贅沢の極み −1−


 地方議員への激励、支援者との会談、数日後の国会に提出する法案の詰め、閣僚との会食・・・・・・それらをこなした獅童正義が、ようやく自宅へ向かうタクシーに乗れた時は、夜も更けていた。
「後を頼む」
「はい、先生」
 下げられた明るい茶色の髪を遮るようにドアが閉まり、車は静かに動き出した。
 マンションには通いのハウスキーパーを週数回雇っており、今夜は予定通り、顔立ちの良い二十代の男が嫣然と微笑んで獅童を出迎えた。
「おかえりなさい。お風呂湧いていますよ。今夜のメニューはどのように?」
 獅童は黒髪のハスキーパーに、意外なほど丁寧な所作で上着を預け、壇上に立つよりも緊張した様子で軽く胸を張った。
「いつも通り・・・・・・いや、いつもより厳しくお願いしようか」
「お疲れでは?」
「どうということはない」
「承りました」
 長い拘束時間に凝り固まった身体をストレッチで解し、湯気の立ち込める広々としたバスルームでくつろぐ。ジム通いを欠かさない肉体は力強く引き締まり、肌は瑞々しくハリがあり水滴を弾き返している。
 獅童の健康的な肉体から発せられる覇気と良く響く声は、有権者に年齢よりも若々しい印象を与えていた。それは獅童の武器のひとつであったが、他者よりも優れているという自尊心を満たすものでもある。
 くっきりとした鼻梁に鋭い眼差し、揺るぎない言葉を紡ぐ引き締まった口元、形の良いスキンヘッドに端然と整えた顎髭。鏡に映る壮年の男は、多くの国民が知る指導者だ。
 その立派な首に黒革のベルトを締め、首輪から短い鎖で繋がった二つのベルトをそれぞれの手首に巻きつける。ドアを開閉するのも苦労する格好のまま、獅童は下着一枚のまま、石畳を模してわざと粗いプレイルームの床に膝をついた。
「お待たせいたしました」
 ハイヒールのブーツが仁王立ちのまま無言でいることに、獅童は身を震わせて両手を床に付いた。両手首に繋がれた鎖に引っ張られ、自然と頭が床近くまで下がる。
「お約束の時間を大幅に過ぎてしまったこと、お詫び申し上げます」
 国会の雄、新党『未来連合』の党首であるあの獅童正義が、このような無様な姿をさらしていると、誰が信じようか。
 カツ、コツ、と床を踏みしめて、床しか見えていない獅童の視界に、黒いエナメルブーツの先が現れ、消えた。
「がッ・・・・・・!」
「頭が高い」
 不機嫌そうな低い声に打ち据えられ、獅童はヒールに踏みつけられた頭を、さらに床に擦り付けた。
「も、申し訳、ありません・・・・・・」
「謝って済めば、警察はいらないよね?」
 ビュッ、と振り下ろされた乗馬鞭が、獅童の逞しい肩をかすめる。これはプレイの一環ではない。彼が獅童の所業を絡めて皮肉を言うのは、酷く怒っている証拠だ。
「厳しくお願いしますぅ?お前がお願いできる立場か、この下種がッ!またヘマしたんだろ?まったく使えない!お前は家畜以下だな!」
「申し訳ありませんっ」
 ガツガツと獅童の頭を蹴るのに飽きたのか、腹立たし気な舌打ちの後、足痕だらけになった場所にぱたっと唾が飛ばされた。
「ご指導ありがとうございます!」
「いちいち煩いなぁ。ほぉら、獅童センセイ?美味しいキャンディー咥えような」
 促されて頭を上げた獅童の前に、深紅の手袋につままれたボールギャグと、漆黒のラバーボンテージに包まれた青年の身体と、長い睫毛に縁どられたアーモンド形の目が、心底うんざりした表情でかがみこんでいた。
「ぁ・・・・・・ぁがっ、ぅ・・・・・・」
「お前のでかい声嫌いだって、何度も言ってるだろう。なんで自分で口塞いでこないのかなぁ。物覚えの悪いオスブタだな」
 ボールギャグを噛ませてギリギリとベルトが引き絞られると、ぼすりと革製のマスクが頭からかぶされる。ジッパーを閉じるとぴったりと張り付き、獅童の視界は完全にふさがれ、音もくぐもったものしか聞こえてこなくなった。呼吸は出来るが、興奮のために荒くなり、ボールギャグとマスクに開けられた小さな空気穴だけでは少々苦しい。
