キャラメルと包み紙‐2‐


 イグナーツがいつも通りにイーヴァルの部屋に到着すると、妙に機嫌のいいイーヴァルに出迎えられた。
「待っていたぞ」
「はあ。そりゃ待たせたっ・・・・・・ぅッ!?」
 襟首を持って抱え上げられ、俺は猫かと文句も言えないうちにジャケットを脱がされて、イグナーツは機嫌のいいイーヴァルに運ばれて行った。
 やせ気味とはいえ、それなりに身長のあるイグナーツを抱え上げられるのは、イーヴァルがイグナーツ以上に立派な体躯と腕力を持っているからだ。いい歳をした男がひょいと抱き上げられて愉快な気分なわけがないが、暴れると落とされて痛い目を見るので、大人しくせざるを得ない。もっとも、イーヴァルに抱っこしてもらえるならいいかと思っているイグナーツであるから、黒髪がかかる広い肩にしっかりとしがみついているのだが。
「なんかあったか?」
「いい物が届いた」
「・・・・・・・・・・・・」
 イーヴァルが言ういい物が、イグナーツにとっていい物かどうかは、また別問題だ。一抹の不安が胸に湧くイグナーツを余所に、イーヴァルは迷いなく寝室へと入っていき、イグナーツを下ろした。
「これだ」
「は・・・・・・?」
 振り向いた目の前にあった物が近すぎて、イグナーツにはそれが何か、一瞬わからなかった。
「いずれは部屋一つ分の大きさの物を用意してやるが、とりあえずはこれで様子見だ」
 イーヴァルに両手を上げさせられて、かしゃかしゃんという軽い音と共に身動きが取れなくなって、ようやくそれが檻であり、イグナーツはその外側に繋がれているのだと知れた。
「なんじゃこりゃあああああああッ!!!」
「檻だ」
「そおじゃねえっ!!」
 がっしゃんがっしゃんと檻に拳を打ち付けて抗議するが、両手が手錠で檻の柵と繋がっているので、イグナーツはイーヴァルに背を向けたまま、どうすることもできない。
 檻の大きさは、1m四方に、高さは2mほどだろうか。イグナーツが入っても頭はつっかえないし、かろうじて横になることもできそうだ。だからと言って、居心地がいいとは思えない。
「いきなり入れた方が良かったか?」
「いきなりでもいきなりでなくても嫌だ!だいたい、なんでこんな物を置いておくんだ!邪魔だろ!」
「いいや?お前が入るのだからな」
「・・・・・・・・・・・・」
 どうしてこう会話が噛みあわないのか、イグナーツは誓って自分のせいじゃないと思うのだが、イーヴァルが黒といえば白でも黒になっていくに違いない。流されていく自分が弱いことは、認めざるを得ない。
「二人で入るには手狭だからな。中でするのは、もう少し遊び慣れてからにしようと思っている」
「・・・・・・ソウデスカ」
 いつかこの檻の中でセックスをするのかと思うと、いまから疲れが感じられた。ベッドの方が柔らかくていいに決まっている。
「さあ、始めるぞ」
 今日は何をするのかとイグナーツが口を開きかけたところで、びゅんと空気が鳴り、背中に細く鋭い痛みが走った。
「っぎゃああッ!!」
 肌を裂くひりひりとした熱とは別に、背骨にまでずんと響く衝撃が、イグナーツに歯を食いしばらせた。
「ぃってぇ・・・・・・ッ!」
 檻の柵を握りしめ、顔が鉄格子にぶち当たらないように踏ん張るが、手加減のない鞭の一撃は、イグナーツをよろめかせるのに十分な威力を持っていた。
「ほう。やはり、この使い方で間違いないようだな」
 イグナーツの白いワイシャツとカラフルなアンダーシャツの背中部分が、まとめてかぎ裂きになり、その下の肌は赤く腫れだしていた。
「・・・・・・ッ、てめ・・・・・・!!俺のシャツ!!俺のシャツ破きやがったなああああああっ!!」
「喧しい」
 こつん、とイグナーツの頭に、鞭の先についている棘が当たった。
「ふざけんな!ああっ、俺のシャツぅうううう!!弁償しろ!馬鹿イーヴァ!!」
「まったく、騒々しい・・・・・・」
「騒々しくもなるわ!アンタ、自分とこのシャツが遊びで破かれたらムカつかねえのか!?」
「『レイヴン』のシャツが、その場、その時にふさわしければ、構わない。そうでなければ殺す」
「同じだ馬鹿ぁ!」
「どこが同じだ、低能」
 イーヴァルとしては諭しているつもりなのだろうが、イグナーツにしたら屁理屈と変わらない。
「とにかく、こんな・・・・・・」
「しゃべっていると、舌を噛むぞ」
 楽しさをおさえきれない声に続いて強い衝撃がイグナーツの背にぶつかり、心臓の裏を打たれた苦しさに息が詰まった。
「がはっ・・・・・・!!」
 ごつりと鉄格子に額やサイバーグラスが当たり、イグナーツは顔を傷付けまいと、繋がれた手でしっかりと鉄格子を握り直し、衝撃を逃がすために両脚は軽く構えた。
「はっ・・・・・・っああッ!・・・・・・あうッ、ぐ・・・・・・うっ!いてえッ!!」
 棘の先が皮膚をひっかく程度で肉を抉られはしないが、ばしんばしんと容赦なく叩きつけられる衝撃が骨に響く。布が引き破かれる音がすると、その向こうでイーヴァルの楽しそうな含み笑う気配がした。
「げっほ・・・・・・はっ・・・・・・ぎゃぁっ!!」
