人獣心中 −4−


 昂が祐介にくわえているのは、拷問ではない。なにかを聞きだそうというのでも、罪を認めさせようとしているのでもない。比較的肉体的な痛みが少ないだけで、行きつくあても目的もない、自分の所有物に対してただ悪戯に振るわれる暴力だった。
(猫に弄ばれる鼠の気分だ・・・・・・)
 いずれ力尽きて喰われるという、不愉快な未来図を振り払うように首を振ると、長い髪が首にまとわりついた。
「猿股なんて珍しい物はいているんだな」
 昂のうきうきした声を背後に聞いて、祐介はげんなりとした気分で猿轡を噛みしめた。衆道を知らないわけではないが、自分が当事者になるとは思っていなかったし、これはどう解釈しても同意の上ではない。
(尻を撫でまわすなッ!!)
 肉付きの薄い、小さくて硬い男の尻など撫でまわしても面白くないだろうに、いま祐介を捕らえている昂は、揉んだり撫でたりと楽しそうな気配を発してやまない。
「これなら簡単でいいな」
 なんのことだと疑問を発する前に、尻の割れ目がすうっと冷たい空気にさらされた。
「ッ!?」
 上着の裾をめくりあげ、黒い猿股に短刀の刃が滑っていったのだろう。鎖帷子よりもあっけなく、重要な防具は祐介を護れなくなっていた。
「アハッ、いい眺めだ」
「ぅうーッ!」
 祐介は脚を閉じようとじたばたともがくが、ギシギシと縄を鳴らして自分の身体が不安定に揺れるだけだ。祐介の尻は昂の両手に掴まれて開かされ、他人に菊座を晒す恥辱に顔が赤らむ。相手が祐介の反応を楽しんでいるのはわかっていたが、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。
「綺麗だな・・・・・・」
「ヒゥッ!!」
 なにかひんやりとした物が尻に垂らされて、祐介は思わず体をこわばらせた。とろっとした粘度のある液体のようで、昂の両手で開かされた尻の谷間に伝い落ち、菊座の皴にじわりと染み込んでくる。
「んっ・・・・・・ん!」
「ちゃんと解してあげるから、あんまり力入れないでね」
「ゥぐ!?」
 たっぷり粘液を絡ませた指先が、ちゅぷちゅぷと音を立てながら祐介の中に入ってきた。痛くはないが、排泄肛を触られたことなど無いので、少しでも動かれると違和感が酷い。
「はふ、んっ!ンンッ!」
 ゆっくりと襞を押し広げるように入り口をかき回され、祐介は必死で吐き気を堪えた。呼吸することに意識を集中して、情けなく気絶してしまいそうな自分を叱咤する。
「ふーっ、ん、ふは・・・・・・はぁー・・・・・・っはぁぁ・・・・・・くっ」
 口の端から唾液が滴り落ちていく。忌々しい猿轡が舌を押さえていなかったら、屈辱に耐えきれずに自分で噛み千切っていたかもしれない。
「そうそう、その調子。・・・・・・二本入れるよ」
「ッ、ふ・・・・・・んぁあ、あぁぅッ!」
 潤滑液で潤ってはいても、固く締まったところに指をねじ込まれ、腹の中を直に撫でまわされるのは気持ちが悪い。臓腑を触られているという認識が生理的に拒否しようとするが、ずるずると動く指が確実に菊座を慣らしていくのを止めるすべがない。強張った身体のなかで、淫靡な水音を立てるそこだけが、異様に熱く感じられた。
「ヒュゥ・・・・・・ッ、はっ、はっ、ヒュゥ・・・・・・」
「大丈夫だよ、祐介。傷付けるようなやり方しないから、落ち着いて」
 縛られた祐介の脚を撫でる昂の手は温かく、祐介の入り口を広げる指の動きも決して急いたりしない。時折、指先がかすめていく場所がじんと痺れるように感じたが、二本の指はそれよりも締まりを和らげようとしている。
「だいぶ柔らかくなってきたかな。はい、深呼吸して、力抜いて・・・・・・」
 祐介は苦しさから逃れようと昂の言葉に従いつつも、自分の身体がゆるゆると、しかし着実に、他人の支配を受け入れようとしていることに慄いた。いきなり怒張した一物を突っ込まれて壊されるよりもはるかにマシだが、それでも、ねじ込まれた三本目の指は苦しかった。
「ひィッ!?ア・・・・・・ぁひぎッ!イ、ぁああ!!」
(痛いっ!裂ける!)
 ぶんぶんと首を振って拒否すると、意外とあっけなく指が減らされ、祐介は目尻にたまった涙をこぼさずにすんだ。
「はぁー・・・・・・っ、はぁー・・・・・・ふ、んう!」
 いくら拒んでも昂の指は相変わらず祐介の中に埋もれ、実に辛抱強く襞を解していった。そのうち、祐介も慣れたのか生理的な拒否感が薄れ、潤滑液が増やされるたびにくちゅくちゅと水音も柔らかくなり、かなり奥まで迎え入れられるようになってきたように思える。
(こんな、屈辱・・・・・・絶対に、許さ・・・・・・ぁッ!?)
 それまで入り口を解すようだった指の動きが、体の内側を探るように押され、祐介はビリビリと痺れるような感覚に体を震わせた。
「ァ、ヒッ!?」
「ここ、気持ちいい?」
「んんッ!はぁッ、ぁ・・・・・・ぅア、アッ!」
 乳首や耳を弄られた時よりも強い刺激が体の中を突き抜けていき、祐介は逃れようとむやみに身をよじった。しかし、縛られたままの身体が自由になることはなく、悪戯に自分の中にあるものを感じてしまう結果にしかならない。
(や、め・・・・・・!そこ・・・・・・そこを擦るな!!)
