040 現在に繋がる、その事情


 アクルックスの市長邸から、ロロナ様の侍女をオフィスエリアに放り込むと、イトウが狂喜乱舞しながら、助手たちに運ばせていった。
「ボス、愛してる!!」
「はいはい。よろしくね〜」
「任せといて!!」
 たとえ非人道的な実験にさらされたとしても、迷宮に敵対した時点で彼女たちに人権はない。せいぜい、長持ちしてもらいたいものだ。
(あの二人を入れるエネミーは何にしようかなぁ? メイド姿だとひねりがないし、麻痺攻撃持っている人面大蜘蛛とかどうかな?)
 そんなことを頭の隅で考えつつ、僕はアトリエ併設の小会議室に腰を落ち着かせた。
「ふう」
「お疲れ様です、ボス」
 お茶を淹れてくれたカガミにお礼を言って、僕はもう一度ため息をついた。
「異世界人召喚儀式の前に、ちょっと面倒なことになってきたね」
「王家と公方家、それと公方家の傘下にある、主要な貴族家についてのデータです」
「ん、見てみよう」
 現在のリンベリュート王家は、四十五歳になる国王を中心に、王妃と、三人の王子と、二人の王女がいる。側室を置くまでもなく、子宝には恵まれているようだ。
 そして最近、王太子である第一王子と、他国へ嫁いだ第二王女に、それぞれ子供が生まれている。
「ゼーベルト陛下。この人が、ロロナ様の兄上だね」
「はい。国王の両親……つまり、先王の時代の家庭環境の影響のせいか、近年、積極的に稀人を召喚しようと、教皇国に近付いています」
「年の離れた弟が害獣に殺されて、妹は障毒のせいで公方家に幽閉されているからな」
「そのせいで、王室は一時期、かなり険悪な雰囲気だったようです」
 ゼーベルト陛下とロロナ様の母親は、先王の側室だった。これは政治的な問題で、正室となる王妃が、当時かなり若かったせいだ。
 ようやく子供を望める年齢になった王妃が生んだのが、ライノと同い年で、害獣に襲われて亡くなった王子様だ。
(誰が悪いってものでも、なかったんだろうけどなぁ)
 若い王妃様は、自分の子供が死んだのは誰かの陰謀だと思わずにいられなかったようだ。そこから王妃の実家と、側室の実家も巻き込んだ緊張関係が始まってしまった。
「だから、ロロナ様はヨーガレイド家に嫁ぐ必要があった、のかもしれない」
 害獣の被害を受けたのは、正室の子供だけでない。側室の子供も、王城に居られなくなった。というポーズをとることで、王家を挟んでの緊張状態を緩和させたかったのだろう。
 そんなギスギスした中では、当時王太子だったゼーベルト陛下に、王妃側からきつい視線が向けられるのは、必然といえるだろう。
 嫌が応にも“無傷で残った”王太子として注目されたゼーベルト陛下は、若い頃も浮いた話は聞かず、結婚後も側室を置かなかった。カガミが揃えた資料からも、淡々と国王としての務めを果たしてきた、という印象がする。
 だがここにきて、にわかに稀人への興味を示し始めた。生まれてきた孫が可愛くて、同時に心配で仕方がないのかもしれない。
「障毒に抵抗のある稀人に、たった数年つきっきりで護衛させるよりも、いままで以上に冒険者の福利厚生に力を入れればいいのに」
「それでは、自分が生きている間に効果がない、と考えているのでは? 在位期間、最後の功績と言われるかもしれませんし」
「まったく、ろくなことしないな。大人しく隠居すれば、その分の金を次の王が使えるだろうに」
「しかし、今回ばかりは王子たちも、みな賛成のようですね」
「どいつもこいつも、欲の皮が突っ張った連中だ」
 長子である第一王女のセーシュリー様は、ヨーガレイド家とは別の貴族家の次男と結婚し、新たな公方家として独立している。ただ、最初のお産で双子を出産してから、あまり体調が良くないらしく、公式の場にはもう何年も出てきていないそうだ。
 第二王女のメロリア様は、さっきも言ったように外国に嫁いでいて、最近男児を出産された。母子ともに健康らしく、けっこうなことだ。
 というわけで、近年リンベリュート王国の公式の場に出てくるのは、国王夫妻と三人の王子ばかりになっている。ただ、この三人の王子が曲者だという。
