LOVERS 7


 微睡みの君主が死を迎えようとしている、その病室の前で、数人の男が話し合いをしていた。
 ジュンが雷の王と共に近づくと、いっせいに視線が集中する。本、それにラクエンの首脳陣。ラクエンの支配者がいなくなるのだから、住民も不安に違いない。そのなかに、妙に落ち着いた、不似合いな雰囲気の男が一人だけいた。
「よぉ、坊主」
「葬儀屋さん」
 細身をブラックスーツで覆った男は、魔族とは明らかに違う、どこか冷えた空気をまとっている。
「お前さんも大変な時期に生まれたもんだ。まぁ、あいつの葬式は、俺がきっちり出してやるから心配するな」
「そうしき・・・?」
「死者を弔う儀式のことだ。魔族には、あんまりなじみが無いがな」
 にかっと笑顔を見せると、不死の人間は手に持ったファイルに目を落とした。
「坊主は、微睡みの君主から話しを聞いたか?」
「いえ、まだ、直接は何も・・・」
「ん。本、そこのお偉方より先に、坊主と話をつけさせてやっていいだろ?」
「もちろんです。ジュン、微睡みが待っているよ」
「はい・・・」
 重苦しい空気に押されるように、ジュンは一人で病室に入った。
 乾燥した外の空気とは違う、柔らかないい香りに満たされた病室は、太陽の光が入らないよう厳重に窓が閉められ、間接照明のやさしい光が、無表情な医療機器を照らしている。
 その部屋にはジュンを含めて3人がいたが、一人は命が尽きかけようとし、もう一人は、死とは縁遠い者だった。
 知的な小顔に伊達眼鏡をかけた若い女が、ジュンに微笑みかけた。
「こんにちは」
 本が事務的な話をしに席を外しているので、葬儀屋の娘が微睡みの君主の傍にいるらしい。実は、れいは微睡みの君主と同年代だと聞いたことがあるが、魔族と不死者とでは、そもそも命の観念が違うのかもしれない。
 寝台に横たわった微睡みの君主に、小さなそばかすが散っているのをジュンは見た。これはこれで愛嬌があるが、今までの玲瓏たる美貌が、病的なかげりに沈んでいるのが腹立たしかった。こんなのは、ジュンが知っている微睡みの君主ではない。
「ジュン?お前泣くの早すぎ」
「だって・・・」
 バスルームでこれでもかと泣いたのに、また目や鼻の辺りが熱い。今まで、どれほど自分が酷い目にあっても、自分のために泣いたことは無かった。それなのに、たった一人が、力衰え、目の前から消えようとしているのが、こんなにも悲しいとは。
「ジュン、いい子だから泣くな。僕は、僕のところにちゃんと帰ってきたジュンを、褒めてあげようとしているのに」
 しみひとつ無かった白い手は、急激にやせ細り、肌はくすんでつやが無い。酷く冷たかったので両手で包むと、濡れた頬をなでられた。
「おつかいご苦労様。怪我は?痛くない?」
「はい、大丈夫です」
 うなずいた微睡みの君主の手から力が抜け、一瞬視線が揺らぐ。もう、意識を保っているのすら大変なのかもしれない。
「我が君?」
「うん、大丈夫。・・・あのね、ジュンに、お願い・・・が、あるんだ」
 小さな声が、不規則な呼吸に消えてしまいそうで、ジュンは耳を近づけた。
「もしも、僕が転生して・・・この街を、欲しがったら・・・やっつけてくんない?」
「ラクエンは、我が君のものですが・・・」
「うん。僕のものなんだけど、それは・・・今の僕のものであって・・・。次に、生まれてきた僕は、僕じゃないんだ」
 ひとつ深く息をすると、いつもと変わらない冥い目が、しっかりとジュンを見据えた。
「転生すると、今までの記憶はほとんど無くて、人格も、考え方も、大切なものも、違う。ラクエンは、今の僕が、大切にしたいと思ったのを、作ったんだ。だから、僕じゃない奴に支配されて、変質してしまうのは嫌だ」
 ラクエンは、都市条例であるラクエン憲章と細かな法律にのっとって、実質的な運営は行政スタッフが行い、各機関の相互監視による徹底した規制が、健全さを保たせている。つまり、支配者の日々の政務が必要な造りにはなっていない。だが、微睡みの君主という「支配者」の存在が無くては、富を生み出すラクエンは、多くの魔族から狙われかねない。
「嫌だったら、断ってもいいよ。でも、僕の最後のわがままだから、聞いてくれる?」
 抜き取られていた便箋を雷の王に見せられたときから、ジュンはその重圧にめまいがしていた。だが・・・
「いつものように、お命じください。俺は、我が君のものです」
「お前の一生を、今の僕に縛り付けるよ?」
「なんなりと」
 最後のわがままを告げた、血の気の無い唇に、ジュンは万感の思いをこめて、そっと己を重ねた。
「ありがと・・・。お前、笑い方が僕に似てきたね」
「光栄です。・・・父上」
 話し疲れたのか、長いまつげに縁取られた瞼が閉じられ、ジュンは、もうあの冥い光を宿した、黒い瞳を見ることはできなかった。