 追い出そうと力を込めれば、菊座から潤滑液が溢れ、余計に昂の指を締めつけてしまう。なるべく意識しないようにしていた指の形が鮮明に伝わり、自分がどこまで侵されているのか、嫌でも感じ取れる。
「ひぅふっ、ぅう!んうう!」
「そんなに暴れないの。中を傷付けたら困るだろ」
 恐慌を起こしかけている祐介など意に介さず、昂は楽しそうだ。
「痛くないように広げることばっかり考えてたけど、中で気持ちよくなることも覚えないと、ダメだよな」
「ふあッ、アッ!ィぁああ!!ひィっ!?ぃあぁッ!!」
 こりこりと性感帯を指先で突き上げられ、祐介は必死で首を振るが、今度は手加減がない。四肢からは力が抜けるようなのに、下腹部だけは祐介の意に反して昂の指を締めつけた。
「こんなに感じてくれるなんて、祐介才能あるよ?中だけで、イけそう?」
(無理!無理だッ!!)
 もう自分の体が快楽を求めていることを理解し、中からの刺激で陰茎が熱く膨らんできているのを認めざるをえなかったが、初めての場所を弄られるだけ達せられるとは思えなかった。
「ゥア、アッ!ハッ・・・・・・ンッ、ゥ!」
 いくら逃れようともがいても、腹の中に灯った熱が集まっていく陰茎は、裂かれた猿股の中でジンジンと快感を訴えておさまらず、もどかしさに腰が揺れるのを、背後に立つ男がわからないはずがない。祐介は腰を押さえられたまま、背に覆いかぶさってくる温もりを感じた。
「恥ずかしいくらい気持ちよくなって、たくさん悔しがってよ。自分が檻に入れられた獣だってこと、嫌ってほど思いださせてあげるから」
 耳元で囁かれる声に漂う獣臭さは、内容とは裏腹に、祐介の抗いたい心を懐かしい安心感で凪ぎに導いていく。体は熱く火照り、自分で処理する以上の快楽ともどかしさに気が狂いそうだというのに。どうしてこの男のなすことは、祐介に相反する感情を湧きあがらせて混乱させるのか。
(もう嫌だ!放せッ!!)
 何もわからないまま翻弄される情けない自分に、一番腹がたった。気持ちよくて、悔しくて、悲しくて、苦しくて・・・・・・気持ちいい。
「ひぐっ!ぅ、ぁ・・・・・・ァアッ!」
 執拗に突き上げられる刺激に、もうたまらないと腰を強張らせて未熟な熱を吐き出した祐介の肩口に、生温かい吐息が鋭く牙を立ててきた。
「ギッ・・・・・・ィ!?」
 ずぶりと刺さった感覚が痛みと判断すると同時に、祐介は涙に濡れた目をしばたいた。
(痛っ・・・・・・な、んだ・・・・・・?)
 達した気怠い頭の中に、清涼な気配が細く細く流れ込んでくる。視界が蒼く陰るなか、壁にかけられたあの掛け軸だけが、妖しく朧な光を放っているように見えた。
「よくできました」
 噛み痕をザラリと舐められ、驚いて身をすくめる。いつの間にか尻の中からも指が抜かれており、祐介は自分を吊るす縄にぐったりと身を任せた。
「ふーっ・・・・・・、ふぅ・・・・・・」
「うん、思った通り。似合うじゃないか」
 何の話だと不貞腐れたように聞き流しかけた祐介は、慣れないものがどこかに当たった気がして、もう一度それに触ってみた。人間の胴を、着物の生地越しに触っているようだが・・・・・・はて、自分の四肢は縄で戒められたままのはず。
「!?!?!?」
「ふふふっ、ふかふかで気持ちいい。真っ白で綺麗な毛並みだよ」
 覚えのない器官をふこふこと撫でられ、祐介はそこが身震いするように激しく動くのを感じた。
「んんンーーーッ!?」
「あはははッ、可愛い!!祐介の尻尾可愛い!もふもふしてる!」
「はふぁふがっ!ひゃひっ、ひゃふううっ!!」
 一生懸命に尻尾らしきもので昂を打つのだが、昂はお構いなしに祐介に抱きついてくる。
「最高だ、耳もふかふかで大きいなぁ」
(馬鹿な!?耳も・・・・・・変化したのかッ!?)
 動揺が素直に表れたのか、祐介は自分の耳がぴくぴくと動くのを感じた。いまだかつて、動かそうなどとしたこともないのに。
「実に順調・・・・・・って、そんなに落ち込まないで?」
(うるさいっ!!)
 自分の意思とは関係なく、素直に感情表現してしまう耳が恨めしい。いったい、どういうわけで己の身体に不可解な器官が増えたのか。祐介は唸るように考え込むが、ひとしきり堪能して満足したらしい昂は、痺れて感覚がなくなってきた祐介の腕や脚を撫でて、ずれてきた体位を調節する。
「それじゃあ、最後まで一気にいこうか」
(まだやるのかっ!)
 暴れる体力は減ってきても威嚇する元気はある祐介を、昂はまだ放してくれなさそうだ。
「人間の男であること、腕の立つ忍であること・・・・・・そして、親を殺された獣であることも、祐介を囲う檻であり、同時に護る仮面のひとつにすぎない」
「ンっ・・・・・・」
 また祐介の尻に潤滑液をたらしながら、どこか自嘲するような笑みを含んだ昂の声が、祐介には意味の分からないことを告げる。
「俺は祐介が抗いさえすれば、後悔しないよ」
 両手で尻を掴んで広げられた菊座に、ぬるりとした硬いものが当てられて、祐介は思わず体を強張らせた。
「ァ!ぁぎっ、ヒッ!?イっ・・・・・・ァアアアア!!!」