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番外 麻が夢見るスパンコール・中編 −水渓大
「あぁ〜、もぉぅ〜」
「はいはい、世話の焼けるバブちゃんだね」 二日酔いの頭痛に唸る大の前に、シジミの味噌汁と梅肉を混ぜた小さな俵むすびが出される。 「そんなに飲んだの? 帰ってきた時は、たいして酔っぱらってたように見えなかったけど」 「ビール二杯とハイボール四杯しか飲んでないわよ。気持ち良く飲む気分とコンディションじゃなかっただけ〜。飲まずにはいられなかったんですぅ」 「はいはい。お茶どうぞ」 「あんがと」 味噌汁を飲み干し、もそもそと俵むすびを齧る大の前で緑茶を淹れてくれたのは、豊かな長い黒髪を背中でくくり、エプロンをかけた色白の美人。ただし、大と同じくらい体格のいい男だ。 これには、大が前後不覚になった時に、大を運べるだけの体格とパワーが要求されるという、実に合理的な理由があった。大が泥酔しなければいいだけの話なのだが、過去に度々「やってらんないわよ!」と弾けて砕け散り、翌朝に屍をさらした経験が、お世話係の要求体格に反映された形だ。 彼の識別番号は『 イツヤが体格のわりに中性的な美貌を持っているのは、単に大が「毎日見るならマッシブな女やむさ苦しい男よりは、綺麗な顔の男がいい」としたからだ。 大は女っぽい話し方や仕草はするが、自分は男性だと自認しているし、恋愛対象は異性だ。暴力的な父親を見てきたせいで、周囲に対して自分は脅威ではないとアピールするためのオネエ仕草だったが、十年も続けていたら抜けなくなったにすぎない。 もっとも、綺麗な装いをして、それに相応しい立ち振る舞いをしたいという欲求は、昔から少しも変わらないのだが。 「二日酔いも、魔法でなんとかなんないかしら」 「マサルも人体実験に参加する?」 「治験とか先進医療って言いなさいよ。怖いわね」 すでにアルコール依存症の枡出和久が、稀人の継続医療のデータ採取に協力していたはずだ。 イツヤが人体実験と言ったのは、それがほぼ手探りの状態であり、稀人ではなくこの世界の人間が検体であるならば、間違いなく人体実験と言える手法をショーディーが採っているからだ。 「ごちそうさま。仕事に行くわ」 「もう少し休んでいけば? 最近、働きすぎだろ」 「土日はちゃんと休んでるわよ」 「土日にデザイン画描いているのは趣味?」 「そっ。趣味ヨ」 呆れたように首を振るイツヤに、大は力なく微笑んで首筋やこめかみを揉んだ。自分のデスクの前に座る頃には、頭痛もあらかた治まるだろう。 秋物コートの裾をひるがえしながら、大は 「おはよー。ごめんねぇ」 「おはようございます、マサル社長」 「「「「「「「グッモーニン!!」」」」」」」 出迎えたのは柔らかな印象の若い女性と、小さなおっさんたち。その様子は、まるで白雪姫と七人の小人のようだ。 女性のアルカ族はブランシュという名前で、まだ高校生くらいに見えるが、大のブランド「 小さいおっさんたちはレプラコーン型のアルカ族で、身長はショーディーくらい……つまり、小学校低学年生くらいしかない。しかし、大がデザインした大抵の服を縫い上げてしまうツワモノどもだ。特に、靴の縫製はお手の物で、革靴やハイヒールどころか、スポーツシューズまで、見よう見まねで作り上げてしまったほどだ。 ただ、素材に関しては制限があるため、日本にあったものほどの性能はない。この素材に関しては、大の悩みの種でもある。 「秋冬のコート類と、セーターの試作が出来上がっていますので、チェックお願いします」 「わかったわ」 小さいおっさんたちがワラワラと服とトルソーを用意しに行っている間に、ブランシュは 「えっ、もうその話ショーディーちゃんに行ってるの!?」 「そのようです。受け取り窓口として、現在ガイが出向いています」 ガイは大が迷宮都市に行く時の護衛と、素材仕入れの担当をしているアルカ族だ。大の仕事のマネジメントもしており、イツヤが家令ならガイは秘書のような存在だ。 『栄耀都市カペラ』にて、大はショーディーの伯父ルジェーロと話す機会があった。 その時に、迷宮の外の、現在の上流階級の服飾事情が知りたい、本物が手に入ればとぼやいたのだ。そうしたら、ルジェーロが中古でよければと、大量の服を用意してくれたらしい。 しかし、ルジェーロがいるのはリンベリュートの王都であり、迷宮との行き来はショーディーに頼まなければ時間がかかるものだ。