064 教皇国の属国と稀人


 当然あるべき情報の欠けが、ルジェーロ伯父上の像をぼやけさせていくようだ。
「……ぼくたちが知らないだけで、なにか事情があるのかもしれない。使用人たちにすら知られないようにするほどの」
「そんなに秘密にする理由があるのかなぁ? マリュー家の相続に関係するでしょう?」
 考えすぎではないかと肩をすくめるイトウに、ダイモンが口を挟んだ。
「マリュー家には、まだイリア刀自とじがいらっしゃる。当主のみが知っていることがあっても、不思議ではないでしょう」
「うん……。この件については、もう少し慎重に調べてみよう。カガミ、伯父上がいま住んでいる家と、ラナリアの家族が住んでいる家の場所は、わかった?」
「はい。こちらが、カレモレ館からの地図です」
 伯父上が住んでいるのは、意外にもカレモレ館からそう離れていない、四番通りの貴族街寄りにあった。ラナリアの家族の家は、城壁を越えた下町になるが、七番通りの近くで、やはりマリュー邸に行きやすそうだ。
「ぼくは知らなくても、母上がご存じの情報もあるかもしれない。あまり決めつけずに……それから、伯父上に余計な警戒を与えないように、そうっとやっていこうか。伯母上と従兄弟たちには、もう触れないようにしよう」
 マリュー家に関する方針を決めて、側近たちの了承が得られると、僕は次の話題に移った。
「教皇国が売っている奴隷について、なにか情報ある?」
「いえ、目新しいものは特にありません。ボスがウルダンやポルトルルから聞いたことがほとんどです。ただ……今回、リンベリュート王国に持ち込まれた奴隷の多くは、セーゼ・ラロォナ王国出身者ではないか、という予想がたてられます」
「セーゼ・ラロォナ!? また、ずいぶん遠い所だな……」
 カガミが言ったセーゼ・ラロォナ王国は、僕がいるリンベリュート王国とは、大陸の反対側に位置している。ただ、国土はそんなに大きくなくて、教皇国とすごく仲がいいということは、聞いたことがある。
「ほぼ、ライシーカ教皇国の属国ですね」
「きな臭い話になってきたな」
「はい。教皇国のスパイが紛れ込んでいる可能性は否定できません。ただ、それ以外の、本物の奴隷たちについては、興味深い経歴が付いているかもしれません」
 カガミの説明を、ヒイラギが引き取っていく。
「セーゼ・ラロォナ王国は、前々回の異世界人召喚の儀式の実施国です。そして、王族に異世界人の血が混じった、と喧伝されています」
「それホント!? 地球人と子供出来るの!?」
「いいえ」
 ずっこけた。
「なんだ、違うのか」
「公には、当時の王女との間に、黒髪の子供が出来て、王族に名を連ねました。ただ、シロが持っている情報には、稀人の子だという事実がありません。黒髪の王子が生まれたのは稀人が亡くなった後で、その稀人も召喚直後から病に苦しんで、あっという間に亡くなったそうです。おそらく、適当な黒髪の男を連れてきて交わったと思われます」
「……なるほどね」
 大々的に儀式を行ったのに、ろくに利用できないで稀人を死なせてしまったのだ。なにかしらの成果がなければ、メンツが立たないだろう。
 一発でほぼ子供ができるこの世界の常識なら、初夜だけでイケましたって言っても、あまり不自然には思われない。
「ここからの話なのですが、その黒髪の王子が稀人の子ではないと知っている人間がいます」
「それが、奴隷たち?」
「いいえ。セーゼ・ラロォナ王族と、ライシーカ教皇国の上層部です」
「教皇国は知っているんだ!?」
「はい。そもそも、この事は教皇国主導で行われたようです」
 ヒイラギとカガミが解説してくれたところによると、教皇国建国六百年の節目にあたり、教皇国の肝いりで、盛大な準備と宣伝がされていたそうだ。当然、動員された魔法使いも多かったのだが、実際の儀式ではほとんど全員が魔力枯渇で殉死し、しかも召喚できたのは男性一人だけだったようだ。
 どうして、よりにもよって、そんな大爆死になってしまったのか。
「……そうか、燿石ヨギロ製品のせいか」
 コロンの鉱山でのことを思い出した僕に、カガミが深く頷いた。
「おそらくは。先ほども言ったように、セーゼ・ラロォナ王国はライシーカ教皇国の属国扱いであり、一方的な搾取が横行しています。ですが同時に、教皇国の技術供与は、他国の比ではありません」
 燿石の活用方法は聖ライシーカがもたらした超技術だが、魔力と猛烈に相性が悪い。それを知らずに儀式を行ったものだから、せっかくの魔力が無駄になり、本来発揮されるべき効果が得られなかったのだろう。
