想いの形‐1‐


 ラダファムはメールを閉じ、その余韻に浸りながら、自分の抹茶色をしたスイーツベッドの上でゴロゴロと転がっていた。
「はぁうぅううう。楽しみだなぁ」
 やっとのことで休みの都合が合った彼氏とのデートが、数日後に迫っているのだ。いま読んでいたのも、その日を楽しみにしているという内容のメールであり、顔がだらしなく蕩けたままになっている。
 念のために言っておくが、ラダファムは健全な十六歳の少年であり、彼の思い人も同年の少年である。ただし、容姿はだいぶタイプが違うが。
 ラダファムは褐色の肌にふんわりとした金髪、そしてぱっちりとした青い目の持ち主のヒューマンだ。可愛らしいには可愛らしい顔なのだが、首から下がまったく可愛くないマッチョであった。細マッチョではなく、筋肉の塊とも言えるゴリマッチョである。着やせするタイプなのが救いだろうか。
 対してラダファムの思い人であるノエルは、雑誌のモデルをするほどの整った容姿と、ラダファムの半分ほどしかないのではないかと思われるほど華奢な体のニューマンだ。長い緑色の髪と、神秘的な藤色の目が、とても穏やかで涼やかな印象を与える。一見少女のようにも見えるが、彼も立派な少年だった。
 彼らは仲の良い友人同士であると同時に、互いを憎からず意識しあう、非常に親密な仲なのだが・・・今のところ、恋人未満という現状であった。
「今度こそ・・・今度こそ、ちゃんと言うんだ!」
 あまりにも近すぎて、きちんと「恋人として付き合って欲しい」と言うタイミングを逸してきたラダファムは、ぐっと拳を握る。好きだのなんだのとは互いに言い慣れてしまっているので、すでに飛び越えているかと思いきや、いまだ目に見えない一線を越えられていなかった。
「うああぁう・・・緊張してきたなぁ・・・」
 デートの日まではまだ数日あるというのに、いまから胸がどきまぎとして落ち着かなかった。そしてふと、ラダファムは重大なことを思い出した。
「あ・・・どうしよう・・・・・・」
 慌てて親しい先輩に連絡を取ると、相手は呆れながらも、翌日付き合ってくれると約束してくれた。


「ぶわっはっはっはー!!」
「なんだよ!?」
 フィッティングホロを見た瞬間笑い出したイグナーツに、ラダファムはぶーっとむくれた。
「だって、だって・・・ぶふーっ!あっははは!で、でっけぇ七五三だなって・・・」
「こんなにでっけぇ七五三があるかよ!!」
「ぎゃはははははっ」
「笑うな馬鹿ーッ!!」
「あっひゃっひゃ・・・ひー、腹がいてェ・・・!」
 とうとう床に座り込んで、喘ぐようにはぁはぁと息を整えだしたイグナーツに蹴りを入れながら、ラダファムはフィッティングホロを消して、かっちりとしたスーツから普段着使いにしている白いアークスジャージーになった。
「あぁ・・・たしかに、問題ありっていうか、面白すぎた」
「うるへー。んでさー、どういう服着ていったらいいと思う?」
「まず、デートにスーツっていうのが間違いだというのはわかった。卒業式や結婚式ですらなかったからな」
「・・・・・・」
 あんまりな言われ方にラダファムはぶんぶくれたが、洋服に対するセンスが無いことに自覚があるので、ノエルとのデートに着ていく服を選ぶためにイグナーツを呼んだのだ。
「しかし、なんで俺なんか呼んだんだ?俺がファムたんの年頃なんて、アークスの制服ばっかりだったし、その前なんかろくに外出する機会すらなかったからな・・・。ファムたんの方が、ファッション雑誌読むだろが」
「ナッツはデートとかよくしてるじゃん。それに、ノエルたちが着るような服、俺に入ると思うか?」
「・・・それもそうだな」
 着こなしてしまえばそこそこスマートに見えなくもないのだが、元がそもそも規格外なのだ。通常の服ではサイズに難があり、かといって大柄な人間用の服だと、顔とマッチせずダサく見えてしまう。悩ましいところだ。
「・・・いっそのこと、俺のホワイトラッピースーツ貸すか?あれなら可愛いぞ」
「それじゃ顔が見えないじゃんか!」
「わかったわかった。んじゃ、ウインドウショッピングにでも行きますか」
 イグナーツは立ち上がると、一瞬でいつもの白いシークイエーガーから鮮やかな赤いパニッシュジャケットに着替えた。スタイリッシュなデザインだが、インナーシャツの奇抜な色合いが着る者を選ぶだろう。
「そういうの、俺も似合うようになるかな?」
「ファムたんよ、服に似合うようになるんじゃねぇ。似合う服を着るんだぜ」
 イグナーツはニヤリと唇を歪め、ぽむぽむとラダファムの頭を撫でて、外出を促した。