「ふぅーっ、ぅふーっ・・・・・・ぅ、ご・・・・・・ふ」
「・・・・・・うん、少しはマシになったな。さて、豚は料理する前に、縛ってやらないとな」
「ンフッ」
 青年の声が満足げに柔らかくなり、深紅の手袋に包まれた指先が、つっと獅童の背骨をなぞった。

 ばしーん、ばしーん、と肉を打つ音が響くたびに、膝を床につけず高く掲げられた逞しい尻が震え、情けない悲鳴がシューシューと細い息とともに吐き出される。鍛えられ、筋肉の盛り上がった身体には荒縄が食い込み、怒張した前のふくらみのせいで黒いブーメランパンツははちきれそうだ。
「フゴゥ!んぶぅぅッ!・・・・・・ンゴァゥ!」
 夜に備えて昼間から肛門に入れっぱなしのプラグが、股座を締め上げる縄に押し込まれて、腹を内側から圧迫する。比較的感覚が鈍い尻よりも、皮膚の薄い腿の後ろ側を叩かれる方が股間に響いた。
 今日彼が持っていた鞭は、先端のフラップがフープ状になった一本鞭。派手な音だけで軽い痛みしか出ないような物ではない。男の力で振り抜かれれば、簡単に怪我をする。そんな凶器に敏感な場所を晒して責めてもらい、獅童は屈辱と羞恥と畏れに、たまらないと腰を振った。一度も触れられない陰茎が、さっきからパンツの中で先走りを溢している。
「受けなくていい苦痛をもらうのが嬉しいなんて、贅沢な嗜みだよなぁ、獅童センセイ?」
「んふぅっ!・・・・・・フグゥゥ!・・・・・・ァウウッ!」
「『俺に従っていればよい愚民』に、恥ずかしい格好でぶたれないとイけないなんて・・・・・・」
「ァッ!・・・・・・ゥグゥーッ!」
「少しは公民に奉仕する気概を・・・・・・」
「・・・・・・ッアアーッ!ハァ、ウウゥ・・・・・・!」
「持ったらどうだ、クソブタァ!!」
「ァガアァーーッ!!」
 最後は鞭ではなく、肛門を狙いすましたヒールの一撃は正確で、縄の弾力をものともせずに、獅童の腹を突き破りそうな快感を与えられた。
「アァ・・・・・・ヒュー・・・・・・ゥブゥー、フブー・・・・・・」
 マスクに覆われた顔面を床に擦り付け、拘束されたままの両腕で衝撃を堪えたが、もう我慢できなかった。ぶたれた尻と腿は熱い痛みを訴え、腹は自分で埋め込んだプラグをきゅうきゅう締め付けて前立腺を刺激する。
「ウフッ・・・・・・ングッ!ヒグ、ゥウ・・・・・・!!」
「あ、こら待てっ!」
 尻だけを高く上げたままカクカクと腰を振り、絶頂を止められずに苦痛を与えてくれるご主人様の前で粗相をする。酸欠で白飛びしそうな頭が睾丸から溢れ出す快感を理解するたびに、縄で押さえつけられたパンツの中にびゅくびゅくと生温い体液を吐き出した。
「ァ・・・・・・ァアア!!・・・・・・ハァァ、ッハァァ・・・・・・」
「この・・・・・・ッ、誰がイっていいと言ったァ!?」
「ヒグァーッ!!」
 バチーンとひときわ大きな音が獅童の脚に弾け、獅童は無様に床に転がった。すぐに体勢を戻そうともがくが、絶頂の余韻と痛みにもがくばかりで、上手くいかない。
「アァー・・・・・・アー・・・・・・」
「待て、もできないなんて、躾け直しが必要だな」
 硬いブーツの底が獅童の体を踏みつけると、ぐいと引っ張られた布がジョキジョキと切られていく。縄の下から汚れた布切れが引き抜かれるとブーツが退けられ、獅童はすぐに相手の意図を察して四つん這いになった。
「ンホゥ・・・・・・!」
「ああ、こんなに小さなプラグじゃあ、お仕置きに足りないな」
 指三本分はあるプラグを引き抜かれた獅童のアナルは、さらなる苦痛を期待してひくひくと赤い襞を震わせた。無理やり縄を退かせられた隙間から、なにか堅いものがつぷりと当てがわれ、徐々に獅童の中に入ってきた。
「フゥー・・・・・・、ァ・・・・・・ハァ、ゥン、ンン・・・・・・ッ」
 ぽこりぽこりと獅童の腸の中を這い進むアナルビーズは、長さこそあれ思ったほど太くなく、獅童の腹は易々と冷たい玩具を呑み込んだ。
