ミニのサンタクロース −1−
その冬、新米サンタのミニは、初めてのお仕事だった。
「がんばるの!・・・・・・へぶっ」 「大丈夫、ミニサンタさん?」 雪の中に駆け出してこけたミニを、若いトナカイのイグナーツが掘り起こしてくれた。 「まわる家はわかってるから、ミニサンタさんはプレゼントを間違いなく置いてきてくれればいいよ」 「よろしくお願いしますなの」 膨らんだプレゼント袋を乗せたそりに乗り、ミニは手綱を握った。 「準備はいいか?」 「あい!冬将軍さん!」 やたらと偉そうな冬将軍のイーヴァルが、雪の結晶型のペンダントをミニに手渡してくれた。 「冬の女神の祝福だ。困ったことがあれば、このペンダントに言え」 「あい。いってきます!」 貰ったペンダントを首にかけ、ミニはびしっと手を上げた。 「・・・・・・はぁ。頼んだぞ、イグナーツ」 「りょーかい」 額に手を当て、心配なのか呆れているのかわからないイーヴァルに、イグナーツは苦笑いで請け負う。 「では、行ってこい!」 「ミニ、いっきまぁ・・・・・・っひゃああああ!?」 冬将軍が軍配を振って作った北風のハイウェイに飛び乗ったイグナーツが曳くそりは、満天の星空の下を爆走していく。ミニは手綱を握ったまま、吹き飛ばされないように、しっかりと脚を踏ん張った。 耳のそばでびゅうびゅうごうごうと風が鳴り、冷たい風に鼻や頬が凍り付きそうだ。 「ミニサンタさん、そろそろ最初の街だよ・・・・・・ってぅおおぁ!?」 「ふぎゅ・・・・・・」 身体は着膨れるほど防寒対策がされているが、冷たい風に当たり続けたミニの顔には、鼻水が奇妙なつららを作っていた。サイバーグラスが防風眼鏡代わりになっていなければ、涙も凍って大変なことになっていただろう。 「だ、大丈夫!?」 「うん」 顔を拭いて鼻をかんで、ミニは妙に納得した顔をした。 「おじいちゃんサンタさんたちが、みんなおひげを生やして、眼鏡をかけている理由が分かったの」 「・・・・・・えぇっと、そうなのかな」 イグナーツは首を傾げたが、ミニはごそごそとプレゼント袋をあさり、良い子のリストと見比べ始めた。 「うん、この順番通りに、おうちに行ってください」 「りょーかーい」 リンリンリン リンリンリン 北風ハイウェイを降りたので、トナカイのベルもよく鳴るようになった。ベテランサンタになると、そりも六頭立てや八頭立てになり、ベルの音もシャンシャンと豪華になる。ミニもいつか、そんな大きなそりに乗って、たくさんのプレゼントを配ってみたいと思う。 ミニはリストの通りに、一軒一軒不法侵入して、プレゼントを置いて行く。昔は住宅に煙突があったが、いまはない家が多いので、サンタ特権の魔法で、良い子の寝室にダイレクトお邪魔しますができるようになったのだ。便利な世の中になったものである。 「嫌いな物でも食べられるようになったアゼルくんのおうち、おしまい。次は、お友達とたくさん仲良くできたレルシュくんのおうち・・・・・・」 「おい、サンタだろ?」 「はい?」 子供の声に呼び止められて、ミニはそりをききーっと止めた。 「だあれ?」 夜中なのに、その黒髪の男の子は片腕にぬいぐるみを抱えて寒空の下に立ち、ミニを見つめながら手を出してきた。 「ジュニア。プレゼントよこせ」 「ふえぇっ!?」 ミニは寝ているお子様のそばに、静かにプレゼントを置く練習はしたが、くれと手を出された子に手渡していいものかと首を傾げつつ、リストをめくった。 「ジュニアくん、ジュニアくん・・・・・・あれ?ミニのリストにないよ?他のサンタさんの担当かなぁ?おうちはどこですか?」 「ここ」 ジュニアが指さしたのは、大きな門。その奥に、大きなお屋敷が見えた。お屋敷には明かりがともり、大人たちがパーティーをしているようだ。 「トナカイさん、ここはミニの担当ですか?」 「範囲としてはそうだけど、悪い子リストに入っているんじゃないかな」 「?」 ミニはまた首を傾げながら、別のリストを引っ張り出した。 「あ、あった。えーっと・・・・・・?」 ジュニアは乱暴者で、悪いことをしても謝らない、親切にしてもらってもお礼が言えない・・・・・・などなど、悪い子である点がいくつもついていた。 「うーん、ジュニアくんにあげるプレゼントは、ミニ持ってないよ。