LOVERS 1


 都市ラクエンは、気候的に常夏の部類に入る。
 真夏は雨が多いが、ほんの少しの冬にあたる乾季になると、爽やかな風が吹く。
 可憐な花が咲き乱れる屋上庭園の、小さな東屋にも、心地よい風が吹き抜ける。
 相変わらずの怠惰な格好で、東屋のベンチに寝そべる、黒髪の若者が一人。
「我が君、ブックさまがおみえです。こちらへご案内してよろしいでしょうか」
「うん、よろー」
 眠そうな黒い目に映ったのは、鏡に映った自分のように、よく似た青年。ただし、両目の色が金褐色であるところと、服地に隠れていない肌に、痣や擦り傷があるところが違う。
 卵形の白面に、どこか憂愁を漂わせた眉目。危うげな細身からは、闇夜の花の様に色香が漂う。そして、ベンチに寝そべった無傷の若者の方が、より艶やかに唇をほころばせた。
 ぴっと、しなやかな指に挟まれた封書が立つ。そこには、宛名も切手もない。
「ジュン、コレ、雷んとこに届けてくんない?」
「は・・・郵送で、ですか?」
 いまどき、情報伝達の方法に封書を使うのは、粋な企みか、そうでなければ救いようのない機械音痴だ。微睡みの君主は、面倒くさがりなだけで、日常生活に使う機械ぐらいは、自分でも操作できる。
 むしろ、字を書けたことが、ジュンには驚きだった。
 何でも人任せな上に、たまに自分たち若い魔族の常識が通じないところのある微睡みの君主だった。実は読み書きが出来ないなんて言われても、それほど驚かないだろう。
 書斎はあっても、そこに微睡みの君主がいたところを、いままでに見たことがなかった。かくれんぼをしたときも書斎にはいなかったので、もしかしたら書斎の存在すら忘れているのかもしれない、とジュンは思っていたのだ。
「ううん。ジュンが、直接雷に渡して欲しいんだ」
「かしこまりました。では・・・」
「行きはちょっと急いで。帰りは、ゆっくりでもいいよ」
 珍しく愛人の方から訪ねてきた、久しぶりの逢瀬なのだ。野暮なことはジュンもしたくない。
「かしこまりました」
「あ、でも、いくら雷が「お母さん」だからって、むこうに監禁されちゃダメだからね。ちゃんと僕のところに帰ってくるんだよ?」
 わりと真剣に釘を刺す微睡みの君主に、ジュンは苦笑いで応え、ライトグレーの封書を受け取った。
「俺の居場所は、我が君のお側だけです」
「ん」
 肘枕を立てた若者は、満足げにうなずいた。
 そして、屋上庭園に現れた長身な人影に視線を移し、ひらひらと手を振る。
 ジュンは青銀色の髪をした男に道を空け、一礼した。
「では、行って参ります」
「いってらっしゃ〜い」
 今度はジュンに振られた手を背に、微睡みの君主によく似た青年は、屋上庭園から立ち去っていった。
「ずいぶん男っぽくなったな」
「僕、ひそかに背ぇ追い抜かれたんだけど」
 本が旧知の侍従の成長に二対の目を細めると、微睡みの君主はクスクスと笑い声を漏らした。
 その額にかかる黒髪を、節のある長い指が何も言わずにかきあげると、微睡みの君主はばつが悪そうに、眉間に軽くしわを寄せた。
「いつからばれた?」
「おかしいと思い始めたのはだいぶ前だが・・・確信したのは、一ヶ月ぐらい前だ」
 舌打ちして、ごろんと仰向けに転がった微睡みの君主は、なんともいえない、あいまいな表情で、愛人を見上げた。
「変な気分だな」
「・・・」
 ベンチの傍らに跪いた本を抱き寄せ、微睡みの君主は与えられる口付けをむさぼった。
 どうして愛おしさで溶け合ってしまわないのか、二人は、それが不思議だった。