小さな白馬の王子様


 ある日突然、見知らぬシップの居住区へと飛ばされたイグナーツ。誰にも連絡が取れず、途方に暮れるイグナーツに、「イーヴァル」と名乗る小さな男の子が声をかけてくる。
 そこは、とある富豪の持つ、大きな屋敷の敷地だった。大勢のメイドたちに傅かれて暮らしていたイーヴァル少年は、イグナーツを拾った自分のものだとして連れ帰った。
 ここが過去なのかパラレルワールドなのかもわからないまま、イグナーツは小さなイーヴァルこと御曹司ジュニアのお世話係として働くことになった。


 届けられた衣装一式を見てすぐに意図を解したイグナーツは、衣装箱ごとこちらを睨んでいるジュニアに首を傾げた。
「どうしてそんなにご機嫌斜めなんですか、坊ちゃん」
「ふんっ」
「いいじゃないですか、みんながお誕生日お祝いしてくれるなんて・・・・・・」
 そこまで言ったイグナーツは、目を丸くしたジュニアに、さらに首を傾げた。
「何で知ってるの?僕、誕生日のこと言った?」
「え!?そ、そう・・・・・・じゃなかった・・・・・・?」
 大人のイーヴァルの誕生日を祝ったことのあるイグナーツであったから、当然のように12月17日がジュニアの誕生日だと思ったのだ。
「誕生日パーティーなんか嫌いだ」
「え、初めて知りました」
 さらさらの黒髪に、少々険のある紫色の目をしたジュニアは、子供特有の滑らかで柔らかい頬に、子供らしくない皮肉気な薄笑いを浮かべた。
「その時だけさ、ちやほやするのは。僕は大人の玩具じゃないのにさ」
 つーんとそっぽを向くジュニアは、大人たちに愛想笑いをするのがよほど嫌いらしい。物欲が満たされている子供では、高価な玩具や綺麗な服をもらったとしても、たいして心が動かないようだ。
「でも、旦那さまや奥さま・・・・・・坊ちゃんのお父さんとお母さんに会えるんでしょう?」
「普段は会いに来ないくせにね」
 多忙な両親にかまってもらえず、イベントの時だけ外向きに親子でございとされれば、ずいぶんとひねくれてしまっても仕方がないかもしれない。
「あー、ヤダヤダ。ねー、なっつん、断ってよー」
「ええっ!?俺にそんな権限無いですから!」
 無理無理無理と両手を振ると、ジュニアはますますふくれっ面で機嫌を損ねる。このままでは、パーティーにも仏頂面で行きかねない。
 イグナーツは頭をひねり、大人のイーヴァルだったらどうするか、と考えを巡らせた。
「うーん、じゃあ、こうしましょう。坊ちゃんがきちんと誕生日パーティーに出られたら、次の日は、俺と一緒に遊園地に行きましょうか。それが、俺からの誕生日プレゼン、ト・・・・・・」
 ぱあああぁっと明るくなったジュニアの顔に、イグナーツは小さく苦笑いを浮かべた。大人のイーヴァルも、このくらい素直に表情に出してほしいもんだと。
「行く!!」
「はい、じゃあ、約束ですね」
 イグナーツと指切りするジュニアの真剣な顔は、聞きわけの良さを通り越し、すでに大人の分別を漂わせていた。それが、決して良いことだとは、イグナーツには思えなかったが。

