045 和解というには複雑な


 知りたくなかったけれど、知らないままだったら、致命的な失敗の原因になりそうなことを知った僕たちは、言葉少なく元来た道を戻った。
「もう、どこまで行っていたのよ」
「すみません、姉上。鉄鉱石の鉱脈は続いていたので、このまま掘り進めて大丈夫そうでした」
 兄上がそう報告すると、姉上も代官もホッとした表情を見せた。
 そのまま代官邸に戻って、明日にはダートリアに帰ることにした。
 コロン代官邸の使用人たちは、やはり陰気にヒソヒソコソコソしていて、僕らが長く滞在しようと早く帰ろうと、どっちでも文句を言いたそうな空気が漂っている。昨日僕が報告を受けたことは、いまのところ姉上や兄上の耳には入っていないようだったけれど、二人ともアウェーな雰囲気だとは察しているようだ。
「もっと見て回りたかったけれど……ここは、ねぇ」
「こんなくっさい所にいられないって。“障り”避けなんて必要ないんだから、さっさと片付けろよ。遅れてるな」
 コロンが汚すぎると、姉上と兄上が文句を言う。そのとおりなんだけど、言い方や態度が上流階級風なので、僕はこっそりニヤニヤしてしまった。二人とも、実家の城館を出てから、普段はそんなこと言わなくなったから、傲慢に振る舞おうとして、ちょっと調子が狂っているように見える。
「姉上、兄上。はやくダートリアに帰りましょう」
「そうね。貴方たち、少しはダートリアを見習いなさい?」
 僕は内心、無理しなくていいのになー、と思っているけれど、ここの使用人たちからすれば常識外れになってしまう。
(僕も城館を出る時に、散々言われたからな……)
 実家僕んちの使用人たちは、僕がアレだったから慣れているけれど、領主家の人間が他でそうらしい振る舞いをしないと、後々で統制が取れなくなったりしたら面倒だ。使用人に暴力を振るわないだけ、十分に慈悲深いという世界なのだから。
(いいことなんだけどね)
 僕は無闇に暴言を吐いたりしない姉上や兄上の方が好きなので、ちょうどいい態度というものを身につけていってくれたらなと思う。
 僕? 家出して家名も捨てるから、関係ないネ!
「姉上、広く木がなくなっているところがありました。新しく木を植えないと、山崩れが起きて危ないです」
「あら、それはいけないわ。ヒューリオ、木材の切り出し状況と、森がなくなっている範囲をすぐに調べて提出しなさい。お父様にも、苗を用意するように言っておかなくちゃ」
 ヒューリオっていうのが、コロンの代官の名前だ。父上よりも年上に見えるし、なんか頑固そうな雰囲気がある人だ。
「ハニシェ、事務長さんのところに行けなくて、ごめんね」
「おかまいなく。坊ちゃまたちの健康の方が、ハニシェには大事ですよ」
 ハニシェを父上に推薦してくれた、鉱山の事務長に挨拶したかったけれど、そんな時間はなくなってしまった。
 まさか、コロンがこんなに臭くて過ごしにくい所だなんて、想像していなかったんだ。
(でも、さっさと帰るなら、ハニシェの家族とバッティングすることはないかな)
 堅実に高給取りになろうとしていたハニシェを、無理やり嫁がせようとしていた両親には、僕からも一言言ってやりたいけれど、顔を合わせないで済むなら、それが一番いい。
 ハニシェも父上に解雇されたのを機に、実家への仕送りをやめ、弟妹たちには冒険者になれば稼げるし、勉強もできると手紙を出したそうだ。たとえハニシェの提案ではなく鉱山の町で一生を終えることを彼らが選んだとしても、僕が口を出すことでもない。
(エララは自分で選んだしね)
 エララは村長の孫娘という、田舎では生活を保障された地位を捨てて、自分の足で歩いて、モンダート兄上の側近になりえそうな冒険者へと成長している。
 家族にとっての都合や、世間の目からどう見えるかは置いておいて、意志を持って身を立てようとする女の人を、僕は邪険にしたくない。
(……就職した先でも、心安らかに、楽しんで仕事をしてもらいたいね)
 とうてい一人ではこなしきれないような仕事量を低賃金でこなし、なにかあれば「お前の代わりなんかいくらでもいる」と自分のものでもない責任を負わされ、奴隷のように長時間労働をさせられていた同世代を見てきた僕としては、男だろうと女だろうと、人間らしく生活してもらいたいし、その為の労働環境に気を配るのはやぶさかではない。
