寝てしまったかと思った。しかし、テーブルの上には、空になったシャンパンの瓶が立っている。 「まさか全部飲むとは・・・」 「それが狙いだろう?何を混ぜた?惚れ薬か?」 少しだけ頬が上気していたが、薄く開いた金褐色の目は、しっかりと破壊王を見据えている。 破壊王は向かいのソファにかけ、別のシャンパンを開けた。 「そんなメルヘンな毒薬が好みだったか」 「なんだ、ただの催淫剤か。そんな物なくても、お前なら簡単だろうに」 自嘲するような微笑を浮かべた雷の王に、破壊王は首を横に振った。 「・・・雷、転生前の俺を覚えているか?半分人間だった頃の俺だ」 突然話が飛んだのに戸惑いながらも、雷の王は古い記憶をたどった。 「は?えーと・・・たしか、軍人だったな。退役軍人だったか。硬派な感じの、白髪のオジサンだった。今と違って、寡黙で真面目で、あんまり魔族っぽくなかったな。お前が死んだの、事故だっけ?ああ、ちがう。戦死か?とにかく、死んだのは戦場だった」 グラスに満たされたシャンパンの気泡を眺めながら、破壊王は深く頷いた。 「そうだ。・・・最後の仕事で、多くの同胞を失った。生き残りをできるだけ離脱させようとしながら、やっと死に場所にたどり着いたと、あの時は内心嬉しかった」 「・・・」 「最後まで、救援が行く、死ぬな、と言ってくれていた本の声が、本当にありがたかった。・・・死んだ後も、なぜか覚えていて、もう一度本と仕事がしたいと思ったら、生まれ変わっていた」 雷の王の視線を感じたままグラスをあおり、破壊王は言うべきことをまとめようとした。 「ハイブリッドな状態では、ほとんどの者が同じような虚無感を抱えていたらしい。転生すれば、きれいに無くなる。転生を体験はしたが、いまだにあのシステムはよくわからん。ただ、良かれ悪しかれ、強い記憶と言うか、想いのようなものがあると、生まれるのが早いようだ。・・・転生したいのだろう?」 視線をそらせた雷の王から、表情が消えている。やはり、苦悩は深いようだ。 「微睡みの君主の憂鬱は、あれは不治の病だ。ただし、あいつには本という確固たる生きる為の根拠がある。どんなにしんどくても、寿命が来るまでがんばるだろうさ。・・・だが、あんたはそうじゃない」 「わかっている」 熱っぽい乾いた呟きに、雷の王が背負った責任の重さが滲む。だが、どれもこれも、好き好んで背負った責任ではない。「創世」を『雷の王』として生き延びてしまった、その意識がすがる免罪符なのかもしれない。 戦乱時に死に損なった、そう思っても仕方がないだろう。だが、誰かが生き残って領土を守らねば、この世界が死で埋め尽くされることは目に見えている。 「転生したければ殺してやる。今はそれほど大きな混乱も戦いもない。心置きなく死んでこい」 「・・・さっきも聞いた。だが、私はまだ生きているぞ」 「その通り。自分の意思で死ぬのはかまわないが、必ず帰ってきてもらう。そのために、それを飲ませた」 どこをどうつなげば、自分が飲んだ薬入りシャンパンにたどり着くのかと、雷の王は怪訝な顔をしている。 「早く戻ってくるためには、何が必要だった?」 「強い・・・記憶?」 「そう。それも、双方のだ」 「双方って・・・そりゃぁ、まぁ、お前とのセックスはキョウレツに嫌な思い出として残っているが。だからって、催淫剤を飲んだぐらいじゃ・・・」 「はぁ。ただの催淫剤を、俺が使うと思うか」 「じゃなんだ」 「特別な催淫剤だ。せっかく俺自らが、雷を基準に作ったのだから、本人に飲ませなくてどうする」 「なんだそれ」 なにかツボにでも入ったのか、雷の王はクスクスと笑いだした。酒と一緒に飲ませたのが原因だろうか。 「超強力ってことか」 「俺が制御しきる範囲では、最強だ」 そう言って破壊王が立ち上がり、錠剤をシャンパンで流し込んだのを、雷の王の視線が不思議そうに追った。 「それは?」 「同じ物だ」 「なんでお前が飲む?」 「条件はイーブンだ」 「それで覚えていられるのかよ」 「俺が飲んだのは、雷の王を基準にした薬だ」 笑みを作った破壊王に、雷の王は忌々しげに舌打ちをした。 「自分はブッ飛ばないって自信満々かよ。クソッ、やっぱりお前とのセックスはムカつくな!」 もう動く力もないのか、肘掛にもたれたまま破壊王を見上げる雷の王に軽く口付けながら、破壊王は布越しに主張する高ぶりを掌に包んだ。 「こんなに硬くしておいて、よくそれだけ舌が回るものだ」 「っ・・・勝手にしろ!」 「そうさせてもらう」 雷の王のバスローブをはだけさせ、女はもとより、男すら見惚れそうな男根を口に含んだ。 |