190 傲慢のダンジョン


 ショーディーです。こんにちは。九歳になりました。
 いま僕は、ベルマーゼにもらったポードニスの屋敷で、遠くの出来事を教えてくれる『フェイネス新聞』を読みながら時間を潰しています。
「わぁお。マナ妃って、本当に王太子のこと嫌いだったんだ」
 ニーザルディアの辺境に位置する旧リンベリュート領にまでは、まだダンジョンを出していないから、あの辺にはミストがうろついていてもおかしくはない。
 冒険者ギルドを通して、迷宮都市から注意喚起が出ていたのを知っていて送り出したなら、要は死んでこいってことよな。それを、ラディスタ元王太子が知っていたかは、知らないけど。
 まあ、エメレンス王を戴く新しい政権としては、ラディスタはいない方がいいだろう。
「坊ちゃま、お茶のおかわりはいかがです?」
「ありがとう、ハニシェ。あ、エースってどのくらいで戻りそう?」
「ハセガワさんによりますと、まだ二ヶ月くらいはかかるかと」
「そっかぁ」
 僕専用の大山羊車を牽くエースだけれど、『学徒街ミモザ』の外にある厩舎に預けておいたら、知らない間に種牡大山羊にされてしまっていた。
 たしかに、立派過ぎるほど大きな体躯の大山羊だから、群れのリーダーになっちゃうし、まわりの雌大山羊にモテるのは仕方がないよ。
 だけど、繁殖シーズンが終わるまで連れ出さないでくれと、ミモザの農業研修生たちに泣きつかれるとは思わなかった。
「まあ、いいさ。海を渡るのにどれくらいかかるか、まだわかんないからね」
 商人の国オルコラルトや、ここセーゼ・ラロォナ国は、南の大陸との交易がある。だけど、海のないリンベリュート王国出身で、所属する冒険者ギルド以外の身元保証やビザのない僕が、向こうの国へ入国するのは、かなり難しかった。
 しかも、言葉は教皇国語の元になった言語で、上手く通じるかわからないし、同じグルメニア教国とはいえ文化も違う。
 海を渡ってしまいさえすれば、それでオッケー、というわけにもいかないのだ。
「旦那様、お待ちかねの御客人が来ましたよ」
「おお!」
 ノックと共にスハイルが来客を教えてくれたので、僕は『フェイネス新聞』を片付けて、椅子から飛び降りた。
「バニタス、久しぶりー!」
「久方ぶりにござる、ショーディー殿。お変わりないようでござるな」
 応接室で待っていたのは、がっしりした上背に二振りの刀を腰に下げた、旅装の修行僧。バニタスとは、聖地シャヤカー大霊廟で別れて以来だ。
「その節は、ご迷惑をおかけした」
「気にしないで。元気そうでよかった」
 バニタスは『聖懲罪府スピカ』で回復したのち、大型害獣を狩る修行の旅に出ていた。だがこの度、冒険者ギルドを通じて、僕は彼を呼び寄せていた。
「バニタスは、グルメニア教の教えにも、教皇国と同盟関係にある南の国にも詳しいでしょ? 一緒に南大陸の国をまわってほしいんだ」
「某でよろしければ」
「ありがとう!」
 しっかりと握手を交わした僕らは、この数週間後には、初めての船旅と船酔いを経験することになる。
 そして、上陸後に箱庭に招待され、僕の正体を知ったバニタスが平伏するのを何とかやめさせるという、どうしようもないイベントも残っていたりする。
「……まさか、迷宮案内所の壁画は……」
 それに最初に気付いたのがバニタスとは予想していなかったけれど、僕は唇の先に指を立てて、ナイショのポーズをしてみせた。
「それじゃ、いつものように行ってみようか」
「はい、坊ちゃま」
 実家の城館から家出をした時と同じように、僕らはエースが引く大山羊車に揺られ、異国の風が吹く大地を、次の迷宮建設予定地へ進みだした。

 いつか、僕がこの星を巡る流れに合流するその時までには、迷宮を創り終わって、みんなと一緒に悠々自適な異世界ライフを送れていると期待して。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 むかしむかし、スピカの地に
 たいそう公平で、立派なお裁きを下す、審理の府があったそうな

 あるとき、そこへ一人の女がやってきた

 彼女は幾多の国を彷徨い
 人々から石を打たれながら、やっとの思いでたどり着いた

 審理を担う判事は訊ねた
 「あなたは、どんな罪を犯したのですか」

 女は答えた
 「申し訳ございません。全て、でございます」

 判事は困ってしまった
 審理府にはたくさんの判例はあれども、全ての罪を背負った罪人は来たことがない

 「もう少し、詳しく話を聞きましょう」

 天下に隠すことのない、公平なお裁きのために、判事たちは集い、女の告白に耳を傾けた

 「申し訳ございません。お手数をおかけしまして、申し訳ございません」
 女は謝り続ける

 「全て、あたくしが悪いのでございます」
 「それを判じるのは、我らの仕事である。あなたが判じるのは違う」
 「申し訳ございません。無学者が余計なことを言いまして、申し訳ございません」

 謝ってばかりの女に、判事たちも首を傾げた
 しかし、彼女が歩いてきた国の様子を調べて、判事たちは顔を覆って天を仰いだ

 「彼女は“罪創り”! なんたる冒涜か!」


 女は親に、夫に、子供に、友人に、関わる者すべてに謝ってきた

 ―― 申し訳ございません

 そうすれば、周囲の関係が円滑になったからだ
 誰かの罪でも、自分が認めた方が楽だったからだ

 女は日照りが起こったことを、落雷で水車が壊れたことを、領土争いが起こったことを、自分のせいにした

 ―― あたくしが悪いのでございます

 そうすれば、怒りに満ちた辺りが早く鎮まったからだ
 誰のものでもない罪でも、自分が背負った方が早く片付いたからだ


 他人の罪を、理由なく自分の物として背負った
 誰のものでもない責任から、在りもしない罪を創って、自分に背負わせた

 それ自体が、どれほど罪深い事か!


 「判決を言い渡す」
 「“罪創り”につき、終身の懲役を科す」
 「これまでの実無き謝罪ひとつに付き、ひとつの石を積み上げよ」
 「また、勝手に背負われた己の罪を引き取る者があれば、その罪と同じだけの石を取り除くように」

 女はお裁きに従い、石を積み上げた
 それは巨大な塔となって、天に向かってそびえたが、時折、石を取り除く者がいた
 また、天災によって崩れることもあった

 永遠に、完成することのない、罪を吐き出すための塔は、高く、太くなっていく

 女はやがて、自責と謝罪以外の言葉を話せるようになった

 「ありがとうございます」

 「お前が悪い」と言われ続け、己を“罪創り”という呪いで縛っていた女が、贖罪のために建て続けた塔

 多くの罪を集めて積み上がったそれを、判事たちは悲しげに見上げる
 他人の償いの機会を奪い、無いはずの罪を創り上げることは、ひどく傲慢なことなのだ

 いつしかそれは、名もなき人々が背負うべきだった罪の証として
 存在しないはずの罪を創り出した、恐ろしい咎の象徴として

 人々が深く胸に刻むよう、『傲慢のダンジョン』と呼ばれるようになったとさ


           グリモワール 「絵本:スピカのダンジョン」 より