LOVERS 15


「また背が伸びたな」
「もう貴方にそっくりとは言えないですよ」
「そうか?しゃべり方も仕草も、あの頃のままだと思うが」
「それは似せているからですよ。いまだに、あの微睡みの君主がいる、と感じさせた方がやりやすい人もいるので。それに、貴方が攻めてこないとやることが無くて、ものまねの腕ばかりが上がるんです」
 空調の効いたラウンジでメロンソーダフロートをつつきながら、ジュンは唇を尖らせた。
「ものすごく退屈でしたよ」
「はは。みんなは変わりないか」
「雷の王は隠居されました。政務はご子息がされていまして、ご本人は悠々自適の毎日のようですよ」
 すでに八百歳を超えたであろう雷の王も、寿命が近いということか。
「葬儀屋さんが、雷の王から予約をもらったって言っていました」
「いよいよあの世が見えてきたな。その口ぶりだと、葬儀屋さんも変わらず元気そうだな」
「ええ。それと・・・ドギーを覚えていらっしゃいますか?」
「ドギー?・・・ああ、お前にやった天使だな」
「ええ。死にました」
「寿命か?クオーターだと、人間並みになるのか」
「いえ、病気です。天使族因子によるものらしいのですが、詳しくはわかりませんでした」
「天使族の研究は、まだまだ進まないか」
 長く殺し合いをしている割に、魔族はいまだに天使族のことをよく知らない。ラクエンでも、その研究成果は芳しいものではなかった。
「それより・・・なんですか、その首輪は。貴方の趣味じゃないでしょう」
「いやぁ・・・。それが、卵の状態で売り飛ばされたらしくてな。さすがに俺も、手も足も出なかったというか」
 ジンジャエールを片手に、レグヴァルト・・・転生した微睡みの君主は、自分を笑い飛ばした。
「なに、そのうちこれも外れるさ」
「公表されるのですか?」
「いいや。まだしばらくは、剣士のレグヴァルトでいる。ザリューツェンに帰れば自由民になる予定だし、城塞都市のひとつも乗っ取らないで、魔王とは言えん」
 切れ長の目が、ニヤニヤと不敵に笑う。
「まぁそういうわけで、ラクエンには今のところ興味が無い。その代わりといっては何だが、ここに俺の嫁がいるって噂を聞いてきた。そいつをもらっていく」
 長い脚を組み替えたレグヴァルトが、殊更何でも無いような表情を作ったのに、ジュンはくすりと笑みを漏らした。
「なんだ」
「貴方もですか。意外です」
「俺も?」
 エクサリオスが開けた扉の向こうから、栗色の巻き毛をした女がラウンジに入ってきた。はっとするような美人でも、セクシーな肉体を持っているわけでもない、表情の乏しい、普通の若い女。
 しかし、レグヴァルトは立ち上がり、女の額にあるサークレットに手をかけた。水色の目の上に開いた、懐かしい緑色の目。
「城の中を誘導したのは、お前だな、本」
「馬鹿正直に昔のマスターキーナンバーを入力する馬鹿は、あんたぐらいだわ」
「馬鹿馬鹿言うな」
「大事なことだから言ったのよ。私ぐらい優秀でないと、あんたには付き合っていられないのよ。自覚なさいな」
 涼しげな美貌を難しい表情にして、レグヴァルトはジュンに振り向いた。
「本当にあの本か?」
「俺が何か言う前に、貴方が本さまだと言ったじゃないですか」
 可笑しくて仕方がないとばかりに、ジュンは腹を抱え、肩を震わせてのたうっている。
「ラクエン防衛部の情報統括室次席室長で、セリナ・リード殿。お探しのお嫁さんです」
「防衛部の次席室長?そんなに年くってるのか」
「失礼ね。優秀なら若くても取り立ててもらえるのよ」
 まなじりを上げたセリナに、レグヴァルトは冗談だと口付けた。
「優秀なセリナ殿に、ぜひとも俺の伴侶になっていただきたい」
「今度はどんな悪巧みかしら?」
「退屈はさせん。あと七、八百年はな」
 しっかりと抱き合って、しがらみから解き放たれた気持ちを確かめ合う。いつか離れることがあったとしても、今だけは、互いの狂おしいほどの求愛に、安堵が広がる。
「じゃ、不審人物は副室長殿を誘拐していくので、ジュン代表殿は、変わらずラクエンで職務を果たすように」
「ええっ!ラクエンは襲わないんじゃないんですか!?」
 メロンソーダを吹きそうになりながら、ジュンはあわてて立ち上がった。
「今はな。そのうち気が変わるかもしれん」
「もお。暇でしょうがないんですから、遊びに行きますよ?」
「コロセウムでは、ぜひ俺に賭けてくれ。損はさせないぜ」
 昔の自分によく似た唇にキスをすると、レグヴァルトは着古したぼろいマントを羽織った。
「ジュン、世話になったわ。ありがとう」
「どうか、我が君をラクエン以外に目を向けさせていてください。お二人にかかったら、ラクエンはあっという間に陥落してしまいますから」
「努力するわ」
 控えめな微笑を浮かべ、二対の目を持つセリナは、サークレットを額にはめ、レグヴァルトに寄り添った。
「じゃあな」
「元気で」
 若い魔王たちに、ジュンは深く礼をした。
「ご武運を」
 ここはラクエン。かつて微睡みの君主が築いた、「創世」より続く古都。
 すべてを受け入れ、飲み込んでいく都市。


 数年後、城塞都市ザリューツェンが、微睡みの君主と本によって占拠、支配されるという事件が起こるが、自治区ラクエンは、相変わらず魔族社会の台所を支えていた。華奢な肢体の、黒髪の若者の下で・・・。

Fin