072 生身の女には興味がないのよね
母上が到着してからというもの、のんびりした雰囲気だったカレモレ館は、
(実家にいる様な安心感というか、学校にいる様な規律を感じるというか) まあ、母上がなんでも取り仕切って、シャキシャキ事が進んでいくので、僕は大人しくそれを眺めている。 僕が知っている情報をそっくり提供したら、到着した次の日から、怒涛の勢いであちこちに手紙と遣いを出して、挨拶まわりというか、挨拶されるスケジュールを埋めていっている。その中には、冒険者・運輸・職人の各ギルドや、カレモレ館の持ち主であるアレイルーダ商会とのものもあった。さすが母上。 母上がマリュー家の令嬢だった頃の御用商人にも遣いを出したが、反応は半々といったところらしい。 「ショーディーが言っていたように、商業ギルドの手が回っていることと、わたくしよりもエレリカに付いた愚か者がいるようね。いいでしょう」 そう呟いた母上が、容赦なく取引先を選別して切り捨てていくのを物陰から見て、僕は震えあがった。 (オラディオおじいさまの娘なだけはある) 怒った母上は、とっても怖いのだ。 「母上、おばあ様に会いに行かないんですか?」 「行きますよ。ただ、少し準備が必要なのよ」 普段はあまり笑顔にならないのに、生き生きとした怖い笑顔を浮かべた母上は、きっと一気呵成にマリュー家を掌握する気なのだろう。そのための下準備中という事だ。 「甥たちには、本当に困ったこと。まさか、従兄弟の侍女にまで手を出そうとするなんて…… ハニシェが乱暴されそうになったことも伝えてあるので、マリュー家の子息たちに対する母上の評価は最も厳しい。母上の眉間にギリギリと皺が寄っていき、それを見ているだけで、別に怒られているわけでもない僕までハラハラしてしまう。 マリュー家に関しては母上に全部お任せなので、もう僕が心配することはない。ただ、ブルネルティ領にいた頃は、母上が同じくらいの貴婦人たちと話しているのを見たことがないので、夜会に頻繁に出入りしているらしいエレリカ伯母上の方が有利なんじゃないかと思う。 「母上も、夜会に行かれるんですか?」 「まさか。貴方のお父様もいないのに、誰にエスコートしてもらうのです? 根回しや噂話なんて、昼間のお茶会で十分ですよ」 言われてみれば、母上の言う通りだ。 (えー。伯母上は一人で夜会に行っているみたいだけど、どういう評判なんだろう? 男のお友達と一緒なの? 既婚者なのに? うわぁ) あのフワフワとした話の通じない伯母上なら、まったく気にしないで夜会を楽しんでいるところが想像できる。ドン引きだ。 それから、遠回しにルジェーロ伯父上の結婚に関してたずねたら、意外なことに、母上は伯父上がゼーグラー家と交わした誓約に関して知っていた。 「どういうことですか? ぼくが聞いた限り、おじい様がお許しになるとは思えませんが……」 「子供が気にすることではないのだけれど……いいえ、ショーディーなら理解できるかしら」 ルジェーロ伯父上は派手な物が好きという噂だったが、それ以上に 「ゼーグラー家って、そんなにすごいお家なんですか!」 「由緒正しい家柄ではあるわ。ニーザルディア国時代に、公方家のひとつであるレアラン家から分かれたのよ。ただ、ニーザルディアが分裂した際に、ずいぶん力を落としてしまって、最後まで持っていたのが、難解すぎて死蔵されていた絡繰りの知識だそうよ。なんでも、人の手を使わずに、勝手に動くらしいの」 僕は思わずのけぞってしまった。それはもしかして、機械工学とか物理工学とか、そういう分野の知識ではなかろうか。 「では、その知識と引き換えに、エレリカ伯母様の面倒を見るように、と……?」 「そういうことね。エレリカお義姉さまも綺麗な方だから、お兄様も了承したのでしょう。お父様は、マリュー家の存続には、あまりこだわらない方だったから……お兄様の好きにするようにって」 「そうだったんですね」 欠けていた大きなピースが嵌ることで、だいぶ情報も集まってきた気がする。 「だからこそ、おかしいと思ったのよ。あのお兄様が愛人を作って家を出るなんて。お兄様と一緒にいるはずの人の、具体的な情報がないってショーディーが言ってくれて、すぐに察したわ。家に居られない、なにかがあったのでしょう」 母上の予想では、メイド長だったラナリアが見たという、「豪華なドレスを着た女」も、ルジェーロ伯父上のコレクションではないかとのことだった。 「そんなに人形が好きなのに、マリュー邸の使用人たちは全然言っていませんでしたよ?」 「お兄様は絡繰りを考えるのも好きで、自分で設計図を書いて、家具職人に作らせているの。隠し棚を作ってみたり、特定の方法でしか開かない引き出しを取り付けてみたり……。陶器人形は高価な物だし、全部その中よ。普段は目に触れないから、使用人たちも知らない者が多いんじゃないかしら」 「すごいですね」 前世でそういう仕掛けがいくつも入った家具を見たことがあるし、壁が隠し扉になっている家の設計図も見たことがある。だけど、素人がその仕掛けを考えたって言うんだから、伯父上自身が、相当な絡繰りマニアなのだろう。 (もしかして、派手好きっていうのも、マジックとかイリュージョンみたいな 噂なんて、その人の主観でどうにでも印象が変化してしまう。やはり、肉親である母上に聞いてよかった。 「ぼくは伯父上が伯母上に一目惚れして結婚したって噂で聞いたので、伯母上が浮気してアレッサンドとカルローを生んだから、伯父上も浮気したのかと思っていました」 「まぁ……そんなことまで。この小さなお耳には、大人の会話よりも音楽がお似合いでしてよ」 母上の指にきゅっと耳を引っ張られてしまったので、子供の姿であまり生臭い事は言わないようにしよう。 「でも、お兄様でも身動きが取れない事態になっているのなら……ショーディーの知恵を借りることになるかもしれないわ。不甲斐ないこと」 「いいえ。ぼく、きっと母上と伯父上のお力になります! それに、伯父上の陶器人形も、見せてもらいたいです!」 「ありがとう。お兄様の陶器人形は、それは綺麗よ。……だいたい、お兄様は生身の女には興味がないのよね。お兄様のお部屋には、絡繰りの設計図と陶器人形のコレクションしかないのだし、愛人なんかいるはずないのよ」 「はい?」 ため息交じりの呟きを残して母上は行ってしまったが、なんだか、ものすごく癖の強い情報を余分に得てしまった気がする。 (伯父上、フィギュアオタクだった?) ドール蒐集家と言えばいいのかもしれないが、プラモデルやフィギュアを可動式に改造して楽しんでいる人に思えて仕方がない。 とにかく、伯父上の家には、僕も連れて行ってもらえることになったので、伯父上のコレクションを見せてもらうとしよう。ちょっと楽しみだ。 |