想いの形‐2‐


「だいたい、ガキの服なんか『アイランド・ヴィレッジ』か『唯衣』で十分だろうに・・・」
 レルシュはぶつくさと言っていたが、その足が向かっているのは、確実にメンズファッションの雄が軒を連ねる一帯だった。
「おっ、『レイヴン』って有名だよな。着たことないけど」
 イグナーツが足を止めた、床から天井まで柱一面に埋め込まれたパネルには、『レイヴン』の新作と思われるジャケットやシャツを着た、長い銀髪の男と妖艶な黒髪の男が、かわるがわる映し出されていた。二人とも美しいといえる顔立ちと、バランスのとれた立派な体つきをしており、高級感ある『レイヴン』の服をよく着こなしていた。
「『レイヴン』は高ぇぞ。そういうのはちょー金持ちが着る服だ。俺たち程度じゃ、いくらメセタがあったって足りやしねぇ」
「CMは見るけど、実際いくらぐらいするんだ?」
 ホロを映す柱より少し奥まった場所に広く構えられた、セキュリティが厳しいらしい店中を、シックな装いの外扉からうかがうことはできず、首を傾げたラダファムに、レルシュは薄笑いを浮かべて教えてくれた。
「シャツは最低五万から。ボトムは二十万弱ぐらいからか?揃いのジャケット類は六十万以上が普通だ」
「「たっけぇっ!!」」
 思わず異口同音になったイグナーツとラダファムが顔を見合わせた。
「そこにベルトとかソックスとか、靴も小物もあるだろ?カフスみたいなアクセサリーも出していたよな?全部揃えたら、いったいいくらになるんだ!?」
「すげぇ・・・。オーランってそんな服着てたのか・・・・・・」
「オーランって誰だ?」
 知らない名前にきょとんとしたイグナーツに、ラダファムは柱面ホロを指差した。
「この銀髪の方。ノエルの事務所の社長。俺の親戚だけど」
「「はあっ!?」」
 今度はイグナーツとレルシュが同時に声を上げ、ホロとラダファムを忙しく見比べた。
「あ、血は繋がってないからな。遠い親戚」
「それを先に言え」
「だよなぁ。こんなちんちく筋肉ダルマと、あのモデルが親戚だなんて・・・」
 ひどい言われように、ラダファムはぶうと頬を膨らませたが、確かにオーランとは一族とはいえ関係は離れているので、言い返しはしなかった。
「この銀髪って、『レイヴン』専属モデルだろ?昔からよくCMに出てるけど・・・こっちのは誰だ?」
「『レイヴン』の社長じゃねえ?一回見たことあるけど・・・。オーランが腐れ縁でどうたら言っていたぞ」
「すげぇ力の入れようだな。というか、このレベルじゃないと、着こなせねぇってことか。高いわけだ」
 ホロを指差したままのレルシュが無言でのけぞり、イグナーツはもはや苦笑いしか出てこないようだった。
「いやいや、今日はファムたんの服探しだったな。高級服探索は、また今度にしよう」
 イグナーツの言葉に、三人はホログラムを映し続ける柱の前を離れ、緩やかな人波に戻っていった。
 ラダファムが求める服の傾向は、イグナーツからレルシュに伝えられたが、やはりレルシュもサイズがネックだと顔をしかめた。
「ただのマッチョなら、厚着はしない。体のラインが見えた方がいい。ただ、チビ助の場合は逆効果だ。着痩せするなら、重ね着で縦ラインを出すべきだ。ただサイズをでかくしても、だらしなく見えるだけだ。ボトムはぴちぴちになりすぎず、緩すぎず。ロングが基本だが、チビ助の年齢ならハーフパンでも許される」
 レルシュの説明をふむふむと聞きながら、イグナーツが荷物を持ち、ラダファムがいくつも試着を試みるも、なかなか好みとサイズが一致しない。
「・・・・・・チビ助、その無駄な巨乳をどうにかしろ」
「巨乳言うな!大胸筋だ!」
「ファムたんは肩幅もあるし、腕も太いからなぁ・・・。どうりで夏のジントクバオリが楽そうなはずだ」
「うぎぎぎ・・・・・・」
