糖衣の花束‐8‐


 事情聴取で時間を食ったわりには、イーヴァルとイグナーツは、殆んど人目につかずに車に乗り込み、弁護士の勧めで医者からひっかき傷の診断書をもらった後、イーヴァルのマンションに戻ることができた。
 すでに深夜に近くなり、夜の報道番組には、さっきの騒動が速報で流れていた。イグナーツはバスローブ姿でソファに座って、それを見るとはなしにぼんやりと眺めていた。
「イグナーツ?」
「あ、おかえり」
 焔と打ち合わせをしていたイーヴァルが戻ってきて、やっとイグナーツの目の焦点が合った。
「連絡があった。お前がくれたピアスなんだが、ミオラが持っていた。取り返そうとしたが、逆上したミオラに壊されてしまったらしい」
「・・・・・・そうか」
 デザイン性が高く、丈夫な部分と繊細な部分が混在していたため、一様に圧力をかけられると脆かったらしい。踏みつけられ、物で叩き潰されたピアスの残骸をイーヴァルは見ていたが、そのままイグナーツには伝えなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
 カラーグラスの下から目を押さえたイグナーツにかける言葉を、イーヴァルは知らなかったし、持ってもいなかった。
「・・・・・・っ、ごめん、イーヴァ。ちゃんと、できなかった・・・・・・」
「なにがだ」
 しゃくりあげながら肩を震わせるイグナーツの考えていることがわからなくて、イーヴァルは無理やりイグナーツの両手を取った。長い前髪とカラーグラスの下で、ぐしゃぐしゃになった、情けない顔があった。
「イーヴァ・・・・・・」
「何を泣いている。理由を言え」
「だって・・・・・・ちゃんと、お祝い、できなかった・・・・・・っ」
「俺の誕生日祝いならやっただろ」
「でも・・・・・・っ」
 ミオラの乱入でケチがついたのは確かだが、それはイグナーツの責任ではない。
「お前の計画通りにならなかったことが失敗だと思うのは、お前の勝手だ。だが、お前が俺を祝ったのは確かで、俺にも伝わった」
 たぶん、イグナーツは悔しいのだろう、とイーヴァルは推測した。自分で計画して、一生懸命に準備したにもかかわらず、思うような結果にならなかった。それはイーヴァルにも経験があることだが、泣くほどのことではない。
 しかしまだ感情の波がおさまらない様子のイグナーツに、イーヴァルはため息をついた。イグナーツの長い話の中にもあったように、おそらくまだ、イグナーツの中の大部分は子供のままなのだ。身体が成長し、外からの刺激を受けて恰好を付けたところで、内面の成長は基本的な段階を踏んでいないどころか、欠落すらしている。それがここに至って、イーヴァルと触れあうことで、ようやく、安心して表に出てきているのだろう。
 それに付き合ってやるほどイーヴァルは悠長でも優しくもないはずなのだが、なんとなく、このよく色が変わるガラス玉のような存在を、面白いとは感じていた。
「イグナーツ、俺はお前に、俺の前にいる間は俺以外を見ない、良く鳴く玩具である以上のことを求めはしない」
「・・・・・・うん」
 イーヴァルの多少いらついた空気を感じたのか、イグナーツは頷き、バスローブの袖で涙をぬぐった。イーヴァルが、イーヴァル以外の原因でイグナーツが泣くことを喜ばないことを思い出したのだろう。
「だが、お前は時々、それ以上のことをして、俺を驚かせる」
「・・・・・・イーヴァ?」
「仕切り直しだ。もっと祝え」
「へ?」
 バスローブを解いて開くと、傷だらけの肌が現れた。青痣や擦過傷はほとんど消えたが、この前イーヴァルが付けた切り傷は、まだ赤い盛り上がりを生々しく残していた。そこを丁寧に舐めていく。
「っ・・・・・・!」
 傷をこじ開けるような舌の動きに、イグナーツがひくりと体を跳ねさせた。
「イーヴァ・・・・・・」
 イグナーツの手を取ってみれば、ひらと甲に貫通した傷痕が残っている。よく短期間で回復するものだと感心すると同時に、またここに穴を開けたいという欲求と、先日実際に釘を打ち込んだ時の悲鳴が脳裏で再生され、イーヴァルはうっとりと傷痕に舌先をねじ込んだ。
「あ、あァ・・・・・・ぁっ!」
「どうした。痛みを思い出して起ったか?」
「ちがっ・・・・・・!」
 明らかに感じた声を出したのに、赤くなって否定しようとするイグナーツが可笑しくて、イーヴァルは表裏の傷痕を指先でいじりながら、白くて細い首筋に歯を立てた。
「ひっ!いっ・・・・・・ぁあ、あっ!」
「俺は起ったぞ?思い出しただけで・・・・・・。ククッ、お前の痛がる声は、本当に気持ちが良いな」
「うぅっ、この変態ッ・・・・・・!」
「どの口が言う」
「あぅっ!」
 赤くついた歯形を舐め、硬く反りはじめた雄を扱いてやれば、自分から脚を開く。よく懐いた、可愛い玩具だ。
「はっ・・・・・・はっ、ぁ、イーヴァ、イーヴァ・・・・・・あっ!あぁっ!」
 甘えた声で体をくねらせるイグナーツの胸で、乳首が立っていた。舌でこねるように吸ってやれば、また感じて潤みきった声が上がる。