「よし、二本目」
「ンォ!・・・・・・オッ、ンフゥー!」
 アナルビーズは腸の中でこりこりとぶつかり合いつつ、それでも奥まできっちり入った。S字結腸すら通過している異物に獅童は呻いたが、彼のご主人様は平然と告げた。
「三本目」
「フッ・・・・・・ンゴ・・・・・・!ォ・・・・・・!」
 潤滑ジェルは付いているようだったが、それでも三本目は苦しい。腹の中でぐりぐりと動かされて、獅童は苦痛と快感にまたペニスを起たせ始めた。
「がんばれ、がんばれ・・・・・・四本入ったら、ご褒美をくれてやる」
「ハグゥ!」
 革手袋の感触が獅童の首にかかり、猫にするよう喉を撫でた。
「首輪を外して、俺の椅子になるのを許してやる。どうだ、ん?」
「ハグゥ!アグゥ・・・・・・ウギィヒィ・・・・・・!!」
 すぐん、とまたひとつボールがこすれ、獅童の腹の中でアナルビーズ同士がせめぎ合った。

 数回のノックの後、返事も待たずにドアを開けた男が、見慣れたくはないが見慣れた光景に半ば目を閉じながら、ため息をついて入室してきた。
「明智おそぉーい」
 四つん這いにさせた獅童に、どっかりと脚を組んで腰かけた滝浪昂は、ブンブンと鞭を振ってぶうたれる。深紅の革手袋、編み上げデザインのコルセットとホットパンツのボンテージ、ハイヒールの長靴は漆黒。
「仕方がないだろ。そいつの後始末に時間がかかった」
 答えたのは料亭前で獅童に頭を下げて別れた若い秘書、明智吾郎。探偵業は畳んだが、世間にはいまだ獅童の息子だとは公表していない。
「やっぱりこの頭の悪いゴリラはヘマこいたのか。で?」
 明智はカラフルなアナルビーズを三、四本生やした獅童の尻を見ないように、上着を脱いでネクタイを緩めると、眉間にしわを寄せたまま首を振った。日中の大まかな情報は昂に伝えていたが、いまから言うのは今夜の最新情報だ。
「福祉政策の改革案は主要野党との合意が得られたんだけど、金融政策の目玉、官僚に押し切られた」
「ハァッ!?バッカじゃねーの!?そこ踏ん張らないでどーすんだよ!?」
 よほど腹に据えかねたらしい昂は獅童の背に反対向きに馬乗りになり、すでに赤く腫れた尻や太腿にバシバシと鞭を叩きつけた。叩かれるたびに昂の下でびくんびくんと跳ねてくぐもった喘ぎ声を出すものに、明智は気持ち悪そうに顔を歪め、無理やり相棒へと視線を戻した。
「んぶふーッ・・・・・・ウゥー・・・・・・」
「僕だってそう思うけど、さすがに分が悪い。根回しの時間が無さ過ぎた」
「うーわー。ねーわ。まじねーわぁ・・・・・・。明智、早くおっさんに代わって選挙出ろ」
「ええぇ・・・・・・君が出ればいいじゃないか」
「ンっ・・・・・・フゥ・・・・・・ッ」
「ヤダよ、面倒くさい。俺、吉田さんに面割れてるもん。悪いことできないわ」
「ああ、そうだった」
「フゥーッ、んぅ・・・・・・!」
「うるさいッ」
「ッ〜〜〜〜!!」
 ぱんっと昂の平手が獅童の尻を叩くと、必死で喘ぎ声を噛み殺した震えが伝わってくる。
「明智、帰る前にヤっていけよ」
「え〜。君とじゃないの?」
「この使えないブタを御せなかった、オシオキだ」
 猫のようにキラキラした目を楽しそうに輝かせ、ふっくらした唇から赤い舌を覗かせる昂に、明智はひとつ息をのんで足を進めた。ジャケットを椅子の背にかけ、ベルトを外して、ジッパーを下ろす。昂は目の間に出された布のふくらみを、深紅の革手袋越しに遠慮なく掴んだ。
「なんだ、期待してるじゃん。親父がいじめられてるの見て興奮した?それとも、自分もこうやって叩かれたい?」
「っあ・・・・・・叩かれて興奮するわけないだろ。君が、そんな恰好して・・・・・・はぁっ、んっ、そんなに、さわっちゃ・・・・・・ッ」
「父子そろってヘンタイだな。ほら、獅童センセイ?一日頑張って働いた息子さんの蒸れ蒸れちんこを、綺麗に舐めて差し上げな」
 ヒールの音を立てて肉椅子から降りた昂は、とても気軽な調子で父子に命じた。