 若干涙目になりつつあるラダファムに、店員も申し訳なさそうに、他の店ならあるかもと薦めてくる始末だ。
「この向かいの『ネ・グレクト』なら、デザインがそのままで大きいサイズがあるかもってよ」
「あ、『ネ・グレクト』ダメだ。絶対買わん」
「へ?」
「わがまま言ってんじゃねぇぞ、チビ助」
 イライラと睨んでくるレルシュに、しかしラダファムは頑として首を横に振った。
「絶対に嫌だ。あそこはモデルをいびるんだ。ノエルを泣かしたメーカーのを着たくない」
 お仕事失敗しちゃった、としょんぼりした顔でメールをよこしたノエルの真相を知るため、ラダファムは社長であるオーランに問い合わせたのだが、どうも新人でありながら外部モデルのノエルが、『ネ・グレクト』のチームから爪弾きにされたらしいとのことだった。ノエル自身にいじめられたという自覚がなかったが、物損があり、これ以上はモデルに怪我の恐れもあったため、『ネ・グレクト』の社長とオーランが話し合いの末、『ネ・グレクト』側が違約金を支払う代わりにノエルをプロジェクトから外したという事だった。何かあってからの慰謝料や裁判では、外聞が悪いという理由だ。
「なるほどなぁ。一般企業も大人の事情があるんだな」
「・・・ずれた感想だな、ナッツ」
「そうか?」
 レルシュに言われて、イグナーツは首を傾げた。
 ラダファムが顔をそむけたまま見ようともしない『ネ・グレクト』の店内は、時期的な物なのか、小悪魔系なデザインやレザー系の素材が溢れていた。
「フン、中にもあるかもしれないが、見た限りでは合わないな」
「レルシュ先生から無視していいとの許可が出ました。次行くぞー」
 その後二軒ほど回り、いい加減三人とも疲れてきたところで、無名の小売店に入った。
「あれ?『KANO』のコートだ!」
 真っ先にラダファムが見つけたのは、店内に飾られていたコートで、メールに添付されていたホロでノエルが着ていたものと同じだった。商品を確認したところ、間違いなく『KANO』ブランドの物だ。
「でも、ここは『KANO』じゃないだろ?」
「・・・『スリープシープ&ブラックキャット』?知らんな」
 店内を見回すイグナーツとレルシュに、近づいてきた店員が説明してくれた。
「当店は最近できた、複数メーカーとの提携店です。・・・共同出資小売店、と言えばいいでしょうか」
「ああ、なるほど」
 複数のブランドが共同出資して、専用販売会社を作っているのだ。膨大な数のシップがあるオラクルでは、メーカーが各シップにリスクを減らしながら出店しようとするため、そう珍しい企業形態ではない。ブランド同士の共同開発も容易になるため、限定の企画品などはこういう店の方が手に入りやすい。この店も、そういう専用小売店のひとつのようだ。
「『KANO』みたいなイメージで、サイズの大きいのってあるか?」
「物によりますが、XLまでならご用意がありますよ」
 店員が案内してくれた品の中には、他のシップに本社があるローカルなメーカーの物もあり、レルシュですら珍しさに目移りしているようだった。サイズも子猫からもっさり羊までと言わんばかりの豊富さで、素材やデザインも各ブランドの競い合いが目に見えるようだ。
「おお、いいじゃないか」
「うん、これならすっきり見えるな」
 フィッティングルームから出てきたラダファムを見て、思わずイグナーツが手を叩き、レルシュも満足気にうなずいた。
 薄手ながらしっかりとしたパーカーは淡い色合いで、地黒なラダファムをより細く見えさせた。材質の良いシャツはしっとりと肌に馴染んで、無駄に筋肉を強調することもない。ストレートパンツは太すぎず細すぎず、腰まわりの若い色気を出しながらも、だらしなさを感じさせることは少しもなかった。
 レルシュがコーディネートした服は、安っぽいイメージがなく、それでいて、年頃の、少年らしい服装だった。
