119 女がハジキを持つ時


 療養中のソルとスハイルを見舞いがてら、僕とハニシェが訪れたのは、『背徳街カペラ』にある組事務所・・・・
「「「「「おかえりなさいませ、組長オヤジ!!」」」」」
「それ、なんとかなんないかなぁ……」
 居並ぶ派手なスーツ姿たちに中腰で頭を下げられ、僕は遠い眼差しになる。お子様に向かって、オヤジはないだろうに。
「堪忍してくださいな。私らにしたら、貴方様は真実、親なんですから」
「そーかもしれないけどー。こう、絵面的にね?」
 任侠映画に金髪美少年が出てきたら、身代金目当てに誘拐されてきた子供かと思うじゃない。
 納得はできないとむくれる僕を見て、クスクスとたおやかに笑うのは、『背徳街カペラ』を取り仕切るサクラ姐御。紬の着物を着こなした妙齢の御婦人なのだけれど、子分どもをまとめて戦争できる能力は積んである。
 サクラの案内で、応接室に通される。正面の壁には額縁が掲げられ、達筆な筆文字で『金剛会』と書かれていた。
 サクラと僕が差し向かいでソファに座り、僕の後ろにハニシェが控えた。僕とサクラの間にあるテーブルには、白いレエスのテーブルクロスに、昭和の昔によく見た、鈍器に等しい重さのガラス製灰皿が真ん中に置いてある。
(規制されてから、もう鉛入りのクリスタルガラスは売ってないんだよなぁ)
 カットは綺麗だが、ギラギラと光を反射する様は、どこか威圧感がある。こういうのは、雰囲気が大事だからね。
 ささっと子分が出してくれた緑茶を一口すすり、まずは町の様子をたずねた。
「冒険者は来た?」
「いいえ。みなさん、上には行っているようですが、下にはまだまだ気が付いていないようですよ」
 『栄耀都市カペラ』には、豪華なホテルもレストランも劇場も賭博場も、各種取り揃っている。さらに町の中央には、どでかいタワー型の専用ダンジョンもあるので、アンダーグラウンドに相当する『背徳街カペラ』には、まだ気が付いていないらしい。
「とはいっても、上で身を持ち崩したら、問答無用でこちらに落とされますし、時間の問題ではないでしょうか」
「そうだね」
 真面目にダンジョン探索をしていれば金を稼げるはずだが、『栄耀都市カペラ』には、それ以上に金を使える施設や高価な物品が多い。ギャンブルにはまれば、あっという間に借金まみれになって、首が回らなくなるだろう。
 しかも凶悪なことに、普通の金貸しに混じって、『背徳街カペラ』の闇金が、何食わぬ顔で店を構えているので、他で借りられなくなった多重債務者が、優先的に『背徳街カペラ』へ落ちる道へ足を踏み入れることになる。
 当然のことながら、カペラで借金をした者は、返済を完了するまで町の外に出られないし、怖い借金取りに捕まれば、迷宮での強制労働なり人権や生命を売るなりが待っている。返済途中で死んだら死んだで、これまたダンジョンで強制労働なので、どちらにせよ逃げ道はない。
 煌びやかさに目を潰されないよう、実体のない虚構を掴まぬよう、己を強く律した用心深い者だけが、誘惑を退けて探索者として成功できる。それが、二重都市デュエットカペラだ。
 さらに、『背徳街カペラ』には、債務者の行先という役目ばかりではない、別の大きな面も持っている。
「強制労働区画は別として、純粋なダンジョン探索者は、とうぶん来ないか」
「そもそも、それなりのレベルでないと、出入りできませんから」
 『背徳街カペラ』には、『栄耀都市カペラ』とは別の専用ダンジョンがある。こちらは高難度であり、推奨レベルは四十以上となっている。
 僕や僕の従者たちなら探索可能だけど、他の冒険者では難しい。アクルックスやアンタレス、そして『栄耀都市カペラ』のダンジョンでレベルを上げた者ならば、挑戦できるだろう。
「ご歓談中のところ、失礼しやす! 姐さん……」
「お通しして」
「へい!」
 サクラに耳打ちした子分と入れ替わりに、すぐに室内の人数が増えた。金属製のトランクを抱えた職人たちだ。
「ご注文の品です。ご確認ください」
 サクラの促しで、僕の前にトランクが広げられ、中からごついショットガンやライフルが出てきた。
「ふおぉぉ! かっこいい!!」
 もちろん、地球で言う銃火器とは少し違う。これは魔法を撃ち出す銃だ。
 ゲームの『GOグリ』では、『背徳街カペラ』は『栄耀都市カペラ』とちがって、要警戒エリア……PvP対人戦闘が可能なエリアに分類されていて、さらに銃器を扱えるクラスへの転職が可能な町だった。
 ただ、亜鉛がレアメタルなこの世界では、たとえ銃を作れたとしても、弾丸の薬莢を作る真鍮にかかるコストが莫大なため、現実的ではない。一発で一億とか二億とか、かけられるはずがない。魚雷じゃねーんだから。
 そこで、火薬で鉛玉を撃ち出すのではなく、魔法で弾丸を弾き出すレールガン方式か、魔法で魔法を撃ち出すグレネードランチャー方式な道具としての銃を開発することにしたのだ。
「えっと、触ってみていい?」
「どうぞ」
 トランクを開けてくれたガンスミスのアルカ族が、とりあえずショットガンを出して僕に持たせてくれたけれど、かなり大きくて重い。
「むおぉ、ずっしり重くて大きい。僕の手には余るな」
「すみません。小型化は、もう少し時間をいただきたく」
「かまわないよ! むしろ、少しくらい扱いづらい方が、この世界の人間にはストッパーになるって。それに、僕の体が、まだ小さすぎるんだよ」
 いまだに七歳の僕の手では、グリップを握り込むこともおぼつかない。一般人よりも高レベルなおかげで、重い銃を持ち上げることはできるけれど、発射の衝撃を支えられるかというのは別問題だ。
「……ああ、やっぱり僕の体じゃ、構えるのも大変だ」
 ストックを肩にあてようとすると、全体的に引っ張られて、手はつりそうだし、照準を覗き込むこともままならない。
「うーん、ハニシェ、ちょっと持ってみてもらえる? 重いかな?」
「失礼します」
 丁重な手つきで僕からショットガンを受け取ったハニシェは、「少し重いですね」と言いつつも、アルカ族に指導されながら構えた姿は、なかなか様になっていた。
(いいね! 銃を持ったメイドさん、大好物だよ!)
