120 正体見たり、転生者
ソルとスハイルが療養している間に、僕は必要な装備を揃えることに注力している。
『魔法都市アクルックス』で精神耐性を上昇させるアイテムを開発させると同時に、ソルとスハイル用の属性武器も新たに作らせた。 『背徳街カペラ』で開発した魔導銃を渡されたハニシェは、進んでハセガワのトレーニングを受けて、体力増強に努め始めた。 そんなハニシェを見たナスリンは、僕に【調理】のスキルが欲しいと言ってきた。僕の魚料理が美味しかったことや、ハニシェ達の体作りに役立ちたいと思ったそうな。ナスリンの料理に関する造詣が深まれば、赤子の時に栄養失調になっていたファラも、健やかな肉体を得ながら成長できることだろう。 僕はと言うと、ろくに運動もせず、最近は涼しいオフィスエリアで情報収集をしている。迷宮の外は夏なので、だんだん暑くなってきているのだ。 「やっと教皇国が動いたな」 琢磨から譲り受けたマジックアイテム『フェイネス新聞』には、僕が知りたい各地の動きが書かれている。 それによると、異世界人召喚の儀式を取り仕切っていたミシュルト大司教の要請により、ライシーカ教皇国から追加の兵員約百名が、リンベリュート王国へ送られてくることになったそうだ。 (追加部隊はミシュルト大司教の指揮下に入る模様……ふぅん、ミシュルトって、けっこうな有力者なんだな) 代わりの指揮者が来て、ミシュルトは教皇国に召還されて失脚するかと思ったのだけど、そうはならなかったようだ。教皇国に人材がいないわけではないだろうし、単純に人探しのための人員なのだろう。一応、儀式自体は成功させているので、完全な失態とまでは取られていないようだ。 ばさりとページをめくると、今度は『葬骸寺院アンタレス』に関するニュースが載っていた。 (ほう? ヘレナリオ家もマコルス家も、ヨーガレイド家の言う事を聞いたか) キャネセル領から、ヘレナリオとマコルスの領境にあるサムザ川の中州へ転移した『葬骸寺院アンタレス』だが、両家からの使者を受け入れ、少しずつ冒険者がダンジョンへ挑んでいるそうだ。 公方家のヘレナリオ家は、第一王女セーシュリー様が興した家だが、当人は床に臥しがちだし、夫はどこの公方家とも繋がりがない中立の家出身なので、明確な後ろ盾がない。しいて言えば、王家だろうか。 そんなわけで、手に入れられる力はなんでも取り入れたいという事情がある。僕を娘の婿にしようと考えていたっぽいしね。 ただ、キャネセル家が迷宮の入手に失敗しているので、ここでヘレナリオ家まで失敗して笑い者になるのは避けたい。それはマコルス家も同様で、もし自分だけ突出して迷宮に逃げられたら、ヘレナリオ家や王家から非難されかねない。そこで思い切って、寄り親の公方家だが、なにかと強権的なレアラン家の介入を退けて、ヘレナリオ家と歩調を合わせることにしたのだ。 迷宮への入場を唯一認められている冒険者とのつながりが強いヨーガレイド家と、『魔法都市アクルックス』と上手くやっているブルネルティ家に、両家は辞を低くして助言を乞うた。 その結果、ヘレナリオとマコルス両家は、『葬骸寺院アンタレス』と無難な繋がりを得て、冒険者経由で知識と富を得られるようになったそうだ。 僕としても、また迷宮都市を転移させて、わざわざ人里離れたところに出さなきゃならないよりは、こうして冒険者が出入りしやすい場所に置いて、頻繁に魔力を含んだ物を持ち出してくれる方が、ずっといい。 ロロナ様からも、ラムズス・ヨーガレイドとは喧嘩しないでほしいと言われているし、むこうが敵対しない限りは、むやみに手荒なことはしないでおくとしよう。 その次のページには、エル・ニーザルディアで貴族の派閥争いが激化しているとか、また木材が高騰しているだとか……そんな記事が続いている。 「うん?」 僕が目を止めたのは、セーゼ・ラロォナ国の記事だった。 内戦が終わって平和になっていたはずだが、今年も教皇国から巫女が派遣されたらしい。 (まだ落ち着かないのかな) ソルやナスリンたちが奴隷落ちしてリンベリュートまで来たという事は、もう末端の処理まで済んでだいぶ経つはずだ。多少は景気が上向いても良さそうなのに、まだ“障り”が出るほど、復興に手間取っているのだろうか。 (それとも、巫女派遣にかこつけて、なにか事情や仕組みがあるのか……) セーゼ・ラロォナ国はライシーカ教皇国の属国に等しいと聞いているが、教皇国がでっちあげた偽の稀人の子孫を始末するついでに起きた内戦後の影響は、詳しく知らない。また、巫女派遣がどのくらいの影響を及ぼすのかも具体的には知らないので、これからも幅広く情報を集めていかないといけないだろう。 最後に、オルコラルトで深海のテンタクルが新たな食材として注目を集め始めたというような、流行の文化などの軽い記事を読もうとしたところで、カガミがアトリエに駆け込んできた。 「失礼します! ボス、すぐ来て下さい!」 「なに、どうしたの?」 カガミの珍しく慌てた声に、僕は新聞を畳んでオペレーションルームに向かった。 「見張りがいなくなりました」 「お……おおお!!」 モニターに映っていたのは、荷物が積まれた無人の倉庫。 そこは、ミシュルトたちが教皇国から持ち込んだ物資の集積所であり、旅に必要な道具はもとより、稀人用のスキル鑑定機が保管されていた。 「見張りはどこ行ったの?」 「全員呼ばれているようです。おそらく、教皇国から増援が来る関係で、人員の再編などをするのではないでしょうか?」 カガミがメインモニターを切り替えて見せてくれたところには、たしかに教皇国の人間ばかりが集まっているようだ。 「カガミは彼らが何話しているのかも聞いておいて。ハセガワかダイモンはいる? 手伝って!」 駆けつけてきたハセガワとダイモンと共に、僕はリンベリュート王城の倉庫のひとつに扉を繋げた。 「えっと、どの箱だろう?」 積み上げられた木箱の中身は、背の低い僕では確認ができない。ハセガワとダイモンが手早く物資の山を探り、すぐに二つある鑑定機を見つけてくれた。 「さすがに箱ごとだとバレるか」 ひとつの木箱に二つ揃って入っていたけれど、大きな箱が消えていたら不審がられる。最初の予定通り、一つだけいただいていくことにした。 「よし、ずらかるぞ!」 木箱の山を元通りにして、鑑定機を抱えた僕たちは速やかにオフィスエリアに戻った。 「さっすが、ボス! 愛してる!」 むぎゅうと僕に抱き着いてきたイトウに鑑定機を渡すと、僕を放り出して部下たちと鑑定機を抱えて去って行った。相変わらずだな。 「旦那様。旦那様は、鑑定機がイトウに分解される前に、一度試さなくてよろしいのですか?」 「え? あ、そうだね。試してみよう!」 ハセガワに言われて、僕は慌ててイトウを追いかけた。 イトウのラボでは、ちょうど作動テストを始めようとしたところで、かえって「さあ、さあ」と鑑定機の前へと引っ張り込まれた。 転生者 ショーディー(善哉翔) 年齢:7 性別:男 クラス レベル 52 スキル 【環境設計】 「おっ……おぉっ!?」 「わぁお。危なかったねぇ、ボス」 驚愕して鑑定機を両手でつかんだ僕に、イトウはケラケラと笑い声を上げた。 いや、本当に、笑い事じゃないよ。こんなん、僕の正体バレるじゃん! 「スキル鑑定機が簡易版で、助かった……」 五歳の時に兄上と受けたスキル鑑定では、ほぼスキルしか見えない程度のものだった。いきなりこの鑑定機で鑑定されたら、僕の中身が稀人だって知られてしまっただろう。 僕のスキル【環境設計】が前代未聞であることは教皇国も知っているはずなので、リンベリュート王国に残っていたら、ミシュルトが確認のために、この鑑定機に僕をかける恐れがあったことに、いまさらながらに気が付いて震え上がった。 「……鑑定阻害の魔法とかアイテムとか、ないかな?」 「【隠蔽】とか【偽装】のスキルはあるんじゃない? 魔法で近いことができるかはわからないけど」 「アイテムへのスキル付与か……」 スキルスクロールが作れるんだし、不可能ではないだろう。 「オーケー、やってみる。あ、この鑑定機、分解して元に戻らなくても、また機会があればかっぱらってくるから。遠慮しないで壊していいよ」 「やったー! ありがとう、ボス!」 教皇国産の実物があれば、迷宮の鑑定機もバージョンアップできるだろう。 シロたちが持っている記録や記憶だけでは、どうしても限界がある。ライシーカの魔法の根源まで突き止められればいいが……。 (イトウには頑張ってもらおう) 面倒くさいことの大半は、部下に丸投げする僕なのであった。 |