歳の差のある同僚たち‐2‐
「あれ、クーナ知らない?アークス公認のアイドルなんだけど。たまーに慰問のために、各シップをまわってくるんだぜ。・・・ほら、こいつ」
イグナーツが素早く端末を操作して、クーナが歌っているPV映像を出して見せた。 「あぁ・・・。女性は、苦手で・・・」 外へのイメージアップや内への求心力にと、アークスの上層部が全面的にプッシュしている少女を、クロムは思い出したようだ。 「俺、クーナの歌、苦手なんだよなぁ・・・」 ぼそりとつぶやいたラダファムに、イグナーツは呆れと心配を混ぜ合わせた声を出した。 「おいおい、そんなこと、外で言うなよ?クーナのファンは多いんだぜ」 「わかってるよ。ナッツだから言うんだ」 ぐっと唇を持ち上げたラダファムだが、青い目がどこか不安げに泳いでいた。 「クーナってさ、フォトンを使って歌っていないよな?」 「なに?」 イグナーツの低くなった声に、ラダファムは居心地悪げに身じろぎしつつも、自分の先輩には素直に吐き出した。 「前、たまたまクーナのライブに通りかかった時、ざわざわってなったんだよ。こう・・・ダーカーが現れた時に、近いかな。俺のフォトンに干渉してくるような」 「おいおい・・・クーナがダーカー因子を操っているとか言うんじゃないだろうな?」 「違うよ!そうじゃない!!全然違う!」 さすがに首を横に振るイグナーツだが、ラダファムはなんとか的確に言い表そうと四苦八苦しているようだ。 「なんていうか・・・フォトン同士で浸食しあったり、相性が悪かったりとか・・・そういうの、あるのかな?」 「そんなことあるんですか?」 「あー・・・そういやぁ、ファムたんって変なところで敏感だったな」 クロムが目を丸くすると、イグナーツは思い出したように首を傾げ、そのまま物憂げに手を顎にあてた。 「・・・脳みそをいじって、人間を音響兵器にする話を聞いたことがある。俺たちアークスは、その辺にあるフォトンを変化させ、任意に影響を与えられる素質を持っている。仮にそういう使い方をしたとしたら、その歌声を聴いた奴は、歌声に隠された命令や精神的作用を、知らないうちに染み込まされる・・・サブリミナル的な、味方に対する一種の洗脳だな」 「まさか・・・!」 「もちろん、倫理的に封印されているはずだ。ただ、アークス本部の科学力なら、実用は不可能じゃないだろ。クーナは、アークスたちの恐怖心を取り除いたりストレスを和らげたりする役割を、きちんと果たしている。・・・怖くない、死んだら私が悲しんであげる、だからもっと戦って・・・」 イグナーツの流れるような言葉に、ラダファムもクロムも、言葉すらなく蒼褪め、そしてイグナーツは彼らをまっすぐに眺め渡した。 「なんてな」 「なんだウソかよ!一瞬本気にしちゃった俺の素直さを返せ!!」 ラダファムに掴みかかられ、がっくがっくと揺さぶられているのに、イグナーツは「はっはっは」とのんきに笑っている。 「もう、脅かさないでください」 「いやぁ、わるいわるい」 胸を押さえているクロムに、イグナーツは全く悪いと思っていない声で謝った。 「たぶん、カリスマとかスター性ってやつ?クーナはもともと、そういう他人に影響を与えるパワーが強いんだろうな。ファムたんも、それまで全くクーナの歌声を聴いたことがなかったわけじゃないだろ?ライブじゃなくて、ホロやメモリーの歌声だけなら、そんなに鳥肌立つようなもんじゃないと思うぜ」 「あぁ・・・うん。そうかもな」 反論する材料がなくてもどかしいような、微妙な面持ちで首をひねりながらも、ラダファムは無理やり自分を納得させ、気にしないことにしたらしい。 ところがイグナーツはニヤリと薄い唇を歪め、軽薄な調子でさらにまぜっかえした。 「クーナのことは置いておいて、アークス本部の黒い噂なんて、実はけっこうあるんだぜ」 「またナッツはそういうこと言って、俺たちをからかうんだろ!」 「おお?そうでもないぜ。みんな知っていて、なんかおかしいなーと思っていても、口に出さないだけさ。・・・余計なことに首を突っ込むと、消されるらしいからな。ベテランほど、そういうのに口が重くなるのさ。テメェ命が大事だからな」 「ナッツ!!」 また不安そうな顔になったクロムと、むきになって顔を赤くするラダファムに、イグナーツはケラケラと笑って見せた。 「あっはっは、冗談だよ、冗談。お前らウブだなぁ」 「ナッツの意地が悪いのは知ってるけど、悪ふざけが過ぎるんだよ!」 「あぁ、はいはい。まぁ、敵もさることながら、味方の権力も怖いってことは、大人になるまでに知っておいた方がいいぞ、ファムたん?」 ぐりぐりと頭をかきまわされ、ラダファムは愛らしい頬を膨らませたが、イグナーツのアングラな忠告は、今までラダファムの役に立たなかったことがないので、その金髪頭を頷かせた。 そして、イグナーツはクロムに向かって、前髪で隠れた目元を緩めながら謝った。 「初対面なのに、変なこと言って悪かったな。