Living Dead −2−
奥村邦和の死から転がり落ち始めた怪盗団の評判は留まるところをしらず、それがずいぶん前から仕組まれたことだと気が付いた怪盗団も、成す術もなく状況を見守るしかなかった。
秀尽の生徒会からの要請に応えて学園祭に現れ、怪盗団の解散を条件に、真犯人を捕まえようと協力を申し出たのは、それまで怪盗団を目の敵にしていた高校生探偵、明智吾郎だった。 (なるほど、昂のシャドウが言っていたとおりだ) 明智の言動のおかしさに気付いた昂とモルガナが、浮足立つメンバーをすぐに御したが、祐介も何も知らなければ狼狽えていただろう。昂が自分自身を救うために、同じ時間を繰り返しているというシャドウの証言は、認めなければならないようだ。 明智に対して、疑惑止まりのメンバーと違って、確信を持っている祐介の視線は自然と鋭くなりがちだったが、自分で直した眼鏡を指先で押しあげる昂に倣って、女性受けする爽やかな笑顔をなるべく凝視しないように努めた。 「ねえ、悪いとは思ったんだけど、ちょっと調べさせてもらったことがあるんだ」 ルブランの屋根裏に集まったある日、昂にそんなことを言い出した明智に視線が集まる。 「君の家庭裁判所の記録、変だよ」 「当たり前だろ、そもそもやってない冤罪なんだからよ!」 すかさず竜司が眉間に力を入れたが、明智は緩く首を振った。 「それはわかっている。この判決は仕組まれたものだ。・・・・・・ただ、それだけじゃない」 「どういうこと?」 真の真剣な眼差しに、明智は顎に手を当てて、言葉を選ぶように、慎重に話し始めた。 「みんなならわかると思うけど、彼はよほどのことが無い限り・・・・・・たとえば、人質を取られているような状態でもない限り、理不尽な辱めを受けるくらいなら、死ぬ気で抵抗するタイプだろ?」 「そうだな」 「おう」 間髪入れない祐介と竜司の反応に、他のメンバーも首肯する。 「それはそれとして、この裁判では被告人の反省について、代理人と保護者の証言しかない。被告人は一度も保釈されることなく、判決の日を迎えている。これは被告人が、最後まで、自分はやっていないと否認し続けたということ。その割には、裁判期間が妙に短い。つまり・・・・・・昂、きみはもしかして、両親に売られたんじゃないのかい?」 ぎょっとした視線が集まる中で、黒いくせ毛がふわりと揺れ、眼鏡の下で大きな目がにこりと細められた。 「なかなか鋭いな」 「違ったら謝るよ」 「いや、正解だ、名探偵」 「嘘だろ!?」 椅子を倒す勢いで立ち上がった竜司を宥めるように手で制し、昂は大きく息をついた。 「体面とか評判とか気にする人たちだったし、実際、俺の拘留や裁判が長引けば、あの人たちも仕事に影響が出るし、地元に居づらくなる」 「だからって・・・・・・!」 「ううん、昂君の状況、わかる気がする。私が同じ立場だったら、お父様も、きっとそうするわ。自分が捕まったわけではないのなら、謝って済むことなら、お金で解決できることなら、さっさと片付けてしまいたいのよ」 「春・・・・・・」 うつむく春を、双葉が気遣わし気に見詰める。まだ反論したそうな竜司を、今度は杏が窘めた。 「竜司、こんなこと言いたくないけど、あんただったらどう?あんたがやっていなくても、あんたのお母さんが謝っちゃったら・・・・・・」 「う・・・・・・」 それ以上母を巻き込ませないためならば、自分がやったと自白するかもしれない。竜司なら、そうするだろう。 「ねえ、真。これは僕の興味だけど、冴さんならどうするだろう?」 明智の無神経な問いに、それでも検事の姉ならどうするかと、真は厳しい表情で考えこみ、そして首を振った。 「いいえ。お姉ちゃんなら、例え私が本当にやっていたとしても、私の無罪を主張して戦うはず」 「それは、たった一人の姉妹だから?」 「違うわ。お姉ちゃんが検事だからよ。自分のキャリアに傷が付くようなこと、許すはずないじゃない。全力でなかったことにするはずよ」 非情な思考を経て出した真の答えに、明智は大きくうなずいた。 「そう。認めてしまい、判決が出てしまってからでは遅い。楽な方を選んで身内が犯罪者の烙印を押されてしまうことは、戦って引き延ばすことよりも、その後に関して実はマイナス面が大きいんだ」 それでも机上の空論を言っている自覚があるのか、明智は悩まし気に頭を掻いた。 「冴さんのように法廷で戦う力があればいい。たとえ認めてしまっても、奥村社長のように金の力で黙らせることが出来れば、表面上は穏便に済ますことが出来るだろう。だけど・・・・・・あぁ、ここまで四面楚歌な状況、僕だったとしても何もできないよ。本来なら助けに動いてくれるはずの人が、背後から撃ってくるんだもの」 お手上げだ、と肩をすくめる明智に、祐介は意外だと目を見張った。 「明智でも無理なのか」 「僕だって万能じゃない。ドキュメンタリー番組で見たことないかい?冤罪を証明するために、たくさんの支援者が頑張っているのを。「ない」ことを証明するのは、「ある」ことを証明するよりも難しい。まして、自分が被疑者や被告として拘留されたり収監されたりしてしまったら、自分以外の支援者を頼るしか方法がない」 「だけどコウの時は、その支援者が、コウをさらに犯人として仕立て上げちまったってことか!