 召喚されてきた男性が、すぐに亡くなってしまったというのも、高濃度の放射線を放つ燿石製品がまわりにあったのなら当然だ。本当に、召喚されてしまった稀人にとって不運だったとしか言いようがないし、そんなことに巻き込んだこの世界の人間には憤りを禁じえない。
「……ふん。ライシーカの技術で相殺してしまったなんて、皮肉だな」
「始祖のライシーカが魔法使いだったのに、教皇国に稀人召喚に関する魔法使い以外に魔法使いがいないのは、話題にしてはいけないタブーだそうです。表向きは、聖ライシーカに敬意を表すためとされているようですが、結局のところ燿石を使った道具が溢れているからでしょう」
「教皇国で召喚儀式をしないのは、後進国に栄誉をっていう建前で、本国に魔法使いがいない現実問題があったのか。というか、教皇国にいるのは正確には魔法使いじゃないんじゃないの? 召喚儀式学者って言おうよ。【召喚魔法】なんてスキルは、ラビリンス・クリエイト・ナビゲーションでも見たことないよ」
 たとえば、モンダート僕の兄上のような魔法スキルを持った人間が現れたとしても、教皇国では魔法を使うことができないのだ。うがった見方をすれば、スキル鑑定技術のある教皇国で魔法スキル持ちを見つけたら、国外で育てて、召喚儀式に使う道具にしているのかもしれない。
「話を戻しますと、ボスが言った大爆死に、なんとかしてプラスの印象をつけなくてはなりません。セーゼ・ラロォナ王国だけを切り捨てるには、教皇国が後押しをし過ぎていました」
「景気よく投資したのに元が回収されないなら、せめてメンツだけでも保たないといけないわけだ。それで……この世界の人間との子供が作れる稀人を特別召喚したために、犠牲が多くなった、とでももっていったのかな」
「そのとおりです」
「無茶苦茶だな、おい」
 僕はこめかみを揉んだけれど、話はこれで終わりではない。
「それで、その黒髪の王子様は、まだ生きているの?」
「いいえ。結婚して子供もいましたが、王位継承争いに巻き込まれて、家族全員殺されています。殺した方も、稀人の血に対して不敬であると、教皇国に処刑されていますが」
「……まあ、利用するには、リスクが大きすぎるか」
 結局、失敗を隠蔽するための張りぼてに過ぎない。グルメニア教の原理主義者からすれば、稀人の子孫を騙る方が不敬でもあるし、あちこちにバレる前に、しれっと処分したのだろう。
「今回、リンベリュート王国に持ち込まれた奴隷たちは、その王位継承争いで負けた陣営に属する人たちのようです」
「おう……そこに繋がるのか。たしかに、教皇国の言葉がわかる人が多そうだ」
 王位継承争いで負けたというからには、それなりの身分の人に仕えていたとか、たまたま近くにいて巻き添えにされた技術者とか、親が戦死して残された子供だとか、そういう人が多いかもしれない。つまり、何かしらの特技や手に職を持っていた人が多く、単純に犯罪者と言える人は、ほとんどいないはずだ。
「雇い入れるには、失敗が少なそうだな」
「はい。そこにポルトルルの助言が入るのならば、まず間違いはないでしょう」
 カガミの結論に、僕も大きく頷いた。セリの日が楽しみだ。
 それから、いくつかの話をして、ミモザの警備体制の話になった。
 現在、僕は王都リーベにいるし、迷宮経由ですぐに帰ることはできるんだけど、しばらくは地上であちこち回る予定になっている。そうしないと、ダンジョンを出現させられないからね。
「ミヤモト、期待には応えられたかな?」
「はいっ! みんないい子で、毎日とても楽しいです」
 ハセガワやミヤモトから、農業などの勉強をするために、元冒険者も出入りするようになったミモザの警備について、相談を受けていた。
 たしかに、シンをはじめとした武器を所持したアルカ族が警備をしているけれど、あんまり増やしても物々しいというか、逆に緊張感が増えてしまう。そこで、ミヤモトから提案があったのは、警察犬のような、動物の採用だ。
 この世界では、現在“障り”のせいで、家畜以外にペットと言える愛玩動物が存在しない。でも、迷宮の中でなら、僕が犬や猫の姿をした準アルカ族を創ることができる。
「たしかに小動物なら、監視カメラの役目も果たしてもらえる。いいアイディアだったよ」
 現在ミモザだけでなく、アクルックスにも、警備犬の他に、魔力で作られた猫や小鳥が放たれている。外来者が増えれば増えるほど、こういった監視の目は必要になるだろう。
「稀人が住む予定のタウンエリアでも、こういう動物は入れておきたいね」
 希望する人には、ペットとして身近に置いてもらえれば、いくらかの慰めになるかもしれない。
(……本当に、理不尽だ)
 いままでに召喚されて、なすすべもなく死んでいった稀人たちのことを想うと、僕は喉が締められているような息苦しさを感じるのだった。