 もちろん、結婚して家庭を築くのも大事だし、そこに幸福を見出すのは自然なことだろう。ただ、それは個人が感じることであって、誰かが誰かに強制させることではないはずだ。
(母上も、少しは考えを柔らかく持ってもらいたいね)
 次期領主として覚悟の決まった姉上に、いずれは伴侶が必要になる。それは社会の構造上、領主の責任のひとつであるから、僕もすぐに変えろとは言わない。ただ、姉上の納得する婚姻であった方が、より良いはずだと思うだけだ。
「もうお帰りになってしまうのですか? 鉱山都市として、おおいに経済発展してきたコロンの良い所を、新造の町へも、ぜひいかしていただきたいですね」
(間違っても、コイツのような勘違い野郎と姉上をくっつけるわけにはいかん)
 翌日、見送りに出てきたヒューリオの息子は、父親と違って、なんだかチャラい印象だ。近い将来、自分がコロンの代官になるとでも思っているのかな。
「こんな時代遅れな町、さっさと改めるべきですわ。勉強不足も甚だしいと、お父様には伝えておきます」
 姉上にあしらわれて、ぽかんとした表情を、ヒューリオの息子はすぐに怒りで赤くした。ただ、その頃には姉上は大山羊車に乗り込み、兄上に手を引っ張られながら僕も続き、最後にハニシェが扉を閉めていた。
 ガタゴトと大山羊車が動き、エースの低い鳴き声が「んんべえぇぇぇぇぇぇ」と聞こえてくるばかりで、キャンキャンと発狂した少年の怒鳴り声までは、遠くて届かなかった。
「帰りはお天気に恵まれるといいわね」
「「はい」」
 弟である僕たちが見ていない所で、ヒューリオの息子からアプローチがあったのかもしれない。
 外向きではあまり表情を読ませない姉上だけど、いまは少し、すっきりした表情をしていた。

 ダートリアに帰ったら、姉上は父上に報告書を書いて、兄上はアクルックスの寮に戻って学園の課題を片付けて、僕はミモザの家に帰ってアトリエに籠る予定だったのだけど……。
「え?」
 大山羊車から降りた僕は、見覚えのある馬車がダートリアの代官邸に停まっているのを見て、思わず固まってしまった。
「あら、もう来られたのね」
「やっと来たか、の間違いじゃないんですか、姉上」
「姉上たちは、知ってたんですか!?」
 僕は兄姉から、こんなに驚かされるなんて思ってなかった。
 代官邸に入れば、三人揃って、すぐに応接室に通された。
「久しぶりだな」
「ショーディー……。それに、ネィジェーヌも、モンダートも、元気にしていましたか」
「ちちうえ……、ははうえ……」
 家出して以来、ほぼ一年ぶりの、親子対面だった。
(いやまぁ、ヒイラギに丸投げしたのは僕だし、内容聞いていなかったのも僕だけど……)
 心の準備というものがあるわけで。
 僕は姉上と兄上に挟まれてソファに座り、少々居心地が悪い思いをしつつも、逃げられない状況に腹を括った。
 それは、両親の方も同じらしく、向かいに座った父上は、何から話そうかと迷った挙句、力なくため息をついた。
「一応な、報告は来ていても、私の手に負えるものと、さすがに余るものがあってだな……」
「はあ……」
「いきなり王族が来たら、ショーディーでも驚くだろう?」
「あ、はい」
 ロロナ様が来たときは、たしかに驚いた。
「だいたいのことは聞いているが、今後についての取り決めにあたり、確認しておくことがある」
「はい」
 意外なことに、アクルックスの価値と関わり方について、父上はちゃんと把握していた。
 父上はあんまり疑う事をしない前例主義で、多少つまずいてもパワーでぶん回すタイプだけれど、領地経営はきちんとこなせているし、正しい情報さえあれば、適切な対応をとることができる。ちょっと癇癪持ちなところはあるけれど、たぶん、マシな領主に分類される方だろう。
「税金も取れない治外法権な町が出来て、怒ってるかと思いました」
「ちがいほうけん……?」
「こちらの法律や常識が通用しない、ってことです」
「ああ、まぁ……。仕方がないだろう。モンダートのためだ」
 そこで、稀人の知識や、強い武器、便利な魔道具、といった利益を持ち出せば、領主として満点だったかもしれない。だけど、我が子の命のためだと言ったから、僕は息子として父親を許してあげることにした。
「ただ、我が家が納得しても、他の家は違う。その辺りを、どう処理するかだ」
 最悪はブルネルティ家が取り潰され、領地を取り上げられることも考えられる。それを父上はわかっているからこそ、面白くない顔をしながら、僕たち三人の子どもを見渡してきた。