 出かけた先はいい天気だった。と言っても、生の自然を肌で知っているアークスたちにとっては、シップ内の天候などとるにたらないものではあったが。
「デートねぇ・・・。ファムたんたちの年齢で、行く場所が遊園地だろ?うーん、普通の格好でいいと思うんだけどなぁ」
「普通ってどういうんだよ・・・」
「まあ、自分の服選びは、習うより慣れろだなぁ」
 普通は普通でも、デートの相手が現役モデルであり、それなりの服装をしてくることは明らかだ。いくら年相応とはいえ、安っぽい服ではバランスが取れない。
「ちなみに、メーカーとかブランドとかご指名は?」
「特にない。ただ、ノエルはKANOブランドが気に入っているみたいだ。新しく出たコートが可愛いって言ってたし」
「おおー、『KANO』の服って可愛くて有名だよな。あんまり趣味が離れた奴はアウト、っと・・・」
 イグナーツの言に、ラダファムもうなずく。
「そういや、予算は?」
「今月はまだラボに行ってないから平気」
「あー・・・・・・」
 いくらメセタを稼いでも、それを吸い取っていくアイテムラボの存在は、ダーカーを除いてアークスたちの憎悪を一身に受けているといっても過言ではない。
 二人は検索を頼りにいくつかショップを見て回ったが、やはりサイズとデザインとのすり合せが困難だった。
「俺、ちょっと痩せようかな・・・・・・」
 さすがに気弱になってきたラダファムに、イグナーツは意外と真面目に首を横に振った。
「やめとけやめとけ。無駄に肥ってるわけじゃねぇンだ。戦闘に差し支えるぞ」
「うー・・・・・・」
 イグナーツのような引き締まった身体が叩きだす瞬発力も大事だが、ラダファムの場合はフォトンの傾向も助けになり、パワーと耐久力の方が大事だった。無理に痩せようとすれば、確かに仕事に障るだろう。
「おっ、ちょうどいいところに。俺より詳しそうなのがいた。おーい」
「へ?」
 ラダファムが顔を上げると、イグナーツが誰かに手を振っており、その相手を確かめる前に、二人はすごい勢いで近くの商業ビルに連れ込まれた。
「ちょ、わっ・・・なんなんだ!?」
「馬鹿野郎!なんて目立つことしやがる!」
「はあ?」
 ラダファムは勢いを殺そうとたたらを踏み、二人にぶつかるように押し込んできた人物は怒鳴り、イグナーツはぽかんとしている。
「あーっ・・・」
「なんだよ」
 見上げたラダファムを睨むように見下ろしてきたのは、以前ゲートエリアで見かけたことのあるデューマンだった。額の角やオッドアイはデューマンの特徴だが、柔らかそうなくせ毛の下にある両目は、ずいぶん険しかった。いつも他人を睨んでいるような、その不機嫌そうな表情はいただけない。イグナーツの知り合いのようだが、その態度の悪さがラダファムはどうも気に障った。
「じゃあな、俺はいそ・・・」
「レルシュさあ、服選ぶの得意だろ?付き合ってくれよ」
「おま・・・話聞けッ!!」
 気さくというより馴れ馴れしいイグナーツを、がーっと威嚇するレルシュを見上げながら、ラダファムは意外なことに気が付いた。
「ナッツよりでけぇ・・・」
 背の高いイグナーツよりも、レルシュの方がさらにいくらか背が高かった。顔にタトゥーを入れていても、イグナーツよりも輪郭が柔らかなレルシュの方が年下に、そして遠目では身長も低く見えたのだ。二人とも細身なので俊敏そうな印象を持っているが、レルシュの方が所作やしぐさに優美さがあった。雰囲気はとげとげしくて最悪だったが。
「ファムたんのデート服選ぶの困ってんだよ。どっかいいとこ知らねえ?」
「はあ?何で俺がそんなことに付き合ってやらなきゃなんねーんだ!だいたいこんな所・・・・・・」
 と腕を広げてあたりを見回して、レルシュはそこが人の多いショッピングモール内だと気が付いたようだ。
「・・・・・・」
「ここならちょうど、ブランドも色々入ってるしさ、頼むよ」
「だから、なんで俺がこんなチビ助の服を、わざわざ見てやらなきゃならないんだ?」
 ラダファムが「誰がチビ助だ」と言い返しかけたが、両頬をイグナーツの両手にむにむにと挟まれてしまって、喋れなかった。
「後輩でフレのファムたんだ。可愛いだろー?でもこっち触ってみろよ、びっくりするぜ?」
 イグナーツがレルシュの腕をつかみ、無理やりラダファムのジャージー越しの肩に触らせた。
「!?」
「な?コイツ顔に似合わず、すっげーマッチョなんだよ。顔に似合いつつ着られる服売ってるところ、知らね?こんど、モデルやってる子とデートなんだよ。ひとつ、レルシュのセンスを見せてやってくれよ」
 ぺらぺらと軽快にしゃべるイグナーツに持ち上げられて、抵抗に手詰まりを感じたのか、レルシュは尊大に鼻を鳴らした。
「ふん、デートだぁ?こんなチビ助と付き合うなんて、どんな物好きだよ」
「ノエルを馬鹿にするな!・・・こーんなに可愛いんだぞ!!」
 ラダファムは素早く端末を操作して、いつも持ち歩いているノエルの特大ホロを掲げて見せた。以前「期待の新人モデルたち」として雑誌に付いてきたポスターの一部を切り取り拡大したものだが、十分にノエルの魅力が伝わる出来栄えだった。
「・・・・・・こいつ?」
「そうだ、ノエルだ。いまは『FIZZ』の専属も持ってるんだぞ。すっごく優しいし、笑顔見てると幸せな気分になるんだぞ!」
「のろけまくりだな、ファムたん」
「えっへん」
 今度はラダファムの方がふんぞり返ったが、それはどこまでも愛しいノエルを褒め称えたい気持ちからだ。
「・・・・・・ニューマンか」
「そうだよ?」
 呟いたレルシュは、なにやら複雑そうな表情になっていたようだが、すぐにまた不遜な表情になったので、その理由まではラダファムにはわからなかった。
「俺には関係ない。・・・だけど、整ったものの傍にあまりにも不格好なのがいることは、俺の感性に障る」
 ちらりと、完璧に見下した視線だったが、レルシュはラダファムを見ると、一瞬ビルの外を振り返り、何事もなかったかのように、迷いなくショッピングモールの奥へと足を向けていった。
「行こうぜ」
 イグナーツに肩を叩かれ、ラダファムは急いでレルシュのカイゼルハウトを人混みに見失わないよう追った。