056 筋肉で解決できない事はあんまりない


 ポルトルルの勧めに従って奴隷市には行くつもりだけれど、その前にやることがいくつかある。
「先に屋敷を用意しないと、奴隷を引き取れないから、そっちが先かな。それから、急いで父上たちに手紙を届けたいんだ」
「手紙の配達なら、冒険者ギルドでもいいですが、運輸ギルドが速達をしていますよ」
「え、そうだったんだ」
 この世界には、まだ郵便制度がない。その都度、使用人を向かわせるか、関係の深いギルドに頼むことになる。単純に、都市間の安全が保障されないのと、運ぶ人間自体に信用がないからだ。それに、費用が結構かかる。
「では、これからご案内しましょう。むこうのギルド長の紹介もしたいですからね」
「そうなの?」
「ええ、会いたがっていましたよ。なにしろ、荷車の改良は、運輸ギルドの永続的な課題ですからな」
 ポルトルルが立ち上がるのに合わせて、僕もマントを手に取った。
(なるほど。運輸ギルド自体はアクルックスと関わりが薄いけれど、職人ギルド経由で、そういう利益が発生するのか)
 運輸ギルドは国内外の物流を一手に引き受けることで、各地の税関をまとめて通したり、領主間や商業ギルドの内輪もめを軽減させることに一役買っていたりする。都市間を往来する相乗り大山羊車も、運輸ギルドの管轄だ。
 大積載用の荷車や、悪路に強い荷車なんかの試作品やアイディアは、いつでもウェルカムなんだとか。
 僕たちは階下で待っていたウルダンを引き連れて、まずは運輸ギルドの本部をたずねた。
「やあ。ルドゥクはいるかな? あいつが会いたがっていたお客様を連れてきたよ」
「いらっしゃいませ、ポルトルル様。ギルド長は……」
 と受付嬢が言いかけた時、ウエイトリフティングの選手のように、筋肉隆々な大男が、奥からズシンズシンとやってきた。室内でもけっこう寒いはずなのに、だいぶ薄着に見える。
「来ました」
「おうっ、ポルトルルじゃねーか! どうした、どうした!」
 その声は、体格に見合って太くてでっかい。建物全体にビリビリと響くようだ。
「君が会いたがっていた、ブルネルティ家のショーディー様をお連れしたよ」
「なにぃっ!?」
 大男の視線が、高さの関係で最初はウルダンに行ったけど、すぐに首を横に振られたので、しばし探すように首を動かしたのち、ポルトルルの足元にいる僕の頭にとまった。
「こんにちは! ぼくがショーディーだよ!」
「おおぉッ!!! こんなにちっこいナリで良く来た! あ、じゃねえ。……自分は、運輸ギルド長、ルドゥクと申します! ショーディー様、ようこそ、いらっしゃいませェ!!」
 ルドゥクの声に負けないよう、元気に声を張り上げたつもりだったのだけど、それ以上の大声が風圧を感じさせるほど降ってきた。
 そして、僕はひょいと抱きかかえ上げられ、丸太よりも太そうな腕に座らされてしまった。
「わぁ、高ぁい!」
「なはははは! お前さんのおかげで、うちとラズビーのとこは大儲けよ! 毎週のように、新しい機構案と設計図が送られてくるんだぜ? 荷車を作る方が追いつかねぇや!」
「ラズビー?」
「職人ギルドの長ですよ。本当はラズベンダリラという名前なのですが、長いので」
「ほうほう」
 首を傾げた僕に、ポルトルルが教えてくれた。
「おうよ。そこで教皇国の商人が奴隷市を開いているだろ? はじめはな、あいつらの荷車を、よぉっく観察するつもりだったんだ。教皇国の技術は、少しでも取り入れたかったからな。ところがよ……」
 太い首が笑いをこらえて鳴り、僕の目の前で怪獣のように白い歯が剥き出しになった。
「やつらが来る前に、ラズビーが同等以上の部品を作って持ってきやがったのよ! おっどれーたのなんの! それ使った荷車? いままでのモンは全部お払い箱よ!」
 わーっはっはっは、と上機嫌に笑うルドゥクの声に、僕の耳はダメージを受けつつあったけれど、迷宮産の知識や技術が役に立ったようで嬉しく思う。ふむ、やっぱり教皇国に独占されている知識の普及は、間違ってなかったな。
「これで、抹香くせぇ坊主どもに嫌味を言われることも、その下でヘコヘコしてやがる腐れ商人どもに見下されることもねえってこった!」
「うふふ、よかったね」
「ああ! これも何もかも、ショーディー坊ちゃんが迷宮とナシ付けてくれたからよ。本当に感謝している。ありがとうよ」
 大きな手にくしゃくしゃと頭を撫でられたけれど、力が強すぎて、首がもげるかと思った。
「ルドゥク、ショーディー様が御父君宛に速達を出したいとのことで来たのだが、今日出せるだろうか?」
「お? もちろんだ」
「ほんと? これを、父上に急いで届けて欲しいんだ」
 僕は肩掛け鞄から、分厚くなった封書を取り出した。蝋引きされた包み紙で厳重にくるみ、ガッチガチにひもで縛って、ブルネルティ家のスタンプで封印されている。
