LOVERS 9


 支配者のいなくなったラクエンを取り込めば、誰であろうと強大な力を得られる。まして、それが皇帝となれば、いままで微睡みの君主や雷の王といった、プリンス格の魔王たちで牽制していた皇帝の力は天井知らずになる。
 それだけは阻止したいと思っている魔王は多いのだが、誰かの息がかかった後継者、特に有力な雷の王の息子でもあるジュンが就くことも、かなりの反発が予想された。
「盟友は良き後継者を残していったようだね」
「愚息ではありますが、誰よりも微睡みの精神を受け継いでいると、私も思っております」
 見えない火花を散らす二人を、魔族の権力争いとは無関係な葬儀屋はうんざりしながら見守っていたが、ふと、ジュンの口元が動いたのを見た。
 色気の漂う、赤く妖艶な唇の、端の方を少し引き上げる、独特の微笑み方。色は違うものの、濃く影を落とす黒いまつげに縁取られた、気だるげに見える眼差しは、高位魔族になれる資質と知性を感じさせた。
 強大なプレッシャーを前に、柳のように悠然と立つ姿には、少しも怯えた様子は無い。
(あらまぁ、そっくりだこと)
 これだけ肝がすわっているのなら、年齢的な若さすらマイナスにならないだろう。葬儀屋はラクエンの一住人として、安心してジュンを推薦できることを確信した。
「ジュン、そろそろ始めていいか?会葬者が集まっている」
 葬儀屋から初めて名前を呼ばれたことにジュンは驚いたが、唇を引き結んでうなずいた。
「はい。お願いします」

 会葬者の中には本と親しい者も多く、彼の自決に納得がいかないと、なかば肩を怒らせてきた者もいたが、棺の中を見せて説明するとおとなしく黙った。平和の御使いピジョンなどは、ケーキかお菓子の詰まった箱でも見るように、「綺麗」と「すごい」を連発して、はしゃいでいた。
 二人の遺体は、荼毘だびに付され、葬儀屋が用意した墓地に葬られることになっている。
 ジュンにとって、葬式も火葬も、なじみの無いもので驚いたが、葬儀屋と雷の王に、微睡みの君主と本が生まれ育った大昔の国では、これが普通だったのだと教えられた。

「骨になるまで焼くには、今の技術でも少し時間がかかる。その間に、遺言状の公示をするぞ」
 広間には有力な高位魔族のほかに、ラクエンの高官たちも多数集まっていた。しかし、葬儀屋はどんな魔族が何人いようと気にならないようで、剣呑な眼差しが集中する中で、大きな封筒から分厚い紙束を引っ張り出した。
「俺は微睡みの君主と本の古い友人だが、魔族ではない。公正な立場から、二人の遺言を伝える。全部言うには煩雑すぎるから、今必要なところだけ、かいつまんで言う。質問は後から受け付けるから、しばらく黙って聞いてもらおう」
 葬儀屋は魔族に比べて若干小柄な体格ながら、堂々とした態度で軽く一同を見渡し、よく響く声で紙片を読み上げた。
「わたくし微睡みの君主は、ラクエンの支配者として、我が死に際して次のことを遺言する・・・」
 ひとつ、ラクエンには微睡みの君主の相続者たる支配者を置かず、現状どおりラクエン憲章に沿って民による運営を継続する。ただし、代表者としてジュンを指名し、彼の名があらゆる公的文書に有効であることを保証する。同時に、代表者は外敵、及び転生した微睡みの君主から、ラクエンを死守する責務を負うものとする。
 その一項目だけで、場はざわついた。
 支配者、つまり所有者は不在。代表に指名されたジュンは、一部では名を知られはじめていたが、まだ無名といっていい。そして、ラクエンは永続的に微睡みの君主の手から離れる。
「大胆というより、無茶な遺言だな」
 強い黒髪を一括りにした大柄な男が、可笑しそうにたくましい肩を揺らすと、隣にいた雷の王も苦笑いを漏らす。
「これだけじゃねぇぞ、破壊王クラック。続きを聞いて驚け」
 ひとつ、ラクエンは独立した自治領であるが、皇帝による現在の包括的指導を支持するものであり、その庇護を得る代価として、二年に一度、最高でその年の総税収の0.002%を上納すること。ただし、今から百年を過ぎた後は、必要に応じて再試算の上変動し、全住民の九割の賛同を持って廃止することも可能である。また、新たな支配者が出現した場合は、この限りではない。
「0.002%!?」
「隔年で、数百億から数千億が皇帝の懐に収まるってことだ。現在のラクエンにとっては、凶作年でなければそれほどの痛手でもないが、皇帝にしてみれば、濡れ手に粟だ。無理にラクエンを自分の物にしなくても、確実に潤う」
 破壊王は日に焼けた彫りの深い顔を、一瞬苦くゆがませたが、ふと陽気な輝きを青い目に宿した。
「自分が新たな支配者として出現しても、困るわけだ」
「そういうこと」
 広大な領土があり、住人同士の結束が、緩やかなようでいて堅固なラクエンを、創始者である微睡みの君主以外の者が、継続的に支配するのは、困難を極める。住民に総スカンを食らったところに外敵が来れば、簡単に売り渡されるだろう。
 それならば、上前だけはねていられた方が、ずっと楽で確実だ。これで、皇帝は新たなラクエンを支持するほうに傾く。そうなると、他の魔族はラクエンに手を出し辛くなり、同様に皇帝はラクエンを守るよう、気を配らねばならなくなった。