小さな白馬の王子様


 シップフライヤーやコーヒーカップなどでぐるぐる回りすぎたか、少し機嫌が悪くなったジュニアを連れて、イグナーツは昼食をとるために併設のレストランに入った。
 ジュニアはお子様ランチを嬉しそうに食べて、デザートのパフェも、モリモリ食べている。普段の食事は、美味で綺麗な盛り付けをされていても、あまり可愛げのある料理ではないので、ラッピーが描かれたワンプレートに盛り付けられた賑やかな見た目は、子供心にグッとくるらしい。もちろん、ジャンクフードも普段から食べないので、舌はとても肥えているが、実際の味よりも、いまはチキンライスに旗が立っているようなセンスの方が重要のようだ。
「美味しいですか?」
 ジュニアはうなずきかけて、ちょっと視線を逸らす。
「ん・・・・・・まあまあだな」
「そうですかぁ」
 ジュニアが満足していることにイグナーツも微笑んで、口の端にくっついているクリームとワッフルくずをとってやる。普段は礼儀正しくお上品に食べる癖に、今日は羽目を外しているようだ。
「なっつん、次はシューティングワールドに行こう!」
「いいですよ」
 三人乗りのカートがコースに従って自動で走り、その間に出てくるターゲットをセンサー付きの銃で撃ち落していくアトラクションだ。
 レストランを出たイグナーツとジュニアは、早速シューティングワールドの建物に乗り込み、備え付けの銃を持ちながら、意外と技量のいるアトラクションだと悟った。
「なになに、青いエネミーは動きが早く、赤いエネミーは攻撃してきます?おー、ペダルを踏むとシールドが出るのか」
「最高得点出すぞ。なっつん、がんばれ」
「え、主に俺が頑張るんですか?」
「当たり前だろ」
 大真面目に言ったジュニアだが、本人もそれなりに頑張るつもりのようで、動き出したカートの安全バーを抱え込んだまま銃を構えている。
「はい、がんばってね。いってらっしゃーい」
 係員のお兄さんに送り出され、二人が乗ったカートがゴトゴトと暗闇に向かって進んだ。
 ホログラムでできたエネミーは、クラゲのような姿のものが大量に湧き、円盤型の宇宙船は的が大きかったので、順調に撃ち落していくことができた。二つ目のステージでは、荒野の背景に紛れ込んだ、迷彩柄の戦車やロボットを見つけるのが大変だったが、素早く動くために青く光るのでこれもなんとかなった。ところが、最後のステージに入ったとたんに、ジュニアがひきつった悲鳴を上げた。
「ぅわあああんっ」
「あちゃあ」
 白いシーツをかぶったようなお化けは出たり消えたり。赤く光るジャックランタンは火の玉を吐き出して攻撃してきた。ジュニアはとにかく、ジャックランタンが大の苦手なのだ。
「坊ちゃん、ペダル踏んだまま伏せていてください!」
「ジャックランタンやだあああああ!!ばかばかばかばかばかあああああああ!!!」
 悲鳴を上げてシールドの内側で頭を抱え込むジュニアを確認して、イグナーツは三人分用意されて使っていなかった銃を取り出し、両手に武器を構えた。
「坊ちゃんを泣かすな!!」
 ツインマシンガンの要領で次々とエネミーを撃ち落し、制限時間に余裕を持って殲滅に成功した。イグナーツが両手利きであることも有利だったが、やはりここは経験の賜物だろう。
「アークス舐めんなよ」
 ふん、と胸をそらせ、銃を元あった場所に戻した。
「坊ちゃん、終わりですよ。もう大丈夫ですよ、全部倒しました。ほら、出口ですよ〜」
 出口の光に気付いたか、ジュニアはごしごしと顔をぬぐって唸った。
「なんだ、こんなもの!乗らなきゃよかった!!」
「まあまあ」
 ジュニアは喚きながら、まだ上がらない安全バーをバシバシと殴っていたが、ふと目を輝かせた。降り場に掲げられた電光掲示板がチカチカと明滅して、本日の新記録が更新されたのだ。
「あれ、僕の?」
「はい、そうですね。このカートの番号ですねぇ。本日の最高記録ですよ、坊ちゃん」
「やったぁああああ!!」
 両の拳を突き上げてジュニアが喜んでいると、安全バーのロックが外れて降りられるようになった。
「おめでとうございます。出口の手前に、記念のトロフィーが作れる場所がありますので、そちらへお寄りください」
「はい、どうもー」
「行くぞ、なっつん!トロフィー欲しい!!」
「はいはいっ、走らないで!危ないから!」
 さっきまでの悲鳴はどこへやら、ジュニアはイグナーツの手を取って駆けだす。アトラクションから出てしまう寸前に、イグナーツは係員に言われた方向へと転換させた。
「いらっしゃいませ。トロフィーですね?おめでとうございます。こちらへどうぞ」
 トロフィー担当の係員の案内に従って、二人は玩具の銃を構えたポーズをスキャンされた。
「お待たせしました」
 出来上がってきたのは、ポーズを決めた二人が載っている、小さな金色のトロフィーだった。
「わあぁ。僕となっつんだ!」
「よかったですね」
「うん!」
 正直言って、素材も作りもチープと言えたが、ジュニアはそのトロフィーを抱えて満面の笑みでうなずいた。