「任せな。羽蜴獣ジャビアなら、ブルネルティ領まで二日で着くさ」
 ジャビアという生き物は、旧ニーザルディア国では一般的に使われていた獣で、極彩色の羽毛が生えた小型恐竜を思い浮かべてもらえれば、大体姿形は似ている。見た目は派手だが、基本的に草食で、草や木の実を好んで食べるそうだ。ただ、ほとんどが害獣化してしまい、現在は個体数が激減している。
 荷車を引っ張るようなパワーないが、大抵の馬よりも速く、持久力もあることから、騎兵の乗り物の中でも、伝令兵の乗り物として有名だ。王都周辺にいくつかある広い牧場で管理され、有事があれば従軍するが、ふだんは運輸ギルドの速達を担当しているらしい。
「すごい! ぼく、王都に来るまでに、十日もかかったんだよ」
「はっはっは。羽蜴獣は馬や大山羊と違って、力はないが、昼でも夜でも、ずっと走っていられる生き物ですからな」
 ルドゥクは僕を降ろすと、手紙と料金を受け取って、運輸ギルドの職員に速達の指示を出した。これから僕の手紙は、速達専門にしている羽蜴獣騎手に渡されて、明日の夜……遅くとも明後日の朝には、父上の元に届けられるそうだ。
 運輸ギルドに所属している羽蜴獣の騎手は、騎乗の上手さは当然のこととして、熟練の冒険者に劣らないほどに強い。そうでなければ、襲ってくる害獣を振り切れないからだ。
 ちなみに、羽蜴獣の速達を、道中の領主や衛兵が自分勝手な理由で止めることは法律で禁止されており、襲撃なんかしたら問答無用で死刑になるらしい。これは、軍の伝令となった時に、余計なトラブルになるのを避ける予防にもなっている。
「これから、どっか行くのか?」
「実は、商業ギルドに物件を見に行くところで」
 ポルトルルが答えると、ルドゥクは吠える前の猛獣のように顔をしかめた。
「俺も行くぜ! 俺とポルトルルが一緒なら、いくらボニファーズが圧力をかけたって、職員はそれなりものモン出さざるを得ないだろうよ」
「君なら、そう言うと思いました」
 上着を取ってくると言って、ルドゥクは走っていった。
「ボニファーズ? 商業ギルド本部って、そんなに怖いの?」
「ボニファーズは商業ギルドの長です。……そういえば、ショーディー様はダートリアの創設には、深く関わっていないのでしたな」
 ポルトルルに言われて記憶をたどり、ギルド同士のあまりのまとまりのなさに、ライノが投げ出したという話を思い出した。
「あー、そういえば。たしか、ライノに代わって、メーリガがまとめたんだっけ?」
「そうです。アクルックスには冒険者しか入れませんが、職人ギルドに所属している職人で、納品と審査に合格できた申請者には、研修用に冒険者ギルド証を発行しております」
 冒険者ギルドに所属した冒険者には、一定のノルマが課せられる。一年間に規定の害獣駆除をおこなわないと、冒険者身分が失効するのだ。
 職人や商人が冒険者証を持つこともできるが、ノルマは変わらない。そこで、アクルックスに入場したい職人たちには、面接審査と共に、武器防具をはじめとした物資、あるいは職人が作る設備を、冒険者ギルドに一定数納付することで、短期資格を貸与することにしたのだ。
 冒険者ギルドとしては、害獣討伐に直接関わらなくても、物資の支援を確保できるだけ、十分に利益がある。また、アクルックスで技術を吸収した職人たちが、より良い物を作ってくれるという見込みもある。
「それに参入しなかったのが、商業ギルドです。端的に言えば、アクルックスは商業ギルドにとって旨味が少ないのです」
 そもそも、僕が稀人の知識を誰かに独占させる気がなく、迷宮産の品々は確かに高性能だが、エン高過ぎて商人にも手が出しづらかった。迷宮外では教皇国から広まった品が市場を占領しており、そこに販路を開拓するには、価格の他にグルメニア教や信心深い貴族や領主から睨まれない、という条件もあったのだ。
「商業ギルドとしては、リスクを取ったわけか。いまとなっては、父上の後援が得られそうな案件だったのに」
「いまのところ、ダンジョンでドロップされた品のほとんどが冒険者同士で売買され、迷宮の技術や知識は、職人ギルド経由で少しずつ世に広まっている状態です」
「自分たちの判断で、自分たちだけ旨味から取り残されてんだ。それを、俺たちに難癖付けるのはスジが通らねえ!」
 戻ってきたルドゥクは大きなマントを羽織り、まるで世紀末拳法家伝説みたいな格好になっている。
「ショーディー様よ、ここは俺たちに任せてくれや」
「ルドゥクの言う通りです。貴方に不埒な真似はさせません」
 二人の実力者が味方に付いているのは心強い。だけど、それ以上に二人から、なんかオーラが立ち上っているような気がする。
「不当も不正も、国中に物資を運んできたこの筋肉ボディが、許さねぇッ!!」
 僕はコクコクと頷いて、同じくちょっと蒼褪めているウルダンと手を繋いだ。
 ここに、僕以外にも普通の人がいてくれてよかった。