歳の差のある同僚たち‐1‐


 そのメールは、支給されているアークス専用の端末ではなく、ラダファムの個人的なアドレスに届いていた。
「お、ノエルじゃーん」
 語尾にハートマークがつきそうなほど機嫌よくメールを開き、ラダファムの顔はだらしなく蕩けていく一方だ。
『ファムたん、こんにちは。
 アークスのお仕事で、怪我とかしていませんか?ノエルは元気です。最近ノエルのお仕事が増えて嬉しいけどけど、ファムたんに会えないから、ちょっとさみしいな。
 ノエルはおかげさまで、FIZZ秋号からの専属モデルになりました!夏号の感想で、ファムたんがいっぱいグッジョブしてくれたからだね!ありがとう!!
 いまは冬の特集版の撮影やっているんだけど、ノエルはKANOの新作デザインがとっても気に入っているんだよ。どれも可愛いから、きっとファムたんにも似合うと思うよ!
 アークス用の衣装モデルもやってみたいと思っているんだけど、やっぱりノエルじゃイメージ違うんだって。最低でもオーランみたいに背が高くて体格がよくないと、見栄えがしないって言われちゃった。ノエルもファムたんみたいに、もっと体を鍛えないとダメかなぁ・・・。
 それから今度ね・・・・・・』
 喜怒哀楽豊かに動く表情を思い浮かべながら、ラダファムは親しいうえに愛しい友人からの長いメールを隅々まで熟読し、添付されていた画像を開いて、さらにニヤニヤした。長い緑の髪をした華奢なニューマンの少年が、KANOブランドと思われるキュートなコートを着て微笑んでいる。リリーパ族をモチーフにしているのだろうか、ウサギ耳のフードがついていて、とにかく可愛らしい。おそらく、仕事先からもらったサンプル画像だろう。
 画像に3D映像パターンが付いていたので起動させてみると、モニタから浮かび上がった愛らしいノエルが、大きな藤色の目を輝かせて白桃のようなほほを赤らめながらラダファムを見つめてきた。
『ファムたん、大好き!また一緒に遊ぼっ!』
 思わずのけぞって、鼻血が出ていないかよだれが出ていないかと、慌ただしく顔を拭う。
「やべぇ・・・破壊力抜群だぞ、ノエル・・・ッ!俺みたいになんて鍛えなくていいぞ。そのままのノエルが可愛いんだ!くそ、まじ天使だ・・・!!俺も大好きだぞ、ノエル〜〜っ!!!」
「そんなに叫んだら、外まで丸聞こえだぞ?」
「うっひゃあぁッ!?」
 ずっだんとソファから転げ落ち、ラダファムは打った脚や尻をさすった。自分だけだと思っていたマイルームに、いつの間にか来客があったようだ。見上げると、青灰色の髪が目元までかかったニューマンの青年が立っていた。
「大丈夫か?」
「ナッツ!いつから居たんだよ!?」
「んー、さっき?呼んでも気付かないんだもん」
 イグナーツはラダファムが見ていたモニタを覗き込み、ニヤリと薄い唇を歪めた。
「おー、初々しいねぇ。やっぱモデルやってる子って可愛いよなー」
「ノエルみたいに特別中身も可愛いやつなんていないし、ナッツには絶対にやらないぞ」
「はいはい。でも、たまにはデートしないと、他の奴に盗られるんじゃねーの?こんだけ可愛いんだしさぁ・・・」
「絶対に盗らせーん!!ノエルは俺んのだぁああああ!!!」
「はいはい」
 ぎゃんぎゃん叫ぶラダファムに、イグナーツは指で耳栓をしながら、ニヤニヤと笑ったままだ。
「で、なんか用か?」
 これ以上いじられてはかなわないと、ラダファムはいそいそとメールをたたんだ。
「おう。テクター合格おめでとさん」
「あ、ありがと」
 ラダファムは先日、念願のテクター試験に合格して、クラスチェンジをしたばかりだ。
「ほい、お祝い」
「んー?ナニコレ?」
 ぽんと手渡されたのは、なにかのメモリーのようだ。タグには『Ivy』とある。
「アイヴィ・・・?」
「ファムたん、まだサポートパートナー申請してないだろ?」
「あぁ、うん・・・」
 最近アークスから支給されるようになったシステムで、マグとは別に、一緒に戦ってくれる人間のようなもの、だ。
「俺、ソロが性に合っているっていうか・・・。なんか、どういう奴にすればいいのか思い浮かばないっていうか・・・」
 一人でどこにでも行きたいラダファムにとって、世話を焼かれたり補助を受けたりというのが、わずらわしく感じるのだ。難しい顔で首をかしげるラダファムに、イグナーツは軽薄に微笑んだまま、ソファに腰を下ろした。
「そう構えることもないさ。エステにそれを持って行けば、そのメモリーでサポートパートナーを用意してくれる。ファムたんは、なんも考えなくてオッケー」
「そりゃ楽でいいけど・・・」
 素直に喜んでいいのか、本当に自分でサポートパートナーが扱えるのかと、困惑が顔に出ているラダファムに、イグナーツは肩をすくめてみせた。
「そいつはちっとワケありなメモリーでさ。俺の所に流れてきたんだが、俺よりもファムたんの方が大事にしてくれそうだと思って。・・・俺の性格じゃ、こいつを苛めちまうだろうからな」