お詫びに、これやるよ」 「え?」 クロムの端末にイグナーツから結構大きな容量のファイルが届き、クロムは慌てて確認した。 「ファムたんにもやるよ。あぁ、仕事用の所で開くなよ?プライベートフォルダで開いとけ」 「なんだこれ・・・?」 「っ・・・!!!?」 ラダファムより一足先にファイルを開いたらしいクロムが、びっくりしたように両手をばたばたと振り回し、白い頬を耳まで真っ赤にしてうつむいた。 「どうしたの、クロム・・・ってなんじゃこりゃーッ!?」 自分の端末に広げられた膨大な数の画像に、ラダファムは思わず両手で頬を挟んだ。 「ナッツ!これエロ本じゃねーか!!しかもホモい!うわっ、なんだこれ!!」 「俺の秘蔵のコレクションだ。特別に分けてやる」 イグナーツが胸を張る通り、確かに量も質も相当なものだと、ラダファムは内心で唸った。それにしても、映されるのは裸の男が絡み合っているものばかりだ。 「いいのかよ・・・いや嬉しいけどさ。ってか、俺一応、まだ未成年なんだけど・・・?」 「未成年はエロ本を上の兄弟か先輩から横流ししてもらうものだ。古今東西、そうやって性教育はされてきたんだぜ」 「なに大嘘ぶっこいてんの!」 真面目にインチキ臭い説を垂れるイグナーツを一喝して、ラダファムは湯気を上げたまま固まっているクロムになんと言えばいいのか、頭を抱えた。いきなり男同士のアレとかコレとかは刺激が強すぎだろう。 「ごめん、クロム・・・。その・・・」 「『女性は苦手』なんだろ?ってことは、クロムもこっちかなぁって」 「ナッツ安直過ぎッ!女の人が苦手なだけで、なにも男同士がいいとは一言も・・・」 「いえ!あの・・・・・・大丈夫です」 「ふえぇっ!?」 驚きに奇声を上げたラダファムを、クロムはちらりと見上げて力なく微笑んだ。 「こんなにたくさん見たのは初めてで、驚いただけです。ナッツさ・・・ナッツ、よく集めましたね。しばらく、退屈しなさそうですよ」 「ぶははははは!おう。俺いい事したなぁ」 顔を赤くしたまま、ぎこちなく端末を操作してしまうクロムと、大笑いしているイグナーツを交互に見て、ラダファムは大きなため息をついた。 「なんか、すげー疲れた」 「ファムたんはいつでも全力だからな」 「ナッツと付き合うときは、七割ぐらいにセーブしておくべきだと悟ったよ」 「まぁ、俺となんてどうでもいいさ。健全で健康優良児なファムたんが、かわゆいノエルたんと仲良くイチャコラできれば、おにーさんは嬉しいのです。・・・ちゃんとソレで予習しとけ?」 「よっけーなお世話だよ!エロナッツ!!」 また顔を赤くして叫ぶラダファムに、イグナーツはギャハハハと下品な笑い方をしつつ、お菓子をイメージしたソファから立ち上がった。 「んじゃ、俺はそろそろ行くわ。コーヒーごっそさん。またな、クロム」 「はい、ありがとうございます」 「ああ。サポパのメモリと・・・コレ、ありがとな」 「おう」 にんまりと薄い唇の端を釣り上げ、イグナーツはひらひらと手を振りながら、ラダファムの部屋から出て行った。 「はー・・・ったく。ナッツはいい奴なんだけど・・・よく人をからかうからなぁ。変なこと言われても、あんまりマジに受け取らないでくれよ」 ぼりぼりと金髪頭をかきまわすラダファムに、クロムは柔らかく微笑んでみせた。 「頼もしい先輩ができて、俺は嬉しいよ。それで・・・ノエルさんって、恋人?」 「えっ!?いやっ、その・・・こ、恋人っていうあれじゃ・・・まだ・・・」 褐色の肌を全身赤くして挙動不審になるラダファムを見て、クロムはくすくすと笑う。 「困ったことがあれば、相談に乗るよ。ナッツよりは、からかわないと思うし」 「うぅ・・・」 実際、ラダファムはノエルとの仲を、互いを慕いあう友達のままきてしまったせいで、きちんと告白するタイミングやら何やらを逸してきているので、からかわずに聞いてくれる大人の意見はありがたい。 ラダファムは大判の読書用タブレットに、十代の少年をターゲットにしたファッション雑誌「FIZZ」を広げ、愛しいノエルをクロムに指し示し、あらためて恋人として付き合おうなどと言って引かれないだろうかなど、ひそかに心配している悩みを打ち明け、クロムから落ち着いたアドバイスをもらうことができた。 「ありがと。ちょっと勇気出た」 「それはよかった」 「ナッツって遊び人だからさー、あんまり真面目な意見が当てにならないっていうか・・・」 「そうなんだ」 「ナッツは軽いよ〜。いろんな人と寝ているみたいだけど、ちゃんとした恋人がいるなんて聞いたことないし・・・まぁ、ヤリチンだから、その方がいいのかな」 下品なことを言うラダファムにクロムは苦笑し、ぬるくなったコーヒーをすすった。 気を張り詰めた仕事からひと時解放された空間で、ラダファムとクロムは、新しいルームグッズやサポートパートナーの話に花を咲かせた。また明日には、それぞれが自分の都合や過去とは関係のない戦いに赴かねばならないだろうから。 |