 約束通り、誕生日パーティーをお行儀よく、愛想を振りまくってやり過ごしたジュニアは、もらった最新のゲーム機には目もくれず、早起きをしてイグナーツをせかした。
「なっつん、早く早く!」
「はいはい。ほら、帽子かぶってください。外寒いですから」
「えーっ、ニットキャップなんてヤダ!こんなダサいの・・・・・・」
 炸裂したわがままの最後がしぼんだのは、同じニットキャップの色違いを、イグナーツがかぶったからだ。
「・・・・・・・・・・・・ん」
 一度は外したニットキャップを自分でかぶり、ジュニアはイグナーツの手を握った。
「それじゃあ、行きましょう」
 気温が上がらず空気は冷たかったが、天気は良好だ。
 コートにマフラーに手袋に帽子と、完全防寒のジュニアは、浮かれそうな足取りを押さえても、遊園地の人の多さにきょろきょろしてしまう。大きな声を上げてはしゃぎながら走っていく同年代くらいの子供を見ると、途端にすました顔になるが、動いているアトラクションにはどれも乗ってみたくて仕方がない。
「どれから乗りましょうか。ジェットコースターは混んでるかなぁ」
 ゴーッと大きな音と、キャーッという歓声を風に乗せて走り去っていくジェットコースターを見上げ、ジュニアは胸をそらす。
「ふ、ふんっ、いいぞ。あんなの怖くないからな」
「怖くないのはいいんですけどね、はいここに立って」
「?」
 ジュニアはイグナーツに手を引かれ、順番待ちをしている列には並ばずに、目盛りの描かれた看板の前に立たされた。
「あ、ダメだ。足りない」
「ごめんね、ボクぅ。もうちょっと背が伸びたら、また来てね」
「うっ・・・・・・」
 係員の女性に同情的な目で見られ、ジュニアは『身長制限ここから』と赤いラインがひかれたボードを恨めしく見上げた。
「なんだよ、こんな・・・・・・っ!?」
「残念でしたねー」
 イグナーツに手を引かれ、看板を蹴ろうと片脚を上げていたジュニアは、たたらを踏んでバランスを取り戻した。
「なにすんだ、なっつん!」
「はい?ほら、坊ちゃん、人が多い所で止まると邪魔になるから行きますよー」
 ジュニアはぷくーっとほほを膨らませたが、人波を渡るためにイグナーツに抱き上げられて、高くなった視界にすぐ興味を奪われた。
「じゃあ、何に乗ろうかなぁ・・・・・・」
「なっつん、あれなに?」
 ジュニアが指さしたのは、かなりの人だかり。イグナーツが移動するにつれて、拡声器を使ったような声は聞こえてくるが、何を言っているのかはわからない。
「あ、ヒーローショーですよ、坊ちゃん」
「ふーん?」
 『フォトン戦隊セイバリオン☆ヒーローショー』と掲げられた看板は見えたが、人が多すぎてイグナーツの身長と同じ高さの視界でも舞台が見えない。
「もっと前に行ってみる」
「あっ、危ないですよ、坊ちゃん!」
 ジュニアはイグナーツの腕から飛び降りるように抜け出すと、前に立つ大人たちの足元をくぐるように進みだした。立ち見を抜ければ、固定座席場とアリーナまで行けるはずだ。
「よいしょっと」
 親子連れが座る固定座席場の最後列までジュニアは来たが、なぜか子供の泣き声や叫び声が上がっていた。ヒーローショーのはずだが・・・・・・?
「ぎゃぎゃぎゃーっ!どの子をさらってしまおうかぁ〜!」
「うひっ」
 ジュニアの前に、真っ黒い虫のような怪人が立ちはだかった。舞台の上には、すでに怪人たちに連れていかれたと思われるちびっ子たちが、何人も上げられているようだ。
「んんー?お父さんかお母さんかいないかー?」
「うっ・・・・・・」
 それはジュニアの痛い所だ。いるにはいるが、ここにはいない。口惜しさと心細さに唇を引き結んだジュニアは、涙がこぼれないように怪人を睨んだ。
「あー、坊ちゃんいたいた。はいはい。この子にはアークスの保護者がついてるんだぞー。怪人あっち行けー」
「うむむーっ、セイバリオンの仲間か!仕方がない、こっちのお兄ちゃんとお嬢ちゃんを・・・・・・いいですか、お母さん?はい、おいで〜」
 怪人はジュニアの代わりに、そばの座席にいた兄妹を連れて行った。
「遅いぞ、なっつん!僕が連れていかれたらどーすんだ!」
「はいはい。もう。危ないから一人で行かないでくださいね」
「うーっ」
 イグナーツの腕にしがみついて、人混みから抜けると、さっきまでの緊張が抜けて、ジュニアはドキドキと鳴る胸を落ち着けるように、大きく深呼吸をした。大丈夫、涙はこぼれなかった。
「・・・・・・なっつん、見えない」
 怖かったが、それでもヒーローショーは見たい。
「じゃあ、肩車しますから。しっかり掴まっててくださいね」
 両脚の間に突き出たニットキャップの頭にしがみつくと、ジュニアの視界はぐんぐん上昇した。
「うわわわっ」
「う、けっこう重い・・・・・・」
 ジュニアの足をしっかり支えたイグナーツのつぶやきは無視して、ジュニアは舞台を凝視した。
 舞台には、司会のお姉さんと一緒に怪人たちに連れ去られたお子様たちはひとまとめにされて、怪人の頭目と思われるでっかいのが、がははと笑っている。
「新鮮なフォトンを生み出す子供ばかりだ!これで宇宙征服もたやすくなることよ!」
「このままじゃ宇宙のピンチ!みんな!大きな声でセイバリオンを呼んで!せーのっ!」
 せいばりおーん!!とお子様たちの声が響き、ジュニアもぐっと拳に力を込めた。他の子と同じように大きな声を出すなんて恥ずかしかったが、あの怪人たちはやっつけてほしかった。
「もう一回!せーのっ!」
「せいばりおーん!!!」
「そこまでだっ、ダッカルズ!子供たちを放すんだ!」
「おのれセイバリオン!また邪魔しに来たな!」
 シャキーンと現れた五人組と怪人たちが戦闘に入り、あっという間にザコ怪人たちがやられていく。しかし、頭目のでっかいのは、さすがに強いらしく、セイバリオンも苦戦を強いられる。
「がんばれセイバリオン!」
 ジュニアも思わず、小さな声で応援してしまった。ちょっと恥ずかしくて、イグナーツの頭を抱えている腕に、さらに力を込めた。
「俺たちは、負けるわけにはいかないっ!必殺、グレートフォトンキャノン!!」
「ぎゃあああっ!覚えてろ、セイバリオン!」
 お子様たちの声援を得て、セイバリオンは見事に悪の怪人ダッカルズを追い払い、宇宙の平和は守られた。
「おー、セイバリオン強いな」
「なっつんとどっちが強い?」
「えぇ・・・・・・どうでしょうね。あ、坊ちゃん、握手会してますよ。行きましょうか?」
「いいっ。僕はあんな子供じゃないんだからな」
 ヒーローたちに握手してもらって喜んでいるお子様たちを尻目に、ジュニアはイグナーツの頭をぽかぽかと殴った。
「なっつんの方が強い!そうでなきゃ、僕を守れないだろ!」
「あいててて。俺より坊ちゃんの方が強いじゃないですかー」
 ジュニアがいくら暴力を振るっても、いつも笑っているイグナーツだ。イグナーツがすごく強いから、あの怪人をジュニアから追い払えたのに違いない。
 イグナーツの肩の上で、ジュニアはちょっと誇らしい気分になった。