「いじめる?」
 ラダファムが聞き返しても、イグナーツは再び肩をすくめただけで、しゃべろうとはしなかった。
「ナッツのサポートは?」
「もういる。サポートパートナーも、使ってみるとけっこう便利だからさ。そいつは主人に従順な・・・あぁまぁ、うん、従順なパートナーだな。命じたことしかしないし、余計な口もきかんだろうよ。もっとも、可愛がってやれば懐くかもしれないけどな」
「ふーん」
 確かに、飼い慣らされた家畜のように従順すぎる相手はイグナーツの好みではないと、ラダファムは思い出した。
「教官から出てるサポートパートナーの課題もやんなきゃだし、助かるよ。ありがと、ナッツ」
「おう。アイヴィの顔はいいから、そこは安心しろ」
「ナッツの折り紙つきなら、美形なんだろうなぁ・・・。俺より可愛い?」
 ごく真面目に問うラダファムに、イグナーツも真面目に答えた。
「ファムたんとは方向が違うな。まぁ、会ってみりゃいいさ」
「うん、そうする」
 ラダファムがメモリーをバッグにしまい、お茶でも出そうと席を立つと、もう一人客がやってきた。
「こんにちは」
「あ、クロム。いらっしゃーい」
 最近ラダファムと友達になった、ニューマンの青年だった。しかし、先に室内にイグナーツがいることに気が付くと、少し表情をあらためて会釈をした。
「あ、お客さん・・・。出直しますね」
「あー?俺はかまわねーよぅ?」
「そうだよ、クロム。ナッツとその辺座っててー。コーヒーでいい?」
「おぅ、ごちんなるぜ」
「おかまいなく・・・」
 ラダファムが簡易キッチンに行ってしまうと、しばし戸惑ったのちに、クロムはソファに腰を落ち着けた。
「あんたか、最近ファムたんが友達になったルーキーって」
「え・・・あ、はぁ」
 アークスの新人の多くは、才能を見込まれて学習機関から引き抜かれた、ミドルティーンからハイティーンの若さだ。イグナーツよりも年上という条件を付ければ、彼のことだとすぐに特定されるだろう。
「クロムと言います」
「俺はナッツ。ほい、パートナーカード」
 一瞬で交換されたアークスの個人登録情報に、クロムは目を白黒させた。
「え、あの・・・?」
「知り合いは多いに越したことないぜ。特に、こんなヤクザな稼業じゃな」
「やく・・・はぁ、たしかに」
 アークスは船団オラクルの一翼を担う重要な部署だが、末端の仕事は安全という言葉からはかけ離れている。フロンティアの花形と言えば聞こえはいいが、現実はダーカーやダーカーに浸食された先住族との戦いに、否が応でも立ち向かわねばならない危険な現場だ。
 明日死んでもおかしくない現実に、少しでも生存の確率を上げたいのならば、共に戦ってくれる同僚はこの上なく心強い。
「・・・イグナーツさん?」
「ナッツと呼んでくれ。敬称略でな。あんた歳は上だが、アークスとしては第三世代だろ?ハンターになるのなら、ワイヤードランスをお勧めするんだぜ」
 クロムが見ているイグナーツの情報には、彼がかなりレベルの高いハンターだと記録されているはずだ。
「ナッツは俺の先輩だから、俺よりもアークスには詳しいよ」
「そんなに何でも知っているわけじゃねぇけどな。お、さんきゅ」
 ラダファムが運んできたマグカップを鷲掴みにして、イグナーツは行儀悪くコーヒーをすすった。
「それで、どうしたのクロム?また・・・ロビーで道に迷った?」
 ぶっとコーヒーを噴いたイグナーツに、ラダファムは非難がましい視線を向けた。
「ナッツ、大丈夫?」
「げっほっ!ぅ・・・げほっ!ばっ・・・げほっ!げほっ!あーっ、くそっ!は・・・鼻がいてぇ!」
 イグナーツはティッシュで顔を拭い、ふぅふぅと息を整えながらソファにもたれたが、恥ずかしそうに頬を染めているクロムにむかって、ばつが悪そうに微笑んで見せた。
「わるいわるい。あぁ、新人のころは、俺も迷ったな。広すぎてどこに何があるんだか、覚えるまで無駄に歩いちまったな」
「そう、ですか・・・」
 イグナーツが気を使ってくれたことなど、クロムには痛いほどよくわかった。クロムは自分が、人混みが苦手だという自覚を持っている。
「・・・迷ったわけじゃないんだけど、ゲート前で人の流れに巻き込まれちゃって、いつのまにかショップエリアに・・・」
 クロムが話していくうちに、ラダファムは微妙な表情になっていき、イグナーツはまた笑いださないように肩を震わせはじめた。
 クロムだって自分が行きたい方に行こうと、一生懸命に人の波にあらがったつもりだったのだ。それなのに、いつの間にかショップエリア行きのテレポーターに乗ってしまっていただけだ。・・・けっして、マイルーム行きのテレポーターと間違えたわけではない。
「それで、なにかイベントがあるのかなと思って。たくさんの人が同じほうに歩いて行っていたから」
「ああ・・・たぶん、クーナのライブじゃないか?」
「クーナ?」
 きょとんとした視線を向けてきたクロムに、イグナーツの方が少し驚いたように姿勢を変えた。