ミニのサンタクロース −2−


 それから一年後。

 今年もミニは、大きなプレゼント袋をそりに乗せ、クリスマスの配達に行くことになっていた。
「クマしゃん、よろしくお願いします」
「がおおお」
 クリスマス仕様に飾られたクマがのっしのっしと歩くと、ミニのそりもするすると動き出す。
「冬将軍さん、いってきます」
「・・・・・・・・・・・・」
 イーヴァルはこの一年不機嫌で、前回の冬も大寒波を起こして、春になってもしぶとく居残っていた。冬の女神が引きずるようにして冬の国へ連れ帰ったのだが、今年も秋の男神を蹴り飛ばす勢いで追い出し、あっという間に冬にしてしまったようだ。
「・・・・・・早く帰ってこい」
「あい!」
 ミニはクマのそりを北風のハイウェイに乗り入れ、びゅんびゅんと街へと近づいていく。
「ふみゃ・・・・・・ガーゼマスクをしていても、ずびっ、鼻水が・・・・・・」
 冬の夜風は冷たい。ミニは街に着くと、マスクをとって、ちーんと鼻をかんだ。今年はつららにならずに済んだようだ。
「よしっ。クマしゃん、プレゼントの配達始めよう!」
「がうっ!」
 リンリンリン リンリンリン
 ミニは一軒一軒まわり、眠っている子供たちの枕元に、間違いなくプレゼントを置いてきた。
「お料理の勉強を頑張ったクロムくんのおうち、おしまい。次はラダファムくんの・・・・・・あれ?」
 ミニの持っているリストに、去年はなかった名前が載っていた。
「ジュニアくん、今年はいい子にできていたんだ・・・・・・?」
 去年出会ったジュニアの、乱暴さ、傍若無人さを思い出して、ミニは首を傾げた。
「うーん、ちょっと怖いけど、サンタが怖がってプレゼント配れないのはいけないね」
 去年の調子でクマまで取られたら情けない限りだ。いい子にしていたという判定が出ているのなら、ミニが行っても大丈夫だろう。
 リンリンリン リンリンリン
 いくつかの家をまわってプレゼントを配ったミニは、去年突き飛ばされた門の前まで来た。
「・・・・・・クマしゃんは、ここで待っていてください。お巡りさんが来ても、噛みついたり怒ったりしちゃダメよ?すぐに戻ってくるからね」
「がう」
 年末の違法駐車の取り締まりは、特に厳しいのだ。
 プレゼント袋を担いだミニは魔法を使って、ジュニアが寝ている場所へ通じる小さな出入り口を開けた。
「こんばんは。お邪魔しますなの」
 ミニが小さな声であいさつをしてあたりをうかがうと、なんと、そこは寝室ではなかった。
「あれ?」
 小さなランプがほのかに照らしたそこは小さな小屋で、たっぷりの藁が敷き詰められていた。去年よりも少し大きくなったイグナーツがうずくまるそばに、ふわふわな毛布と冷気を通さない皮コートを重ねた塊があった。
「こんばんは、ミニサンタさん」
「こんばんは。お久しぶりなのよ」
 一年ぶりに会う元気そうなイグナーツに、ミニはほっと微笑んだ。
「今年は、ジュニアくんはいい子だったの?」
「うん」
 ひそひそと話すのは、イグナーツのそばで眠っているジュニアを起こさないためだ。
「坊ちゃんは、少しも悪い子じゃないんだよ。ただ、一緒にいて、おしゃべりを聞いてくれる人がいなかっただけなんだ」
 大人に甘えられないのに、大人たちから一方的に甘やかされ、自分の気持ちを伝える正しいやり方がわからないことに癇癪を起していただけなのだ。
「坊ちゃんは、ミニサンタさんに謝りたいって。本当は寂しいけど、俺をミニサンタさんに返すんだって言って、ここで寝ちゃったんだ」
 イグナーツの腹に頭をうずめて寝ているジュニアは、くぅくぅと安心しきって眠っている。ミニはジュニアからイグナーツを引き離すのが可哀そうに思えてきた。
「トナカイさんは、帰りたい?」
「・・・・・・許してもらえるなら、もう少し、ここにいたい」
 今年も大寒波が来そうだが、ミニもイグナーツがここにいる方がいいように思った。そして、このことがわかっていたからこそ、ジュニアへのプレゼントが、大きくかさばるものだったのだろう。
「うん、わかった。じゃあ、これを置いて行くね。メリークリスマス」
「メリークリスマス。良い新年を」
 ミニは袋から取り出した、ジュニア用の大きなプレゼントを、そっと置いて、イグナーツの小屋から門の外へと戻った。
「ただいま、クマしゃん」
「がふ」
 幸い、お巡りさんの巡回には会わなかったようだ。
「それじゃあ、次のおうちに行こう」
 リンリンリン リンリンリン
 クマが曳くミニのそりは街中を走り、今年も良い子の元にすべてのプレゼントを配り終えた。
 リンリンリン リンリンリン
「冬将軍さんが早く帰ってこいって言ってたから、早く帰ろう」
 北風のハイウェイに乗って、ミニのそりはどんどん街から離れていった。

― MerryChristmas!!