「そうだ。アクセサリーをもらったことだし、今度はここにピアスホールを開けてやろう」
「っう、勝手に・・・・・・決めんなっ!」
「付けるピアスは、俺が選んでやる・・・・・・クククッ」
 イーヴァルによってソファに押さえつけられたままのイグナーツが、嬉しそうに笑うななどと喚いたが、イーヴァルが少し傷痕を撫でてやるだけで大人しくなった。
「お前の体で祝え、イグナーツ。自分で解して、自分で入れてみせろ」
 イーヴァルが腕を引っ張ると、イグナーツは微妙に納得した面持ちで立ち上がった。
「なんだ?」
「いや、やっぱりリボンでもかけた方が良いのか、と思った」
「できればリボンで縛れ」
「・・・・・・言うと思った」
 飼い主の嗜好を理解するとは、いい傾向だ。
 広いベッドに仰臥したイーヴァルの下半身に覆いかぶさるように、イグナーツが四つん這いになって上がった。
「なあ、俺が痛がると、そんなに気持ちいいのか?」
「そうだな」
 イグナーツは首を傾げるが、イーヴァルだってなぜ性的興奮につながるのかなど知らない。ただ、自分が感じることができない、痛みという感覚を目の当たりにすることが、とても刺激的に感じるという事実だけだ。
 とりわけ、いまイーヴァルを咥えて、せっせと口淫に励むイグナーツが、身動きもままならず、苦痛に喘ぎ、傷口から流れる血に、震えながら泣き叫ぶ姿といったら・・・・・・。
「はっ・・・・・・んっ、んぐ・・・・・・っ」
「いいぞ、イグナーツ。もっと奥まで咥えられるな?」
「んんっ!・・・・・・ぐぅっ!うぅっ・・・・・・!」
 イーヴァルに頭を押さえられて上げる苦しげな声も、また心地よい。
「ぅぐぅっ!・・・・・・はっ、げほっ、ぅえ・・・・・・はぁ、あんた、自分のサイズわかってやってんのか!?」
「クックック・・・・・・」
 こうやってたてついてくるのも、イグナーツだけだ。その反応を見るのも、イーヴァルには楽しい。
 特別に渡してやった潤滑オイルを、自分でアナルに塗り込むイグナーツの恥じらうような切なげな顔を眺めながら、さっき泣き顔もイーヴァルの誕生日だったからだと思い直し、緩やかな愉悦がやってくるのを感じた。イグナーツがあんなふうに泣くのは、イーヴァルだけの為なのだ・・・・・・。
「はっ・・・・・・ん、んぁああっ!はっ、あああああっ!!」
 イグナーツがイーヴァルの上にまたがって、ゆっくりと自分の中に屹立を納めていく。十分に潤ったイグナーツの中は、温かくて、そしていつも通りきつい。
「ああぁっ!はあぁっ・・・・・・あっ!あぁぅ・・・・・・んっ!」
「ほら、もっと動け」
「んっ、わかって、るっ・・・・・・けど・・・・・・ッ!」
 滑りはいいはずだが、いつもイーヴァルを入れただけで感じきってしまうイグナーツの体では、自分の意志だけで動くのに大変だろう。反り返ったイグナーツの先端からは、とろとろと透明な滴が溢れ出ている。
「足が良いか?それとも、太腿が良いか?」
「ひっ!」
 イグナーツの足を撫で、傷痕の位置を指先で確認して、そしてあまり太くない太腿を撫でる。ここも、穴だらけにしてやったことがある。
 ぐっと指先に力を込めると、力強い弾力が感じられたが、さらに爪をねじ込むと、ずぶと皮膚が裂けた。
「いっぁああッ!!あぁ・・・・・・ひっ、イーヴァ・・・・・・イーヴァぁ・・・・・・!」
「いい子だな、イグナーツ」
 きゅうきゅうと締め付ける中が絡み付いてきて、イーヴァルの笑みも深くなる。たっぷりと塗り込んだオイルが溢れて、イグナーツが動くたびにぐちゅぐちゅと音を立てた。
「あぁっ!なか、すごい・・・・・・っ!イーヴァが・・・・・・ぁああっ!おく、くるっ・・・・・・イーヴァで、俺のなか・・・・・・あっ、あぁっ、もぅ・・・・・・ぁひぃっ!?」
「勝手にイくな、イグナーツ」
 かちかちに勃起したイグナーツのペニスを指で握り込み、イーヴァルはイグナーツの細い腰に爪を立てるように掴んで、乱暴に下から突き上げた。
「あああっ!イーヴァ!イーヴァぁ!!」
「そうだ・・・・・・俺の為だけだ」
 イグナーツの決して高くはない男の声が、イーヴァルの名前を呼んで蕩けている。ぱんぱんと尻を打ち付け、イーヴァルを奥まで出し入れさせて、淫らで背徳的な楔に貫かれて喜んでいる。
「イーヴァ、イーヴァぁっ、だめ・・・・・・も、イくっ!あぁっ・・・・・・俺のなか、イーヴァで、いっぱいぃ・・・・・・!イくっ!!出るぅっ!!」
「よし、イけ。出してやる」
 戒めを解いてやりながらごりごりと奥まで突き刺すと、イグナーツはあっさりと白濁を噴き上げ、その搾り上げるような動きに逆らわず、イーヴァルもイグナーツの中に吐きだした。
「あっ!あああアアアァ!!イイっ!イーヴァ、イーヴァの・・・・・・あぁ、奥、くるぅっ!!あ、ぁああ・・・・・・っ!」
 がくがくと震えながら、だらしない顔でまだびゅくびゅくとイーヴァルの腹に出すイグナーツを、イーヴァルは愛おしく見上げた。そこにいるのは、イーヴァルだけのイグナーツだった。