 個人的な嗜好に顔がだらしなくなりそうだったけれど、さすがにこんなにでっかい銃を街中で持ち歩くのは、ちょっと無理だ。銃身がまだ太いので、日傘にカモフラージュするのも難しいだろう。
 魔導銃は、銃としての構造の他に、発射機構に魔法陣の知識が要求されるし、弾丸に魔法を詰めるなら、その技術も必要だ。つまり、鍛冶師というより、魔道具を作る職人に近い。
 もちろん、分業すればいいのだが、コンセプトデザインから製造、最終調整まで、一貫して面倒をみられる名匠が必要だ。
「素晴らしい。この調子で頼むよ、トヨカズ」
「はっ。恐悦至極に存じます」
 エクストラスキル【魔導銃器製造】を与えたトヨカズには、この後も、連射が利く機関銃や、小型のハンドガンタイプも開発してもらう予定だ。そして、サクラたち金剛会には、トヨカズたちガンスミス集団を護衛するという、重要な任務も与えている。
「試射できる?」
「もちろんです」
 組事務所に隣接した地下の射撃場に移動して、ハニシェにそれぞれの銃を撃ってもらった。命中率はまだまだだけど、威力としては申し分ない。低位魔法が込められた弾丸も、ちゃんと発動していたので、こちらも威力と精度を上げていけば、十分に旧ニーザルディア領や高難度ダンジョンで通用するだろう。
「女がハジキを持たないかんなんて。男どもは軟弱すぎではありませんの」
「まあ、まあ。ミストの攻撃は、この世界の住人には致命的だって、僕も知らなかったからね」
 サクラ姐御が眉間にしわを寄せるが、寝込んでいるソルとスハイルには、まだもう少し休養が必要だ。僕の体格では試射ができないし、今回は仕方がない。
 ミストにはなるべく触らないで進みたいが、そうも言っていられない場合があるだろう。備えはちゃんとしてかなきゃいけない。
 試射を重ね、そのたびにガンスミスたちと言葉を交わしていたハニシェが、ふとこちらに向き直った。
「……坊ちゃま、欲しいスキルが決まりました」
「へ?」
 まさかこの流れで……と冷や汗を感じた僕の嫌な予感は、ばっちり当たってしまった。
「ハニシェは、この銃という武器を、十全に扱えるスキルが欲しゅうございます」
「あ、あちゃぁ……」
「ダメでしょうか?」
 しょんぼりしたハニシェに向かって、僕は首を横に振った。
「ダメじゃないよ。ただ、どうしてかなって。僕は今のハニシェに、十分満足しているんだ」
 僕の二次元的な好みとしてはドンピシャなのだけれど、そもそもハニシェに戦闘用スキルを積んで戦わせる覚悟ができていなかった。ダンジョンで多少レベル上げをしているとはいえ、そもそもハニシェは、ただの侍女なのだ。
「もちろん、害獣や魔獣と戦うには、力が足りません。専門家のソルさんやスハイルさんがいてくれます。でも、私も坊ちゃまをお守りしたいのです。エル・ニーザルディアのような、傍若無人な方々がいる場所に行っても、女だからと舐められて、坊ちゃまの足手まといになりたくないのです」
 それは暗に、僕の敵ならば人殺しもいとわないという覚悟の表れだった。
「……僕は、できればハニシェに、血生臭いこととは無縁でいて欲しいと思っているんだ。だからね……ハニシェが自分の身を護るためにも使うというなら、そういうスキルをあげるよ」
「ありがとうございます、坊ちゃま!」
 晴れやかな笑顔のハニシェに、エクストラスキル【魔弾の射手の心得/極】を作ってあげたのは、僕が甘いからだろうか……。