LOVERS 8
それから翌々日、微睡みの君主の訃報が各地に伝わった。魔王で初めて天寿を全うした例ということもさることながら、大図書館の司書である本が、同時刻に自決・・・後追い自殺したというニュースに、驚愕の声が上がった。魔王クラスが自殺したという例も、今までに皆無であった。
魔王の中でも領土を持つプリンスである微睡みの君主よりも、階級的には下になる本であるから、殉死といえなくも無いが、皇帝直属の魔王が付き合う必要は無い。 二人が愛人関係にあると知っている者たちでさえ、再三デマではないかと確認をした上で、呆れ返った。 「言いたい奴には、勝手に言わせておけばいい。・・・それにしても、こいつら幸せそうだな」 礼装をまとった雷の王の隣で、ジュンはうなずいた。 大きな棺には、純白のウエディングドレスの花嫁と、同じくタキシードの花婿が、花に包まれて寄り添っている。 ジュンは本と言葉を交わしたことは少なかったが、いつも物静かで柔和な物腰を崩さず、ジュンに対しても乱暴な言葉使いさえしなかった。そして、常に微睡みの君主に忠実で、優しかったのを覚えている。 「やっと、エムにリュウジを返せる」それが、本の最期の言葉だった。 「お二人は、ずっと戦っていらしたのですね」 「そうだな。自分の体を乗っ取ろうとする魔族因子と、どうにもならない現実って奴と」 ジュンは「創世」を知らない。だが、得られるはずだった誰かの幸福と引き換えに、今の世界があるのだと痛感した。 「我が君が倒れられたとき、あんなに泣けたのに・・・なんか、今はちっとも涙が出ません。今のお二人を見ていると、うれしくなるんです」 「同感だ」 微笑みあう親子に、死装束をウエディングへと演出した葬儀屋が、満足げに、しかし事務的に告げた。 「あれは本の希望だ。800年近く我慢した恵夢に、花嫁衣裳を着せてやってくれってな」 意味ありげな上目使いの視線に、察した雷の王が、力強くも優美な鼻梁にしわを寄せた。 「根回しのいい本のことだ。死んだ後も微睡みを守ろうとしやがったな」 「ご明察」 葬儀屋が取り出した封筒には、本の几帳面な筆跡で「遺書」と書かれていた。本の自殺は、あくまで本個人の意思であって、微睡みの君主に要請されたわけではない、という表明だ。 「依頼者の望む葬式をやってくれるなら、私も葬儀屋に頼もうかなぁ。百人単位のゴスペルソングで、賑やかにやってもらいたいものだ」 「予約は随時受付中だ。古今東西の形式に、柔軟に対応させていただく」 千年以上生きている不死者らしく、ある意味壮大な台詞をはいて、葬儀屋は頬を掻いた。 「まぁ、それは置いておいて、坊やに早速試練なんだが」 葬儀屋の視線を追った先、広間の出入り口に、優しそうな微笑をたたえた、白髪混じりの紳士が立っていた。 「 「えっ」 雷の王に倣ってジュンも頭を下げたが、三人だけでいたときとは違う、雷の王が放つぴりぴりとした空気に肌がそそけ立った。 「君がジュンくんだね。はじめまして。今回は、残念なことだったね」 「恐れ入ります、皇帝陛下。本日はご足労いただき、まことにありがとうございます」 「創世」時に皇帝よりも先に地上へやってきた微睡みの君主だけが死んだなら、特に問題は無かった。だが、微睡みの君主は望まなかったかもしれないが、結果的に皇帝の懐刀である本を道連れにした。それが、今後のラクエンにどう影響するか・・・。ジュンは、腹と目に力を込めた。 「ははは。微睡みくんにそっくりだと思ったのだが、どうしてどうして、しっかりしてそうなところは、君によく似ているじゃないか、雷の王」 「どーも」 にっこり笑った雷の王だが、そこにはラクエンと双璧をなす食糧供給プラント・ケイオスの支配者としての威嚇が入っていた。 |