「パーフェクトだぜ、レルシュ。さすがだな!」
「当然だ。あとは、汚れのないスニーカーでも履いておけ」
「お、う・・・。ありがとう、レルシュ」
 少し頬を染めながら、嬉しそうに礼を言うラダファムに、レルシュはしばし無言だった。
「・・・・・・フン。それでいいなら、早く会計しろ。俺は疲れた」
 ふいと背を向けて店の外に向かう寸前に、そんなつぶやきだけが漂ってきた。

 買ったばかりの服を入れた袋を抱え、ほくほくと笑顔のラダファムと、相変わらずむっつりとしたままのレルシュに、イグナーツからフレッシュジュースのカップが手渡された。
「ほい、お疲れさん」
「ありがとう!」
「・・・・・・」
 ショッピングモールの広々とした休憩所には人も多かったが、表通りを見下ろせるテラスのベンチに、三人は座れた。アークスとして体力はあるが、人混みの中を歩き疲れたので、ジュースの消費速度は速い。
「・・・っはぁ。うまーい!」
「だろ?ここのジュースは男にも女にも受けがいいんだよ」
「ナッツのたらし」
「情報通って言え」
 ラダファムとイグナーツが言い合っている傍で、ストローを咥えたまま何気なく通りを見ていたレルシュが、急に音を立てて身じろいだ。
「どうした?」
「あっ、クロムだ!おーい!」
「おお、奇遇だなぁ」
「んなっ・・・!」
 テラスの植え込みから身を乗り出して手を振るラダファムとイグナーツに、レルシュは信じられないと言いたげに後ずさろうとしたが、ベンチが邪魔だった。
「やっぱりお前らグルか!?」
「は?」
「なに言ってんの」
「あいつだ、あいつ!あのおせっかいメガネ!!」
「クロムのこと?」
「友達だけど?・・・あ、あれ?どっか行っちゃったぞ」
 イグナーツが再び下を覗き込んだときには、アルビノのニューマンの青年の姿が見えなくなっていた。
「あいつに言っとけ!?俺に関わるな!こっち来るな!放っておけ!!」
 それだけ言い放つと、若干青ざめた顔色で、レルシュは走って行ってしまった。ラダファムもイグナーツも、口をはさむ余裕がなかった。
「・・・・・・なんだ、あいつ?」
「くっくっく・・・面白いことになってんなぁ」
「なにが・・・?」
 二人がジュースの残りを飲み干した辺りで、今度はクロムがパタパタと走ってきた。
「よう」
「はぁ、はぁ・・・どうも。あの、ここにいた、レルシュさんは?」
「どっか行っちゃったよ?走って」
「そ、そうですか。ありがとうございます!」
 また二人を置いて走っていくクロムの後ろ姿を見送りながら、ラダファムは首を傾げた。
「なんか、前にもこんなことがあったような・・・」
「ああ、テリオトーでこんなのがあったな」
 ラダファムは、浮遊大陸で龍族を追いかけ回す研究者と、それから逃げ回る龍族の戦士の追いかけっこを見かけたのを思い出したのだ。
「ん、テリオトー?」
「火山洞窟はカッシーナ。龍族語だぞ?」
「知ってる」
 知ってはいるが、それをアークスが日常レベルでしゃべるのは稀だ。普通は、浮遊大陸、火山洞窟、と言う。よほど龍族の文化に馴染まねば・・・。
「ナッツ、もしかして、龍族と・・・・・・!?」
「お子様は知らんでいいことだ」
「うっそだろ!?異種ぞ・・・」
「はいはい、だーまーれー。ファムたんは彼氏とイチャイチャしていろよ、このリア充め」
 イグナーツはにやりと笑いながら、口をぱくぱくとするばかりで言葉にならないラダファムの眉間を小突いた。
「ボディランゲージって、宇宙共通よ?」
「・・・・・・ナッツの方がリア充だと思う」
「あっはっはっははは」
 笑い飛ばすイグナーツの隣で、ラダファムは服の包みを抱え直し、自分たちの恋愛がとても地味で普通に思えてきた。もっとも、それに不満はないので、レルシュに選んでもらった服を着てデートに行く日を、指折り数えるのだった。