 うちに帰ったら飾ると言ってトロフィーを手放さないジュニアは、片手にトロフィー、片手にジュースを持ってベンチで休憩している。イグナーツが自分のバッグに入れようかと言ったのだが、まったく聞かない。
「次は何に乗りましょうか」
「・・・・・・・・・・・・」
 ジュニアの表情は、稀に「嬉しい」という笑顔が出る以外は、基本的に「無」「怒」「不快」のどれかなのだが、唇を少しとがらせてどこかを凝視しているジュニアの今の状態は「思考中」だとイグナーツには読み取れた。
 静かに待つこと数秒後、ずごごごごーとストローを吸ってジュースを飲み終わったジュニアは、なんとトロフィーと空のコップの両方をイグナーツに突き出した。
「あれに乗るから、なっつん持ってて」
「え、はぁ」
 イグナーツはとりあえず自分のコップを置いて、ジュニアから二つの物を受け取った。空のコップは捨てるからいいが、あれほど大事に持っていたトロフィーを手放すなんてどうしたと考える間もなく、ジュニアが駆けだしたので慌てて追いかけた。
「ああ、待って!まったくもう・・・・・・」
 元気があるのはいいことだが、他の人にぶつかってはいけない。列に並ぶこともあまり経験のないジュニアだから、横入りなどの迷惑行為にもイグナーツが目を光らせてやらねばならないのだ。
 イグナーツが二人分の空コップをダストボックスに放り投げて、トロフィーをバッグにしまい込んでジュニアに追いつくと、やはり乗り口の列に並べずに立ち尽くしていた。
「ああ、メリーゴーランドですね。こっちで待ちましょう。すぐに止まって、俺たちが乗れますよ」
「ん」
 イグナーツが手を伸ばせば、ジュニアは素直に手を繋いでついてくる。
 華やかな音楽と見た目のメリーゴーランドは、飾りたてられた白馬が優雅な上下運動を繰り返し、同じく馬車も一緒に回っている。ジュニアの身長では馬は無理かなぁとイグナーツは考えていたが、順番がきたジュニアは、真っ直ぐに白い馬のところへ行った。よじ登るにも、ちょっと高い。
「・・・・・・なっつん」
「馬車じゃダメなんですか」
 口ではそういいつつ、イグナーツはジュニアを抱き上げて、硬い白馬に乗せてあげた。
「えっ?」
「坊ちゃん一人じゃ危ないですよ」
 イグナーツもひらりと馬にまたがり、ジュニアが落ちないように、両腕の内側に収めた。
「・・・・・・・・・・・・」
「どうしました?」
 ぷくーっとジュニアのほほが膨らんでいる。一人で乗りたかったのはわかるが、危険を見逃すわけにはいかない。
「・・・・・・王子様はお姫様を後ろに乗せるものですが?」
「そうなのか」
 それだけで機嫌が直ったらしく、小さな肩の力が抜けて頭が上がった。
 ゆったりと動き始めたメリーゴーランドは、イグナーツはもちろん両手を放していても落ちはしないが、ジュニアの小さな体がずり落ちてしまわないように、イグナーツは片手でバーを、片手でジュニアの体を抱きかかえるように支え持った。
「坊ちゃん、あそこにカメラがありますよ。手を振ってみてください」
 イグナーツは自動で搭乗者の写真を撮ってくれるロボットが浮遊しているのを見つけたが、ジュニアはふんと澄まして前だけを見つめている。柵の外に向かってきゃーきゃーと手を振る周囲とは違うのだと思われたいのだろうか。
 イグナーツはこっそり浮遊カメラをおびき寄せ、タイミングを計ってジュニアの頭を撫でた。
「お誕生日おめでとうございます、坊ちゃん。大好きですよ」
 顔を上げて、可愛らしい笑顔を向けてきたジュニアに、イグナーツもにっこりと微笑んだ。
「僕、馬に乗る練習をする。いつか、なっつんを乗せてあげるんだ」
「そうですか、楽しみにしていますね」
「うん!」
 メリーゴーランドを降りると、イグナーツはロボットから写真を受け取り、小さく拳を握った。そこには、実に子供らしい笑顔のジュニアが写っていた。ばれないようにバッグにしまい込み、イグナーツは再びジュニアの手を握った。
「次は何に乗りましょうか」
「あのお城はなんだ?」
「なんでしょうね、行ってみましょう」
 ジュニアの弾むような足取りより早くならないように、遅くもならないように、イグナーツは手を繋いだまま歩き出した。

 その日一日中を遊園地で遊びまわり、イグナーツはくたびれ果てたジュニアを背負って帰途に就いた。
 ジュニアリクエストのゆで卵載せカレーライスを夕食にとり、うとうとし始めたジュニアと風呂に入って、トロフィーを飾ったジュニアの部屋でベッドに誘われた。
「一緒に寝るの!!僕の誕生日なんだから言うこと聞け!!」
「はいはい。今夜だけですよ〜」
 天蓋付きのベッドは、ジュニアにはまだ大きいかもしれないが、イグナーツが入っては少々狭い。それでも、抱きついてくるジュニアが寒くないように抱え込み、イグナーツはベッドにもぐりこんだ。
「今日は楽しかったですか?」
「うん。・・・・・・なっつん、ありがとう」
 恥ずかし気な声に、イグナーツは頬を緩ませた。ジュニアが社交辞令以外で、ちゃんとお礼を言えるなんて、珍しいことだ。
「どういたしまして」
 来年の今日までに、もう少し暴力と暴言が少なくなったら、いまよりもきちんと「ありがとう」と「ごめんなさい」が言えるようになったら、また遊園地に連れて行ってあげようと、イグナーツは温かく小さな体を抱きしめ返した。