 イグナーツが帰ってこなくて、またイーヴァルの機嫌は悪くなったが、膝の上に乗ったミニの報告にはうなずいてくれた。
「そうか、ならいい」
 眉間のしわが、全然良さそうではないのだが、イーヴァルがいいと言うのだからいいのだろう。
 ミニはイーヴァルが入れてくれたホットココアのマグカップを両手に包んで、吹き冷ましながら少しずつ飲んだ。指先もおなかの中も、ほっかほかである。
「ご苦労だった」
「えへへっ」
 イーヴァルに褒められ、ミニは満面の笑みでうなずいた。来年もがんばってサンタさんをやるつもりだ。


 クリスマスの清々しい朝に目を覚ましたジュニアは、どうして起こしてくれなかったんだとイグナーツを責めた。
「起こしてって言ったじゃんか!!なっつんのばかばかばかー!」
「だってねえ、良く寝てましたから・・・・・・」
 ぽこぽこ殴られても、トナカイの体は大きくて頑丈で、さらに分厚い毛皮に覆われているので、イグナーツは平気な顔をしている。それに、ジュニアの拳も、昔のような力任せではなく、手加減が出来ていた。
「ぶー」
「いいじゃないですか。俺、まだここにいていいって言われましたし。・・・・・・クリスマスプレゼント、開けなくていいんですか?」
「・・・・・・開ける」
 屋敷の中に飾ってある大きなクリスマスツリーの下には、今年も大人たちが用意した、たくさんのプレゼントがあるに違いない。だが、そんな玩具には飽き飽きしている。
 イグナーツの小屋にどどーんと置かれていった、なんだか巨大な包みを、ジュニアはバリバリと引き破って開けた。
「なんだこれ?」
 ブラシに桶にほうき・・・・・・なんだか掃除道具のようだが。
「あ、トナカイお世話セットですね。俺と一緒にいていいって、サンタ協会が認めてくれたんですねえ」
「・・・・・・・・・・・・」
「それから、そっちの革ひもは、手綱ですね。俺につけるんですよ。俺とそりを繋いで、走らせることができますよ」
 ジュニアは革ひもを手繰り寄せたが、金具がついていて、どこをどこへ繋げばいいのか、さっぱりわからない。
「・・・・・・難しいっ!」
「あはは。じゃあ、ちょっとずつやっていきましょう。どうせ、誰も坊ちゃんを邪魔したりしませんから」
「ん・・・・・・」
 すり寄ってくるイグナーツの鼻面を、ジュニアは、今度は優しくなでた。
「なっつん、ありがとう」
「俺は何もしていませんよ?坊ちゃんが自分で頑張ったからですね。さ、手綱を俺につけてください。一緒にそりで遊びましょう」
「うんっ」
 ジュニアは笑顔でイグナーツの世話をはじめ、そりに繋いで走ってもらった。
「わーい!」
「・・・・・・おや、誰かいますよ?」
 イグナーツが足を止めたのでジュニアも見てみると、門の外でびっくりしたように見つめている子供たちがいた。
「なんだ、あいつら・・・・・・」
 勝手に人の家の敷地内を覗くなんて失礼な奴らだと腹を立てたが、ジュニアはこほんと咳払いをして、そりから降りた。
「なんだ、お前たち」
「なあなあ、あれ、本物のトナカイだよな?」
「ふん、まあな」
「すげー!」
 子供たちの憧れの眼差しに、ジュニアは胸をそらせた。
「なっつんは・・・・・・あのトナカイは、僕のだ。・・・・・・でも・・・・・・」
 ジュニアは少し躊躇って、それでも自分で世話をしているイグナーツを自慢したい気持ち半分、それとは別の気持ち半分で、少し視線をそらせたまま言葉をつづけた。
「えっと・・・・・・その、一緒に遊んでもいいぞ」
「え、いいの?」
「なぁんだ、ジュニアくんと一緒に遊んでもいいんだ」
「わーい!」
 ジュニアは門を開け、子供たちと一緒にそりで遊んだ。
 イグナーツは子供たちの前ではしゃべらず、普通のトナカイのように振る舞っていたが、ジュニアにだけ聞こえるようにこっそりささやいた。
「坊ちゃんは優しくて良い子ですよ」
「えへへっ」
 イグナーツに続いて、人間の友達ができたジュニアは、もう乱暴者の悪い子ではないだろう。

― また来年。良い子にしていたら、次のクリスマスに。