LOVERS 5


 あのライトグレーの封書を手渡し、雷の王が開封して読み始めたところまでは記憶があった。
 しかし、そこで安心してしまったのか、搾り取られるようにSEXをした体は、問答無用で休息に入ってしまったらしい。
 目を覚ましたジュンは、ゲストルームらしい一室に放り込まれている自分を見つけた。
 丁寧に整えられたベッド、水差しの置かれたサイドテーブル。瀟洒なキャビネットの下段には、ジュンの手荷物がきちんと置かれていた。
「っ・・・」
 体を起こしかけて、ひどい倦怠感に力が抜けた。
 抵抗しようと頑張ったのがいけなかったのか、責任感から精神が高ぶったままになり、思うように深い眠りにならなかったせいかもしれない。
(腰が・・・)
 情けないが、下半身どころか全身が言うことをきかない。
 圧倒的に力の差がありすぎるのは置いておいて、実の息子にも容赦の無い雷の王は、我が子を千尋の谷へ突き落とす獅子か、それともただの色魔か。
 シーツを握り締めて体を引き上げ、ジュンはベッドの柱にすがりながら腰掛けた。
 あれからどのくらい時間がたったのか。半日とは言わないが、数時間は前後不覚になっていたはずだ。
 ふと、自分の体が綺麗にぬぐわれ、汚れたはずの服まできちんと洗濯されていることに気付いた。
 ジュンは力を込めて立ち上がり、自分の荷物を確認しようとして、こぼれ出た携帯端末の時計を見て愕然とした。
(二日たって・・・そんな馬鹿な!?)
 最後に確認した時から、実に五十時間は過ぎている。ラクエンとの時差を入力していなかったかと記憶をたどったが、間違いなくケイオスでの時間だ。
 体がだるいのは、激しいSEXのせいではなく、無理やり眠らされていたせいだ。しかし、なぜ雷の王がそんなことをする?
 微睡みの君主が雷の王に宛てた手紙には、いったい何が書いてあったのか。
 ジュンはすぐにケイオスを発てるよう、手早く完璧に身支度を整えると、部屋を出ようとして、ドアの下にあのライトグレーの封書が落ちているのを見つけた。
 此処にあるということは、読めということなのか。
 便箋には、ジュンが見たことの無い筆跡で、よくわからない事柄が書かれていた。有力な高位魔族の名前も見られ、なにか込み入った事情の説明か、雷の王に依頼する内容のように思えた。
(僕の自覚があるということは、すでに明確なデータが診断を下し、本ならとっくに気付いて・・・え?)
 数日前、微睡みの君主の屋上庭園ですれ違った、青銀色の髪をした男を思い出す。めったにパンデモニウム周辺から離れることのない本が、あらかじめ用件や訪問の日程も告げずにラクエンにくることはない。
 しかし今回は、実はジュンも本が来ることを知らなかった。微睡みの君主がいつもどおりだったので、てっきり二人の間で話が付いているのだと思い込んでいたのだ。
(急激な衰えに自分でも驚いているが、これが寿命だと思うと・・・そんな、まさか!)
 がんっという音に、ジュンはざぁっと血の気が引いていくのを感じた。
 優美なドアノブは、ジュンの意思に反して扉を開こうとはしない。内側からの鍵もかかっておらず、おそらくセキュリティーシステムから電子ロックがかけられているのだ。
 窓もひとつずつ確認したが、すべて鍵とは関係なくロックされ、二重の強化ガラスを打ち破っても、瀟洒な木枠に打ち込まれた単分子鉄筋に阻まれるだろう。
「閉じ込められた・・・!」
 脱出するには、巧妙に隠されたエアシステムのふたを見つけるか、壁に埋め込まれたセキュリティ関係の配線を見つけるか・・・
 ジュンはひとつ深呼吸をすると、軽く頭を振った。体のだるさは吹き飛んでいる。
「俺の居場所は我が君のおそばだけですので・・・雷の王、失礼します!」
 広い王宮の中ではごく小さく聞こえる轟音に、警報が鳴り響いた。