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170 聖地を臨んで
ライシーカ教皇国の北部は、それ以外の地域よりも華やかさが少なく、どちらかと言えば質実であり、厳かと言えばそうだが、地味には違いない。
聖都ソロイル以北は特に、放牧地や農地ばかりで、歴史を感じる建物や設備も少なくない。それでも、聖地への街道沿いには、巡礼者を相手にする宿屋などが軒を連ねている。 聖地シャヤカー大霊廟へ向かう巫女たちの巡礼行列はゆっくりした進みで、各宿場町に丁寧に寄っていく。威光を示しつつ金を落とすこともそうだが、巫女候補の少女たちが幼いので、強引な長旅に耐えられる体力が無いのだ。 最も聖地に近い、山岳地帯に入り込んだ最後の農村からは、馬車は使えず、高山装備に加え、荷運びの大山羊も多めの水と飼葉を積んでの追加となる。 そこから聖地へは、例年通りであれば片道で三日の旅程だ。道や橋が壊れていないか、あらかじめの調査はされているので、数日中に大きな天気の崩れが無ければ通れるはずだ。 ギリースーツを被って高山植物に覆われた山肌に伏せ、そんな行列を双眼鏡越しに観察していた僕は、想定外の闖入者に小さく舌打ちした。 「まさか、もう追いついたのか……」 巡礼行列に単身駆けつけたのは、『辺境の村レグルス』に置いてきたはずのバニタスだった。数日前までは、たしかにフェブラー領にいたはずなのに、教皇国南西部から北部辺境まで、あっという間に移動してくるなんて、馬を交代させたとしても凄い体力をしている。 (さすがは修行僧といったところか) 修行僧の凄いところは、生身でめちゃくちゃ強いというところだ。 教皇国の正規軍の中には、巫女障石のブーストで強い連中がいるらしい。バニタスも彼らの方が強いようなことを言っていたが、カガミたちの調べによると、障石ブーストされた人間が長生きした記録はない。一応の対処はされているようだが、精神に異常をきたしたり、肉体が急速に衰弱したりすることがよくあるらしい。 それでも強さを求めることが、教皇国への忠誠と名誉とされ、給料もいいらしいので、候補者は後を絶たないのだとか。 ( ベルマーゼは先に飲んだ魔石のおかげで、障石に対抗できたと言っていたが、本当に産みの親に感謝した方がいいと思う。 そのとき、僕の脳裏にふと閃いた。 (巫女……障石……そうか、聖地に“障り”がない理由は……!) 巫女の役目は、“障り”を祓うこととされている。しかし実際は、己の肉体に集め、障石を生み出すことだ。 ガトロンショ山系には大型害獣が跋扈しているというのに、その中心である聖地に“障り”が無いのは、おそらく巫女たちが吸収しているからではないだろうか。 (なんでこんな当たり前のことに気が付かなかったんだ!) 自分が間抜けすぎて頭を抱えたくなった。 たぶん、“安寧の魔法陣”が都市構造を使っているせいで、自分の得意分野に思考が引っ張られ過ぎたんだ。ジェルス国で、実際に巫女を見たのに、すっかり記憶から零れ落ちていたらしい。 (と、いうことはだ。聖地から巫女をどかせば、“障り”が復活するんじゃないの?) 言うだけならとても簡単なことなのだが、その手段となると、殲滅が一番手っ取り早い。巫女たちに個人的な恨みはないが、生きていても辛いだろう。 (バニタスがいなきゃ、そうしてたけどねぇ) あのお人好しが邪魔してこないとは言い切れない。むしろ、ここで敵にまわられると厄介だ。 (んむ、それなら押し付けよう。そうしよう) 僕は箱庭に戻って、スハイルとソルに計画を話し、バニタスと交渉してくるようお願いした。 僕ことショーディーには、冒険者ギルドの顧問職員という、立派な肩書がある。 ギルドから仕事らしい仕事は直接受けていないけれど、この肩書はむしろ、ギルドが僕からの情報を欲してくれたものだ。 そんなわけで、僕は冒険者ギルドの公式な文書を発行する権限がある。冒険者資格を持っているバニタスに命令することが、仕組み上可能なのだ。 「ただいま戻りました」 「おかえりー」 僕からのお手紙をバニタスに届けたスハイルとソルは、やりきった顔でニコニコしている。 