LOVERS 14


 何度か警備兵の壁を蹴散らして、うっすらと残る記憶を頼りに城の中を走るレグヴァルトだったが・・・
「くそっ!なんだってこんなに広いんだよ!」
 なかなか代表の居住区までたどり着けないでいた。
 だいぶ近くまで来たと思うのだが、何十年もたっていては内装やレイアウトも変わっていて、まったく見当違いな方へきているのではと悩む。もう一つか二つ、隣のビルだったような気もする。いっそのこと外から探そうかとも思ったが、すでに高層階のこのフロアでは、羽目殺しの窓の強度は高く、割るのも一苦労しそうだ。
 鋭い音とともに防災シャッターが下り、次々とレグヴァルトの行ける道をふさいでいく。しかし、正面の回廊に通じる道だけは、なぜか開けたままだ。
(誘導されているな)
 それはわかったが、同時に目的地へも近づいていることに、口元がほころぶ。罠だろうがなんだろうが、レグヴァルトに怖いものは無かった。たった一つ恐れるとしたら、忘れられていること、それだけだ。
 見覚えのあるフロアにたどり着くと、鉈のように巨大な、湾曲したナイフを両手にさげた男が立っていた。
 筋骨たくましい、男の立派な体つきと比べると、剣奴として鍛えられたレグヴァルトでさえ痩せて見える。短く刈り込んだ金髪と、鋭い眼差し、意志の強そうな顎の線。その立ち姿に、レグヴァルトはデジャヴを覚えた。
「此処より先は、自治都市ラクエンの代表ジュン様のお住まいだ。名を名乗れ。用件しだいでは生きて帰れると思うな」
 腹に響く太い声は、落ち着いて揺らぎが無い。特別恫喝しているわけではないが、十分に相手を畏れさせる貫禄があった。
 しかし、レグヴァルトは鼻をひくつかせ、くすりと唇を吊り上げた。
「お前、人間だな」
「そうだ。この街では、人間族も魔族とともに暮らしていける」
「もちろんだ。・・・ラクエンにきたのは、人探しのためだ。ジュンなら、知っているはずだからな」
 肩にかかった黒髪をはねあげ、レグヴァルトは優雅に歩を進めた。
「貴様の身内に、右腕が義手の男がいるだろう?奴に免じて名乗ってやる。ザリューツェンで一番強くて美しい剣奴、レグヴァルト様だ!」
 はじめて腰に吊るした剣をすらりと抜き放ち、レグヴァルトは重そうな二刀の鉈が作り出す危険な暴風域に身を割り込ませた。

 人間族としては無双に強いエクサリオスだったが、レグヴァルトの変幻自在な剣技に戸惑った。相手を殺傷するというより、魅せるための剣舞のようだ。
 しかし、剣撃は重く、受けるたびにエクサリオスの太い腕はしびれた。
「なかなかやる。さすがはカインの血族だ」
「なぜ、曽祖父の名を・・・!」
「ほう。ひ孫か。時がたつのは早いな!」
 レグヴァルトが鉈を避けるついでに、エクサリオスの左手首をしたたかに蹴りつけてきた。だが次の瞬間には、エクサリオスの右手の鉈が、レグヴァルトの剣を根元から叩き折った。
 勝負あったとエクサリオスが思った瞬間、ふわりと浮いた体が、背中から床に叩きつけられていた。打った頭の痛みと、胸の上に乗られた重みで息が詰まる。
「どんな状況だろうと、魔族を相手にしたら、息の根を止めるまで気を抜いてはいかん」
 息一つ乱さずに、折れた剣をエクサリオスの喉元に突きつけていたレグヴァルトは、それをぽいと放り投げて、たくましい胸の上からどいた。
「だぁから言ったのに。エクスがかなう相手じゃないよって」
 くすくすと、少し呆れたような声に、エクサリオスは赤面して起き上がった。
「申し訳ありません、ジュン様」
「俺はいいんだけど、そっちの剣奴様に無礼を詫びなよ」
 華奢な肢体、漆黒の髪、金褐色の目。妖艶な色気を白い肌から発散させながら、エクサリオスの主人は赤い唇を吊り上げた。
「おかえりなさい、我が君」
「久しぶりだな、ジュン」
 ラクエンの代表が「我が君」と呼ぶのは、数十年前に身罷った、微睡みの君主ただ一人ということを、エクサリオスは知っていた。