LOVERS 6


 体が熱を持っているのか、生ぬるい微睡みの中、妙に乾燥した空気を感じて、目を開ける。
 適度な湿度を保った室内で、動いているはずの空調の音は少しも聞こえず、間接照明の柔らかな光が、ぼんやりと視界を照らす。
「微睡み?」
 本の声に返事をしようとして、喉にわだかまっていた空気を吐き出す。少し咳をしただけで、体中の骨が割れるように痛む。痛み止めの薬が切れてきたようだ。
「ごめん、起こしちゃったか」
 心配そうに覗き込んできた顔に、苦笑いをする。・・・ちゃんと、そういう顔になったかは、自信が無い。
「雷・・・。来るの、早くない?」
 ジュンには急いで行くように言ったが、それでも早すぎやしないか。そういえば、あの子はどこだ?
「ジュンは?」
「微睡み、本気であいつを・・・」
「うん」
 全部言われる前に、言い切った。
「ねぇ、ジュンは?」
「とりあえず、ウチに軟禁したつもりなんだけど・・・」
 本が扉のロックを外すと、とたんに賑やかな音が飛び込んでくる。
「・・・ですから、そのような格好では!」
「我が君、ご無事ですかっ!?」
「お前の方が無事か、ジュン?血の匂いがするぞ」
 ああ、そんなショックを受けた顔しないでよ。同じ顔なんだからさ・・・笑っちゃうだろ。


 おとなしく傷の手当てを受けながらも、ジュンの顔色は悪いままで、シャワールームで泣きはらした目元だけが赤くなっていた。
「なぁに?私が弱った微睡みをやっちゃうとでも思ったわけ?」
 男くさい美貌をニヤニヤとゆがませながらも、雷の王は「心外だなぁ」と唇を尖らせた。
 ジュンとて、雷の王が微睡みの君主を害するとは思いたくなかったが、自分を監禁してまで先に出立する理由が思い浮かばなかった。
 医療スタッフがジュンの手当てを終えて退室すると、雷の王はさりげなく個室の扉をロックして、声を潜めた。
「私たちが、『元人間族』だというのは知っているな?「創世」によって地上に現れた魔族が、それまで地上に溢れていた人間族の中から、適性を持った人間に融合したということを」
 ジュンはうなずく。
 一般的には知られていないが、一度も転生したことの無い魔王の肉体は、数百年前の人間のものだと、ジュンは本人たちから聞いていた。
「今のところ、戦死、あるいは事故で魔王クラスが死んだ記録は残っている。だが、病死や、老衰で死んだ例は無い。つまり、微睡みの君主は、寿命で死ぬ初めてのケースになる」
 ジュンは、真っ白な寝台に横たわった微睡みの君主に、生命維持に関する機器がひとつも取り付けられず、そのバイタルデータのみが記録されていたことを思い出し、吐き気がした。
「・・・あの方は、その・・・どういう状態なんでしょうか」
「うーん、まぁ、いわゆる癌だな。悪性の腫瘍やら、白血病やら、その他諸々で、もうボロボロ。あいつは長いこと、人間としての感覚を保とうとして神経すり減らしていたし、戦場経験も多くて、そのぶん体も酷使している。魔族因子によって強化されているとはいえ、肉体がいい加減衰えてきて、魔力の支えとしての機能が下がってきたんだ。それまで魔力で遮断してきた有害な太陽光や宇宙線を浴びて、また肉体を傷つける。その繰り返しだな」
 いつだったか、微睡みの君主が「今の人間族のほうが、僕より丈夫だ」と言っていた。その時はジュンには意味がわからなかったが、現在の自然環境に適応するべく進化した人間と、数百年前の人間である自分を比べてのことだったのだろう。
 雷の王は見覚えのあるライトグレーの便箋を一枚取り出した。
「実は、あの手紙は一枚抜いてあった」
 渡された便箋を目で追って、ジュンは困惑した。おそらく、このせいで、雷の王はジュンをケイオスに留めておきたかったのだろう。
「どういう・・・こと、ですか?」
「そのまんま。せっかくラクエンに早く戻ってこれたんだ。詳しい腹積もりは本人に聞け。・・・生きているうちにな」
 高位魔族たちの思惑から危害が及ぶことを恐れて、ジュンをケイオスにとどめおこうとした雷の王。その寂しげな横顔が、ジュンの網膜に焼きついた。