 第一王子のラディスタ王太子だが、隠れモラハラ野郎の疑惑がある。知能や素行に問題はなく、公務もきちんとこなせている。ただ外面はいいのだが、マナ王太子妃と仲が良いわけではないらしい。
 彼らの結婚は早かったのに、夫にいびられるストレスのせいで、王太子妃の懐妊が遅くなったとまで言われている。ラディスタ王子が嫌いなマナ妃は、里帰り出産から、なかなか王城に帰ってこないとかなんとか……。
 第二王子のオイルバーは、わかりやすいアホだ。即断即決・迅速果断がモットーらしいが、短絡すぎてまわりのことを考えない為、現場を混乱させるばかりで、家臣団からの評判は低い。空回りしているのに気付かない迷惑な上役って雰囲気だが、個人的には投資詐欺にあいそうな性格だと思う。あと、“真実の愛”が、いままでに三回くらいあったそうだ。
 第三王子のザナッシュは、頭の中身よりも外皮の方に評価がある。王と王妃の良いとこ取りをして輝かせたような、ものすごい美形なのだ。ネィジェーヌ姉上と同じくらいの年齢のはずだが、あざとい振る舞いで兄たちよりも人気があるらしい。三男だしまだ若いので、政治手腕に関する話はあまり聞こえてこない。
「で、この三人ともが、異世界人召喚の儀式に賛成していると。それぞれにメリットが?」
「というより、デメリットがないのですね。特に下二人は、『召喚された稀人の中に年頃の女性がいれば、教皇国に取られる前に篭絡しろ』くらいのことは、国王や長兄に言われているかもしれません」
「サイッテー」
 異世界人召喚の儀式は、ライシーカ教皇国とグルメニア教が主導していて、魔法使いも何人か派遣されてくる。開催国が用意するのは、彼らの滞在費と、儀式の場所と、魔力タンクとしての大勢の魔法使いだ。
 そして、儀式が成功した場合、稀人の知識と対害獣の戦力を、両国は得ることができる。だがそれとは別に、儀式をするにあたって、開催国が得るものが、もうひとつある。
「ライシーカ教皇国の文明と文化。いわば、世界の最先端技術とトレンドが、むこうからやってくるのです」
 現地の文明水準があまりにも低いと、稀人が逃げ出しかねない。そこで、ある程度は教皇国の豊かさで目眩ませをかける。開催国は、そのおこぼれ・・・・にあずかることができる、という寸法だ。
「民から徴収した莫大な費用と、大勢の魔法使いの生命をかけて、自分たちは労せず成果物を手にできる、と。本当に、この世界の人間らしい横着っぷりだよな」
 王族の癖にプライドはないのかと、ため息をつきたくなる。
 そんな、うんざりとした態度を隠さない僕と違って、カガミはてきぱきと次の資料を広げてくれた。
「多くの貴族家にとっても、儀式に反対する意味はありません。それだけ、稀人の知識というものは、重要で、かつ神聖視もされています」
「反対したら、自分だけ稀人の知識が得られなくなるからな」
「はい。王家だけでなく、グルメニア教を非難するなんて、まずありえないでしょう」
 冒険者ギルドと繋がっているヨーガレイド家だって、例外ではない。むしろ、ロロナ様が降嫁された経緯があり、害獣討伐をしてくれる稀人は歓迎しなければならない立場だろう。
 冒険者ギルドもそうだ。害獣討伐に使える稀人の知識があれば、できるだけ欲しいと思っている。
(そしてそこには、勝手に転移させられてきた稀人の境遇に対する罪の意識なんて、欠片も無いんだ)
 本当に、イライラする。
 自分勝手で、傲慢で、無神経で、なにも考えてなくて、欲深くて……。
「大っ嫌いだ」
 無意識にこぼれ出たガキのような呟きを、カガミは黙ってスルーしてくれた。
「……では、こちらが、儀式に召集されると思われる魔法使いたちの、身上調査書です」
「何度見ても、少ないよね」
 モンダート兄上を入れても、リストには十人もいない。こんな少人数で、異世界とつなぐ大魔法なんて使えるのだろうか。
「正確ではないので、当日に増減する可能性は大いにあります」
「最悪、兄上だけでも儀式を乗りきれるだけの、魔力アイテムを用意しておかなきゃ」
 儀式の失敗原因は色々あったとしても、それが魔力不足だったなら、兄上の命がない。
(このうちの何人が、生き残れるかな)
 あまり期待はしないが、僕はリストの魔法使いたちの内、ロロナ様と一緒に使えそうな人材はいないものかと、背景を調べ始めた。