そりゃ無理だ」 モルガナもアチャーと顔を前足で覆い、あらためて昂の裁判が異常だったことを実感しているようだ。 「なるほど、それで裏切りか・・・・・・」 祐介はじゃがりこを手に持ったまま、思わず心の声が口から出てしまったことに慌てたが、それよりも隣で双葉の頭がテーブルに落ちた音の方が大きかった。 「双葉!?」 「おい、大丈夫か?」 真と竜司の驚いた声にもかかわらず、双葉は何やら唸って動かない。 「そ、それって・・・・・・わ、わたしだったら、そーじろーが、わたしを・・・・・・」 「落ち着け、双葉。俺の言うことならともかく、惣治郎さんが双葉の言うことを信じないはずないだろう?」 「で、でもぉ・・・・・・」 昂は穏やかに宥めるが、双葉はもうぐずぐずと涙声になってしまっている。 「惣治郎さんはずっと双葉を守ってくれていたじゃないか。今だってそうだ。信じられないか?」 「信じてるよ!?惣治郎はわたしの味方だ!!・・・・・・だけど、昂は信じてた実の両親に裏切られたんだ・・・・・・無理だ、わたしなら立ち直れないよぅ」 昂が可哀そうだと涙を拭う双葉は、すっかり鬱モードになってしまったようで、モルガナを抱えたままのそりと立ち上がった。 「ひっく・・・・・・無理。帰る」 「ワ、ワガハイもか・・・・・・?」 「あぁ、双葉待って!送ってく!」 「私も一緒にいきます!」 よたよたと階段を下りていく双葉を、杏と春が追いかけていった。あの二人と一匹がいれば、とりあえず大丈夫だろう。 「あぁあ。こりゃ今日はダメだな」 「ごめん、僕が余計なこと言ったせいで・・・・・・」 「仕方ないわ。私だって、聞いてショックだったもの。それに・・・・・・」 常は冷静な真の眦がギリギリと吊り上がり、抑えきれない怒りで両の拳が震えている。握りしめたシャーペンがミシミシいって、いまにも折れそうだ。 「許せない。自分の息子を犯罪者に仕立てて、自分たちだけは素知らぬふりを決め込もうなんてっ!」 「ひいっ・・・・・・」 「お、落ち着け、真・・・・・・」 腰が引けた竜司と昂を、真は深緋色の大きな目でギラリと睨み据えた。 「落ち着けですって!?こんなこと言いたくないけど、法律上、そんなクズが今でも昂の親で保護者なのよ!?あぁ、気持ち悪い!昂を地元から追い出しておいて、どの面下げて生活しているのかしら!?」 「うん、えっと・・・・・・」 「真、俺も同じことを思ったが、他人に裏切られるよりも信頼していた肉親に裏切られた昂が、一番理不尽に感じた事のはずだ。昂が困っているだろう」 祐介の低い声に、真はふーふーと大きく深呼吸をして、ほぼ平常心を取り戻したようだ。 「・・・・・・そうね、ごめんなさい。あぁ、でも腹が立つ!」 「まったく同感だね。そういう卑怯者と血縁というのは、ひどく屈辱的だよ。自分ではどうしようもない事なんだから」 秀麗な顔をしかめた明智を、祐介と竜司は意外そうに見やったが、昂は小さく噴き出した。 「明智はそういうの、仕事でたくさん見てそうだ。なんだか、俺よりもみんなの方が怒ってて・・・・・・嬉しいよ。ありがとう」 「へへっ、あったりまえだろ!」 竜司にがしっと肩を組まれて、昂もにこにこと笑っている。昂が笑うと、祐介も真も自然に力が抜けて笑顔になれた。 「さあ、それじゃあ今日は解散ね。双葉も元気になってくれるといいけど」 「大丈夫だろ。明日になりゃ、けろっとしてんだろーぜ」 「竜司と一緒にするな。双葉はああ見えて、感受性が豊かだ。このまま引きずりでもしたら、昂がマスターに怒られかねん」 「同感」 「なんだとー!」 ぎゃあぎゃあ騒ぐ竜司を尻目に、真も祐介も帰り支度を整え、杏と春の手荷物を持ち上げる。テーブルと即席ベンチは昂と明智が片付け、怪盗団のアジトはすっかり昂の私室に戻った。 「なあ、さっき真も言ってたけど、昂って親のことどう思ってんの?やっぱムカつくし、今でもぶっ飛ばしてやりてぇとか考えてる?」 竜司に問われ、昂は目をしばたいた後、少し首を傾げた。 「いや・・・・・・なんていうか、どうでもいい、かな?」 「どうでもいい!?」 「うん。もう興味がないって言うか、むこうがどう思っているかとか、関心が湧かないんだ。こっちの生活が楽しいからかな?」 本人も不思議そうに言う昂に、真は首を振ってため息をついた。 「好きの反対は嫌いじゃなくて無関心、っていうの、聞いたことがあるわ」 「愛も情も涸れ果てたか」 「そりゃそーだな」 竜司は通学バックを背負い、なにか考え事をしているような人間にひょいと声をかけた。 「おい、明智行くぞ」 「えっ、ああ、ごめん」 明智は自分のアタッシュケースを掴み、あらためて昂にわびた。 「今日はすまなかった。もっと場をわきまえて話せばよかった」 「気にするな。・・・・・・いままでそれについて、話題にできる人がいなかったし、俺は嬉しかったよ。まあ、双葉には、あとでフォローするから」 大丈夫だと微笑む昂に、明智は再び考え込むような表情で何か言いかけ、首を振った。 「うん・・・・・・いや、やっぱりいいや」 「なんだよ」 「ごめんごめん。それじゃあ、また今度」 高校生の男女はぞろぞろと揃って階段を下りていき、屋根裏はひととき無人になった。 |