ショーディー自身も忙しく動いているので、ちょっとしたボヤキが迷惑をかけたかと、申し訳なくなった。 「むこうとこちらでは時間差がありますが、早ければ明後日には持ち込まれると思います。それまでに、倉庫の準備をしておいた方がよろしいかと」 「そうね。どのくらい来るのかしら……」 とりあえず、大は会議室一部屋分のスペースをまるごと空けて待ち構えた。 ところが三日後には、小さな体育館くらいは必要だったのではないかと思うほどの、ドレスや靴や装飾品が送られてきた。 「えええぇ〜!?」 「いやぁ、すごいね。これはたしかに、伯父上も処分に困るはずだ」 運び込まれる行李や箱の多さに、目をむいて叫び声をあげる大の横で、ショーディーがあっはっはと笑っている。 急遽、ショーディーが大のオフィスが入っているビルの、まるごとワンフロアをホールのような倉庫に改装してくれた。そうでなければ、すべてを運び込むことは難しかっただろう。 「これたぶん、全部伯母上と僕の従兄弟の服だね。「ひのもと町」に持ち込む前にクリーニングして、除染は済ませたから、水渓さんが触っても安全だよ。分解したり、リメイクして迷宮都市で売ったりしてくれても構わないです」 「そ、そうなの……? いいの?」 「うん。大丈夫、大丈夫。もう離婚してるし、伯父上の家にあっても邪魔だったんでしょ」 ショーディーは大の判断で売って問題ないと言ってくれるが、この世界ではまだ布や衣服は高価であり、ドレスともなれば、その価格は天井知らずにちがいない。素材の代金としていくら払えばいいかと大が聞いたら、ショーディーはふむと腕を組んだ。 「買取りなら僕が伯父上と交渉するけど、伯父上はお金にあんまり興味ないからなぁ。この服も、処分したいけど、量が多すぎて買い取り業者が付かない状態だったみたいだし」 しかし、タダでこんなにたくさん貰うわけにはいかないと、大も粘った。どうやってお礼をすればいいのかもわからないのに、対価すら払えないのは、大の良心が咎めるのだ。 「うーん、それじゃあ、うちのダイモンに王国ゼルジで試算させるから、迷宮エンに換算した金額を水渓さんが払ってください。アクセサリーは琢磨も見たがるだろうから、あいつにも払わせます。それを伯父上の探索者口座に入れておけば、伯父上が迷宮都市に来た時に、ちょっとお小遣いがある状態になるかも」 「そうしてもらえると嬉しいわ。ありがとう、ショーディーちゃん」 「どういたしまして」 ショーディーが言うには、これらのドレスやアクセサリーは、せいぜい上の下くらいのランクであり、王侯貴族が正式な場で着用する物ではないとのことだった。 「けっこういい物だと思うけど?」 「官僚の給料で遊び好きな妻が夜会に着ていくドレスですよ? オートクチュールに比べられる品格ではありませんって」 「あぁ……なるほどね」 この世界の庶民からしたら夢のような服装だが、上流階級ではさらに上があるという事だ。 「僕の侍女に買ってあげた外出着の方が、品がいいと思うな。あれたぶん、貴族令嬢からの払い下げ品だし」 「貴族は、ここにあるようなドレスは着ないのね?」 「着なくはないと思いますけど、もう少し ショーディーの言い回しに、一部箱から出してハンガーにかけられたドレスを広げて見て、大は言いたいことを察した。 「んんー、なんて言うか、なんて言うか……。大人の女性が着るには、テイストが子供っぽいかしら? その割に、なんだか襟ぐりが広いし……」 思わず、夢ロリ風バーメイドドレスという、どこを目指しているのかわからない単語が大の中に浮かぶ。 一言でいえば、趣味に走りすぎているのだ。クラシックともモダンとも言い難く、そういう盛りに重きを置いたジャンル、と言うべきだろうか。気心が知れた友人同士で遊びに行くならいいかもしれないが、社交を目的とするなら控えた方がいいかもしれない。ぶっちゃけ、お上品とかお清楚などとは言い難いデザインだった。 着る人を選びそうだし、大なら既製品としては避け、流行や注文がなければ作らないだろう。 「ショーディーちゃんの言うとおり、これはリメイクのしがいがありそうだわ」 「ははっ。今度、隠し撮りしたパーティーの映像を持ってきますよ。それから、各国のマナーが記されたグリモワールには、その国のタブーとかどういう所に羞恥を感じるのかも書いてあると思うので、参考にしてください」 「そういう情報、嬉しい! ありがとう!」 大の腕がショーディーの細っこい体を抱きしめると、グエッと潰れた声が聞こえたような気がした。 |