糖衣の花束‐1‐
チームルームのバーカウンターでスツールに腰掛けていたクロムが、モニターに丁度流れていた情報番組を眺めて、ポツリとつぶやいた。
「綺麗な人ですね」 クロムの隣に座っていたレルシュも、カウンター内でグラスに手を伸ばしかけていたイグナーツも、つられてモニターに視線を向けた。そこには、脚が長く背の高そうなニューマンの女性が映っており、細身なのにドレスからよく目立つ豊満な胸や腰が色気十分だ。腰まで届きそうな長い髪は濃い金色で、目鼻立ちのくっきりした、華やかな美貌の持ち主だった。 「女優さん?」 イグナーツが首を傾げると、レルシュが頷いた。 「ああ、ミオラ・パシフォードだな。元モデルだって聞いたけど・・・・・・来年39ぅ?ババァじゃねえか」 「ははっ、クーナと比べるなよ」 「そうですよ。女優としては、まだ若いですよ」 顔をしかめるレルシュに、イグナーツとクロムは苦笑いを浮かべる。 番組では、先日行われた映画の表彰式でミオラが主演女優賞を取ったという話題だった。しかし、恋多き女で通っているらしいミオラの、次の恋人は誰だという話の方が、盛り上がりを見せている。 「はっ、ゲスい内容だな」 「仕事忙しそうなのに、よくこれだけの人と会っていられますね」 「こんなの売名に決まってんだろ。話題作り。たいした付き合いがなくても、人目のあるところで、ちょっと二人でいればいいだけなんだしよ」 素直な疑問を呈するクロムに、うんざりとした表情のレルシュが教えてやる。大きな3Dフリップには、今までと、それから現在噂になっている男たちの名前がたくさん載せられており、たしかにレルシュの言うとおりだとしても、クロムが不思議がってもおかしくないだろう。 『そしていま、一番の注目が、この人!』 おおっというどよめきがスピーカーから聞こえてきたが、それよりもイグナーツとレルシュが飲み物を噴いてむせた音の方が大きかった。 「おいっ・・・・・・げほっ、どうなってんだナッツ」 「知る、かよっ・・・・・・ぅ、げほっ」 「大丈夫ですか?」 心配するクロムにうなずきながら、二人はそろって鼻をかんだ。 「あー、びっくりした」 「ナッツ、びっくりで片が付くのか!?」 「もしかして、あの人とお知り合いなんですか?」 クロムが二人と見比べているモニターには、パーティー会場らしき場所でもひときわ目立つ、黒髪の男が映っていた。アパレル業界の新星として紹介された、ミオラと談笑するその男は・・・・・・。 「知り合いも何も、ナッツの彼氏だろ」 「えええっ!?」 「いや、彼氏っていうかなんて言うか・・・・・・」 恋人と言うには微妙な関係にイグナーツも苦笑いを浮かべる。 「へぇ、『レイヴン』の社長さん、ですか。すごく綺麗な方ですね」 「フン、相変わらずスカしたツラしてやがる。たしかに、女が寄ってきそうな男だよな、ナッツ?」 素直に称賛するクロムとむすくれるレルシュを等分に見渡しながら、イグナーツは肩をすくめてみせた。 「顔はいいよ、顔だけは」 「違いない」 イーヴァルと付き合いだしてからイグナーツの体に生傷が絶えないことを知っているレルシュはニヤリと笑い、事情を知らないクロムは首を傾げている。イグナーツはそのあたりの説明をクロムにするつもりはなく、さりげなく話題の方向を変えた。 「レルシュの言うとおり、話題作りだと思うよ。一瞬後ろに焔さんが見切れてたし。社長と副社長が揃ってるってことは、わりとストイックな、業界のお偉いさんも来るようなパーティーだったんじゃないかな」 それなら、元モデルのミオラと、現役メンズファッションのオーナーであるイーヴァルが談笑している姿が見られてもおかしくない。 しかし、番組の中ではお構いなしに二人の仲を盛り上げたいような流れになっており、ミオラが誕生日は好きな人と二人で祝いたいと言っていたことを取り上げて、来月あるイーヴァルの誕生日が楽しみではないかと、MCが下品な顔で囃し立てている。 「ふーん、来月だったんだ」 「知らなかったのか、ナッツ」 「うん。何日だろ?また呼ばれそうだから、仕事空けておかないと・・・・・・」 「・・・・・・お前も何かと苦労するな」 「あー、イーヴァはわがままだからなぁ。俺の言うことなんか聞きぁしねぇよ」 ぶつくさ言いながらイーヴァルのデータを検索し始めたイグナーツに、クロムがにこにこと質問した。 「それで、プレゼントは何にするんです?」 「・・・・・・え?」 端末を操作している恰好で固まったイグナーツが、首が機械仕掛けにでもなったかのように、クロムに向かって顔を上げた。 「誕生日プレゼントですよ。二人きりで会うのなら、お酒なんかどうです?」 「それよりも、ナッツにリボンかけて、はいどうぞって差し出した方が喜ぶんじゃねえ?」 「レルシュ!いくらナッツでも、そんな恥ずかしい恰好は・・・・・・」 「なに想像してんだ。裸リボンだとでも思ったのか?」 「そっ、そそんなっ、えっと・・・・・・!」 レルシュにからかわれて、白い頬を耳まで真っ赤にさせて狼狽えるクロムに、イグナーツは乾いた笑いを漏らした。なにしろ、「リボンで縛られた素っ裸」が、イーヴァルが一番喜びそうなものだから、正直笑いごとでは済まないのだ。 