「いい具合になってきたな」
 背中にイーヴァルの指先が触れるのを感じる。裂けてボロボロになったシャツをかき分け、蚯蚓腫れを撫でていく。
「ッ・・・・・・は・・・・・・、はっ・・・・・・っそ、ちゃんと・・・・・・弁償しろよな!」
「・・・・・・無粋なことを」
「いッ!!ぎゃあぅッ!!ぐぁっぅ!いッてぇ・・・・・・ぅ!!」
 続けざまに鞭が襲ってきて、イグナーツは唇を噛んだ。
 シャツの一枚や二枚、イーヴァルなら買ってくれるとわかってはいる。でも、お気に入りの服なのだということを、イーヴァルは気にしてくれないだろう。
(そういうヤツだよ・・・・・・)
 わかってはいるが、少し悲しかった。イーヴァルの方がなんでも出来て、なんでも上等で、イグナーツはいつも与えられてばかり、教えられてばかりではある。だけど、もうちょっとイグナーツの大切なものや、良いと思って気に入っているものにも配慮が欲しかった。
「はぁっ・・・・・・はぁっ・・・・・・ってえぇ・・・・・・っ」
「ふむ・・・・・・慣れてしまって、この程度では物足りないか?」
「はあ?頭おかしいんじゃねえの?」
 イグナーツは荒い息の下からイーヴァルを罵倒した。痛いものに慣れも程度もない。
「痛えもんは痛えし、足りねえわけねえだろ!十分痛えよ!!」
「それならもっと痛がれ、低能。俺は痛さがわからんのだからな」
 なんと言い返せばいいのかイグナーツが悩んでいる間に、ベルトが外されてボトムが下着ごとずり降ろされた。
「このままかよ・・・・・・」
「フン、邪魔だな」
 びりびりっという音がして、ぼろぼろになったシャツが脇から垂れ下がってきた。ひりひりと熱をもった背中があらわになり、腰や尻にイーヴァルの温かい手を感じる。
(・・・・・・・・・・・・)
 だが、破かれたシャツを目にしたら、イグナーツはなんだか頭の中が冷めてしまった。いつもならこれから気持ちよくなるという期待が湧くはずなのに、ちっともやる気が出なかった。
「っ・・・・・・はぁっ、ぁうっ・・・・・・!」
 ちゃんと潤滑ジェルは使っているのに、ほとんど無理やり押し入ってくるような質量を、イグナーツはただ受け入れた。
「はっ・・・・・・はぁっ・・・・・・」
「どうした?」
「ん、なに、が・・・・・・?」
 身長差のせいでイグナーツは爪先立ちに近く、上半身を支える両腕は鉄格子を掴んだまま、ぶるぶると震えていた。
「何を考えている?」
「はあ?なんも考えてねえよ・・・・・・っ、く、るしいっ、はっ・・・・・・ぁあああッ!!」
 腹の奥深くまで入り込んだ楔が揺すられ、イグナーツの爪先が宙を蹴った。それでも鉄格子を握りしめていられる握力があることは、この際、幸か不幸かわからなかった。
「あっ・・・・・・ひっ・・・・・・ぃっ!」
「全部入ったな」
「くるし、い・・・・・・っ!はっ、ぁ、ぐっ・・・・・・!」
「落としはしない。力を抜け」
 そんなことを言われても、繋がっているあそこは、ひっきりなしにイーヴァルが動く。ごつごつと内臓を突き上げられて苦しかったし、いくら腰を支えられているとはいっても、両手を離したらもっと負荷がかかる。
「や・・・・・・っ、はぁっ!ぁあっ!・・・・・・はっ、や、だぁ・・・・・・!」
「イグナーツ」
「ぅ・・・・・・やだぁ・・・・・・っ、い、たいっ!はぁっ、ぁ・・・・・・あぁっ!!」
「この低能」
 太腿にイーヴァルの爪がずぶりと食い込み、腫れた背中を平手ではたかれ、イグナーツは悲鳴を上げて体を跳ねさせた。
「いったぁああいいいっ!!」
「そう、それでいい」
 イグナーツは苦しさと気持ち悪さに涙を滲ませて、イーヴァルの行為が終わるまで檻にすがりついていた。
 少しも気持ちよくならなくて、痛いのを我慢しただけで、手錠を外してもらって床にへたり込んだ後も、全然気分が上がらなかった。
「はぁ・・・・・・俺のシャツ・・・・・・」
 修復不可能だとわかってはいたが、脱いで見てみると、その無残さに、また目が熱くなってきた。
「まだグズグズ言っているのか」
「うっせえ!馬鹿イーヴァ!!俺のシャツ返せ!!気に入ってたんだぞ!知ってるだろ!」
 さっさとシャワーを浴びてくつろいでいるイーヴァルに涙目で怒鳴ると、本当に呆れたようにため息をつかれた。
「シャツぐらい、その辺にあるものを勝手に持っていけ。お前のサイズぐらい用意してある」
「その辺に、って!これはこれ、それはそ・・・・・・ぁ」
 用意は万端だと言いたげなイーヴァルに言い返しかけて、イグナーツはふと気が付いた。
「どれでもいいんだな?」
「かまわん」
「じゃあ、これもらっていくぜ!!」
 跳び上がって走り出したイグナーツの姿は、腰や背中の痛みに若干ぎこちなくはあったが、それでもボトムやジャケットを身につけながら目的の物を掴むと、イーヴァルが止める間もなくマンションを飛び出していった。
「じゃーなー!!」
「・・・・・・・・・・・・」
 イーヴァルの元には、ずたずたになったシャツの残骸だけが残された。