「上手くいったみたいだね」 「はい」 「バニタスはアンタレスの梅干を食べたみたいな顔になっていました」 ソルの表現に思わず吹き出す。『葬骸寺院アンタレス』で手に入る梅干って、昔ながらのすごくしょっぱくてすっぱい大粒の梅干なんだよね。 「あはは。アイツが動いてくれるなら、それでいいさ」 「バニタスも旦那様に御恩がありますからね。彼の人柄なら、なんとかするでしょう」 スハイルの言う通り、今回はバニタスのお人好し部分を大いに利用させてもらった。それに、修行僧という身分も、巫女たちの巡礼行列にあっては上位とされる。彼の指示であれば従うだろう。 僕がバニタスに囁いた内容は簡単。「聖地がダンジョンに囲われる兆候がある。早急に巫女たちを避難させないと餓死するぞ」これだけだ。 現在すでに、聖都ソロイルをはじめとしたいくつかの大都市が封じ込められており、聖職者をはじめ、戦える力を持っているにもかかわらず僧兵などもダンジョン区域に侵入することができないでいる。 ただでさえそんな状況なのに、国土の北辺にあり、冒険者のようなグルメニア教に所属していない戦力が助けに来る可能性が低い聖地では、なによりも事前の避難が一番有効だ。 (巫女頭こと、ヴェロニカ嬢の体を乗っ取っているライシーカが逃げ出すかはわからないけれど、まずは聖地を押さえられればそれでいい) 世界中の星を巡る流れが集散する場所である聖地をライシーカから奪い取れれば、いまよりもずっと良い環境になるはずだ。 翌日には、聖地に向かっていた巫女たちは引き返し、バニタスを含めた少数の大山羊車だけが聖地へ急行した。 「なるほど。巫女や護衛の宿舎は中腹にあって、本殿に当たる霊廟へ行くには、さらに山を登らなきゃいけないのか」 相変わらずギリースーツを被って、雪が残る山肌にへばりつきながら双眼鏡で観察する僕。 初めて見る聖地シャヤカー大霊廟は、思っていたよりもこぢんまりとした規模で、冬の間は完全に雪に埋もれてしまうのではないかと思われた。 (本領は地下なんだろうけど、何も知らない生身の巫女たちが住むには過酷だろうなぁ) さいわい、この辺りはまだ僕のスキルの有効範囲だが、ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションのマップには、霊廟を含む聖地周辺はエラーを出して空白になっていた。 「お?」 しばらくすると、バニタスたちが到着したことで動きがあり、霊廟に続く道を誰かが駆け上がっている。大山羊車が停まっている聖地の表玄関にも、中から出てきた人が増えてきた。 こうしている間にも、ダンジョンで封鎖されるかもしれない、閉じ込められるかもしれないという焦りがあるのだろう。バニタスが連れてきた人間はキビキビと動いているのが見える。 (まあ、スハイルとソルが、さんざん脅してきたみたいだからな。バニタスも都市封鎖のことは見聞きしているし。……教皇が聖都ソロイルに閉じ込められている以上、巫女頭に音頭を取ってもらいたい、旗印になっていてくれないと下が動けない、ってわかっているんだろうな) そんなことを考えながら伏せていた地面が少し揺れたような気がして、双眼鏡から目を離してそばの木に身を寄せて護衛していたハニシェを振り仰ぐ。 「なにか聞こえた?」 「害獣の声は聞こえませんでしたが、また雪崩かもしれません」 害獣の咆哮で雪崩が起きる事もあるが、山の高い所にはところどころに 「じゃあ、戻ろうか」 巫女たちが移動すれば、ラビリンス・クリエイト・ナビゲーション上の地図で動きがわかる。 一応、監視用の蜘蛛を置いておき、僕らは箱庭に戻ることにした。 ライシーカとの決戦が目の前に迫ってはいるが、準備はより一層入念にしなければならない。何事も、準備八割ってやつだ。 とはいえ、ライシーカや聖地の情報が少なすぎるので、まずは巫女たちが退去して“障り”が満ちるのを待って、偵察をしなければ。 (あ、そうだ……) 僕はふと思い立ち、聖地に“障り”が戻るのを待つ間、ライシーカの伝承や教皇国の建国記をおさらいすることにした。なにか、重要なヒントを見逃しているかもしれないからね。 |