LOVERS 13


 ラクエン自治区と呼ばれる、広大な農耕地は、相変わらず魔族社会の台所を支える一柱として、日々豊かな実りを結んでいた。
 かつて微睡みの君主が創り、支配していた、美食と歓楽の都市。不夜城ラクエン。
 法さえ守れば、魔族も人間族も、その他の種族さえも暮らすことができる、背徳の都市。
 ラクエン辺境地区からのエアシップ便から降りると、粗末な身なりの青年は青い空を見上げた。
「あっつー。こんなに蒸し暑いとこだっけ?」
 長い黒髪をポニーテールにしたレグヴァルトは、ザリューツェンの砂埃を防ぐためのマントを緩めようとして、指先に首輪の感触をとらえた。身分証も通行証も、カディナを誘惑して、飼い主であるカリュウズに正式に発行させたものを持っていたが、目的地に着くまでは余計な目を引きたくない。
 とはいえ、指折りの歓楽都市であるラクエンのアップタウンでは、レグヴァルトの服装は乞食も同然で、服装に似合わぬ美貌と、律動的で堂々とした歩みは、十分に人目を引いた。
 主に行政スタッフが行き来する、ラクエンの中枢ビル郡、通称「城」のエントランスへ乗り込むと、レグヴァルトは受付嬢ににっこりと微笑みかけた。
「ジュン、いる?」
 泣き黒子のある受付嬢は一瞬目を丸くしたが、そこはプロらしく微笑みを返した。
「ジュン様のご予定は、私どもの把握するところではございません。お名前を伺ってよろしいでしょうか。アポイントメントはお取りですか?」
「いいや。まぁ、誰かいるだろう。自分で探すからいいよ」
 ひらひらっと手を振って歩き出すレグヴァルトが帯剣しているのを見咎め、受付嬢は声を鋭くした。
「お待ちください。この先は許可のある者しか・・・」
「知ってるよ」
 悠然と歩いていくレグヴァルトの前に、警備兵が駆け寄ってくる。それを、レグヴァルトは嬉しそうに待ち構えた。
 城のエントランスには、住民データのアーカイヴと連動した個人識別カメラが設置されており、来訪の予定もなく、ついさっきラクエンに着たばかりで、滞在者データも追いついていないレグヴァルトは、アンノウンとして警備モニターのセンサーに引っかかっているはずだ。
「おい、君。この先は・・・」
「ねぇオニイサンたち」
 レグヴァルトがくすりと浮かべた微笑に、警備兵は表情を強張らせた。
「ラクエンの兵隊って、強くなった?」
 ポニーテールと着古したマントが、ふっと動いた瞬間、レグヴァルトの右にいた警備兵が奥へ吹っ飛び、続いて左側にいた警備兵が、受付嬢の足元まで転がっていった。
 けたたましい警報音の中、レグヴァルトが走る前で防犯シャッターが下りていく。そこを滑り込んで抜けると、すでに封鎖されたエレベーターホールに閉じ込められ、監視カメラに付いた殺傷レーザーにポイントされる。かろうじてかわすが、隠れる場所の無いホールでは、蜂の巣にされるまで数秒も無い。
「防犯システムはなかなか優秀だが・・・」
 シャッターのそばにあるパネルを開き、すばやくキーを叩く。すると、エレベーターを封鎖していたフェンスが開き、レグヴァルトを受け入れ、音もなく閉まった。

 レグヴァルトがマスターキーナンバーを知っていたことに、ラクエンの警備網は荒れ声で満たされた。このままでは中央管制室でも機密情報室でも防衛司令室でも、好きなところに入り込まれてしまう。
 エントランスから入った、侵入者がラクエン代表者のジュンを探しているという情報により、何もなければ居住区にいるはずのジュンの身辺に、兵士が緊急配備されるように指示が飛ぶ。
 ところが・・・
『あー・・・別にいいよ。たぶん無駄だから』
 という代表の、いささか気の抜けた返答に、警備主任は顔を赤くしたまま絶句した。

「ジュン様・・・」
 侍従の心配そうな声に、金褐色の目をした青年は、ハンモックの上でくすくすと笑った。
 水を湛えたプールを臨む、日陰になったテラスには、蒸し暑いながらも、比較的強いビル風が吹き込み、そこそこ快適だ。
「もうね、退屈だったんだよ。まさかこんなに退屈だなんて、命令されたときには思ってもみなくてさ」
 胸の上に読みかけの単行本を乗せ、ううんと伸びをする。
「セリカ殿がうまくやってくれるよ。じき、ここに来る」