それに、一年いい子にしていないと、サンタのプレゼントはあげられないんだよ」 ミニは困ってしまったが、ジュニアはぷくーっとほほを膨らまし、ぬいぐるみをミニに投げつけてきた。 「やーん!」 「なんだ、サンタなんか嘘つきじゃないか!」 大きなクマのぬいぐるみはミニに直撃し、ジュニアはガンガンとそりを蹴りつけた。 「やーん、ミニのそり蹴らないでーっ!」 「こらこら、そんなに蹴ったら、君の足が痛いだろう?」 大きなトナカイに見下され、ジュニアは一瞬びくっとしたが、すぐにふんっと胸をそらせた。 「なんだ、このトナカイは。しゃべるのか」 「しゃべるよ。それで・・・・・・足は痛くなかったかい?サンタのそりは頑丈だからね」 なだめるように鼻先を摺り寄せるイグナーツの顔を、ジュニアは両手でぱちんと挟んだ。 「・・・・・・痛い」 「お前、名前は?」 「イグナーツ」 「よし。プレゼントいらない。このトナカイを僕のにする」 「ええええっ!?」 驚いているミニとイグナーツをよそに、大きな鋏を取り出したジュニアは、それでイグナーツの手綱を切って、乱暴にぐいぐいと引っ張った。 「そら、行くぞ!お前は僕のものだ!!」 「あいたたた・・・・・・まだプレゼントの配達が終わってないのに」 「だめー!トナカイさんがいないと、そりが動かないのー!」 ミニはそりを降りて、一生懸命にイグナーツを取り戻そうとするが、ジュニアにドンと突き飛ばされてしまった。 「きゃん」 「お前には、代りにそのぬいぐるみをやる。どうせ知らない親戚がよこした、いらない玩具だからな」 「待ってー!」 しりもちをついたミニは、慌ててジュニアとイグナーツを追いかけたが、ジュニアはガシャンと門を閉じてしまった。 「ふえぇぇ・・・・・・どうしよう・・・・・・トナカイさん連れていかれちゃった。ミニ、プレゼントが配れないよぅ・・・・・・」 悲しくて、じわっと涙が浮かんできた。年に一度のクリスマスプレゼントを、とても楽しみにしている子供たちがたくさんいるのに、ミニのせいでプレゼントが届けられないと思うと、申し訳なさでおなかがきゅーっと痛くなってきた。 「ふえええぇっ、ぐず・・・・・・、あ」 困ったことがあれば言えと、冬将軍イーヴァルがくれたペンダントが、冷えてしまった指先に当たった。 「すんっ、冬の女神様、ミニのお願い聞いてください。このままじゃ、プレゼント配れないの。どうすればいいの?」 ペンダントトップの雪の結晶がキラキラと輝き、そしてふわりと消えた。降り積もった雪が、輝きながら舞い上がって、真っ白なドレスの形になり、さらさらの長い黒髪の女の人の影が浮き上がってくる。 『あらミニちゃん。どうしたの?お姉さんが何でも聞いちゃうわよ』 明るい冬の女神が現れ、るんるんとミニの涙をぬぐってくれた。 「あのね、トナカイさん取られちゃったの。ミニ、まだ配達が残っているのに・・・・・・」 『あらあら、それは困ったわね。新しいトナカイを呼ぶにも時間がかかるし・・・・・・。ん?このぬいぐるみは、配るプレゼントじゃないわね?』 そりの上に転がっていた、大きなクマのぬいぐるみを手に取り、冬の女神が首を傾げた。 「ジュニアくんがくれたの。トナカイさんの代わりだって・・・・・・」 『そう。それなら、このクマさんに手伝ってもらいましょう。レアドロコイコイ〜』 冬の女神が不思議な呪文を唱えると、クマのぬいぐるみはむくむくと大きくなり、どすんと雪道の上に立った。 「わあ」 『手綱も直しましょうね』 冬の女神の魔法で、ミニのそりはすっかり直り、大きなクマがけん引役として繋がれた。 「がるるるるぅ」 『さあ、これで大丈夫よ』 元がぬいぐるみだから冬眠もしないわ、便利ねー。などといったつぶやきが聞こえたが、ミニはとにかく仕事を続けられると、冬の女神に感謝した。 「冬の女神様、ありがとうございます!!・・・・・・えっと、トナカイさんはどうしよう?」 『気にしないでいいのよ〜。冬将軍がマジギレしそうだけど、私が適当に言いくるめておくから。ミニちゃんは、サンタ協会に、あったことをそのまま伝えればいいの』 「あい、わかりました」 『じゃ、がんばってね〜』 冬の女神が消え、ミニはリストと一緒に地図を取り出した。いままではイグナーツが案内してくれたが、これからは自分で家を探さなくてはいけない。 |