自分のベッドの上に胡坐をかいて座り、イグナーツはさっきからずっと唸っていた。 「うーん・・・・・・」 イグナーツが見ているのは自分の貯蓄残高であり、最近うなぎ上りに増えている額を前に、どうしたらいいものかと悩んでいるのだ。贅沢な悩みと言えなくもないが、いくらメセタだけがあっても、傷だらけになった身体ではアークスとしての経験を積みにも行けず、不相応に高価な装備を買っても意味がない。 「うーん・・・・・・」 自分で稼いだ金ではあるのだが、稼ぎ方に若干の特殊性があり、支払いの相場が無茶苦茶なのか、それとも自分があの痛いわがままに麻痺してきたのか・・・・・・とにかく、毎月すごい額の金が振り込まれてきているのだ。 「これだけあるし、何かしてあげたいなーとは思うんだけどなぁ・・・・・・」 こうしたいという動機はあるし、資金もあるのだが、具体的な使い方が思い浮かばない。 「うーん・・・・・・。うん、まずは聞いてみよう」 それが一番いい。わからないことは、知っている人に聞いてアドバイスをもらうのが近道だ。 メールにしようかビジフォンにしようかでまた悩み、結局ビジフォンにした。相手も忙しいだろうが、メールでは迂遠なやり取りになって、余計に時間を取らせかねない。 「こんにちは、イグナーツです。あのー、いま大丈夫ですか?」 『やあ、珍しいな。いいよ、何か問題でも?』 仕事時間中であるだろうに、イグナーツに柔らかく返事をしてくれたのは焔だ。普段はイグナーツにイーヴァルの相手をする依頼を出すクライアントなのだが、今日は『レイヴン』の副社長として、イーヴァルの義弟として、協力を求めたかった。 イグナーツは、イーヴァルの来月のスケジュールを確認することは可能かと問い合わせ、目的の日のイーヴァルはパーティーに出席予定だという返事をもらった。 「そっか・・・・・・」 『忘年会シーズンだからな。それにクリスマスも近いし、年末商戦のPRに来年のビジネスマン向けの新モードの選定と・・・・・・イーヴァルが忙しい数少ない月だな』 「・・・・・・普段何やってんですか、あの人」 焔がくすくすと笑う気配を感じて、イグナーツは自分の頬がなんとなく熱くなるのを感じた。 『ただ、このパーティーは18時までの予定だから、その後の時間は、今のところフリーになっている』 「あっ、じゃあ、そこに俺入ってもいいですか?それと、そのまま次の日も!」 『了解した。こちらで調整しよう』 イグナーツはホッと胸をなでおろした。焔の了解さえ取れれば、とりあえず会社に迷惑をかけずにイーヴァルと会える。イグナーツが会いたがってことをイーヴァルが聞いたら、会社のことなんて後回しにするに決まっているのだから、そこはイグナーツが常識人であるべきだと自分に自律を課していたかった。 「あと、それで・・・・・・」 『なにかな?』 あまり焔の時間を取らせるのは悪いと思いながらも、なるべく恥ずかしくない言い方はないかと模索して、イグナーツは失敗した。 「えーと、その・・・・・・イーヴァが欲しがって・・・・・・ていうか、好きなものってなんですか?」 『は?・・・・・・ああ』 なにやら納得された空気で、またくすくす笑われて、今度こそイグナーツは顔面が真っ赤になるのを自覚した。焔と面と向かわず、ここに居るのが自分一人だけで本当によかった。 『そうだな、俺は君以外知らないが・・・・・・そうだ、『アダージョ』という店はわかるか?以前イーヴァが連れて行ったと聞いたが』 前半のつぶやきのような声はよく聞き取れなかったが、『アダージョ』は知っている。老舗ホテルの中にあるレストランで、料理はとても美味しかった。 「うん、わかります」 『あそこの支配人なら、イーヴァの好物ぐらい知っているだろう』 「わお!ありがとう、焔さん!!」 『いや、いい。礼ならこちらが言いたいぐらいだ』 「はい?」 『あの愚兄に、本当によく付き合ってくれて・・・・・・社員一同を代表しても感謝を述べたいぐらいだ』 目頭でも抑えていそうな焔の大袈裟な言い方に、イグナーツは慌てて暇を告げた。 「あ、じゃあ俺、『アダージョ』に連絡してみます」 『ああ、では俺からも取り計らってくれるよう言っておこう。君だけでは難しかろう』 「すみません、お手間をおかけします」 『気にしないでくれ。ではな』 「ありがとうございました!」 ビジフォンを切って、イグナーツは大きく息をつきながら、まだ熱い頬を両手で擦った。イグナーツは自分が誕生日を祝われるのはとても嬉しいが、大人になるとそんなに大々的にはやらないとレルシュに教えられていた。でも、祝われるのは悪くない、とも。 しかしながら、自分でお祝いの準備をするというのはなんだか緊張する。とりあえず時間だけは確保できた。それに、ちゃんとしたところで一緒に食事も出来そうだ。 「大丈夫、俺よりも熟練の人たちがサポートしてくれるんだから」 なにやら初めて戦場に出ていく気分を思い出したが、とにかく出来ることはきちんとしたかった。・・・・・・誕生日だと知らなかったばかりに、わけもわからず一晩かけてボロボロにされるより、精神的にもはるかにマシだろう。 (笑えねー・・・・・・) いまだにイーヴァルのどこがいいのか、明確に答えられないイグナーツだった。 |