036 当方に迎撃の用意あり


 ライノから連れてきたお客さん・・・・の事情を聞いた僕は、続けて同行者についても聞いた。
「ギルド長さんまできたの?」
「当たり前だろう。迷宮には冒険者しか入れない上に、稀人の知識まで手に入るんだ。今後の規定や対策を考える上でも、最高責任者が出るべきだ。周辺国の冒険者ギルドとの折衝も発生するからな」
 リンベリュート王国の冒険者ギルドを統括するギルド長も、ライノからの報告で乗り込んできたらしい。
(まあ、当たり前とはいえ、なかなかフッかるなギルド長だな)
 うちのルナティエとやりあうには、それなりの立場と頭の良さと舌の回転率が求められるというのは理解できるし、彼女の口撃力を恐れる気持ちは共感する。ただ、それ以上に、立場のわりに行動力のある人だなという印象を持った。
 僕の感覚だと、地位が上に行けば行くほど、腰が重くなるものだ。全てにおいて即断即決となると軽薄すぎるだろうが、重大な問題を認識して、自分の目で見ようという、責任感なのか好奇心なのか、それとも支配欲なのかはわからないが、自分事として案件を担当しようという姿勢は好感が持てる。
「仕事できる人なんだね」
「私が駆け出しのころには、すでに中堅の冒険者だったからな。彼にはずいぶん世話になった。頼りになる人だよ」
 貴族とのやり取りはライノが力を貸すことがあっても、顔が広くて胆力のある人らしい。
(そういえば、銀行で担当してくれていた人が、二十年後にやり手専務ですって紹介されてびっくりしたな。「おや、お久しぶりですー」じゃねーんだわ)
 思わず前世での衝撃エピソードが思い出されたけれど、叩き上げって凄いんだなと、思考を無理やり逸らせた。
「ギルド長は問題ないんだが……。殿下の侍女たちがな」
「わぁ……」
 後半ひそめられた声に、僕の目も虚ろになった。
「護衛は私や、女性のメーリガがいるから、ヨーガレイド家の私兵が冒険者資格を得る必要はないと付いてこなかったんだが、侍女だけはどうにもできない」
「侍女さんに冒険者証あげたの?」
「いいや。通行証代わりに発行なんかしたら、問題が起きた時に、それこそ冒険者ギルドの落ち度になる」
 筆頭公爵家級のヨーガレイド家のメイドさんってことは、平民なはずがない。みんないいところのお嬢さんだろう。
「そんなに問題があるの? 殿下のお世話っていうか、介護もしているんでしょ?」
「もちろんだ。彼女たちは長いこと、献身的に殿下のお世話をしている。が……その、プライドが高くてな」
 視線を彷徨わせたライノに、僕もなんとなく察した。面倒そうな人たちのようだ。
(ははーん。それで、直接アクルックスに行かないで、ダートリアに置いていくつもりなのか。そりゃそうだな。アルカ族と問題起こして、ヨーガレイド家の関係者が追放されるか、最悪死んだら、冒険者ギルドが双方と関係が悪くなる)
 ライノたち冒険者ギルドとしては、そんな爆弾を抱えたままアクルックスに入りたくはないだろう。冒険者証さえなければ、アクルックスに入場もできないし。
「それで、その侍女さんたちを、なんとか大人しくさせたいわけだ?」
「できるものなら、穏便にな」
 いやぁ、それ無理じゃねーかな。という声が顔に出てしまったらしく、ライノにそっと視線を逸らせられた。
「ダートリアで問題を起こされると、ブルネルティ家が怒られそうなんだけど? 自分たちが責任回避するために、姉上に迷惑かけようなんて、冒険者ギルドはぼくに喧嘩売ってんの?」
「まさか! そんなつもりはない!」
 ライノはあわてて首を横に振るが、結果として姉上に不利な状況であることは変わりない。
「とりあえず、ロロナ様にも会ってみようか。ここの責任者は姉上で、ブルネルティ家の持ち物だし」
 言外に僕は都合よく動かないよと断りを入れておいて、僕はライノと応接室を出た。
「……なんというか、この代官邸は、その辺の貴族の屋敷と比べても、ゆとりのある雰囲気だな」
 ライノが歩きながら廊下を見回して、そんなこと言ってくれる。新築の代官邸には、爽やかな木の香りが漂っていた。
「職人ギルドが、はりきって新しい技術や構想を取り入れたからね」
 建築系の知識は僕が持っているから、グリモワールも作りやすかった。職人たちには、アクルックスの街並みもいい刺激になり、参考になったようだ。
 さすがに化学浄水場なんて造れないけれど、汲み取り式トイレくらいなら、なんとかなる。地震は少ない土地のようだけど、耐震免震の構想や、建材の組み方のバリエーションは、知っていて損はない。湿気対策、温度対策、火災対策、そういったものを、なるべく素材や構造の段階で解決できるようなヒントをばらまいている。
 もちろん、それらのグリモワールには「稀人の世界での知識であり、この世界で適用するには、この世界での科学的基準が必要である」って注意書きが付いているけどね。
 原器とされる物はあっても、その根拠が定かじゃないとか。あるいは、製造が適当過ぎて、人によって持っている物差しや分銅の実数が表示と違うとか。そんな誤差があって当たり前な世界で、正確な計測と計算なんかできるわけがない。
 今後、たくさん研究をして、この世界に適した建材や建物を作り出して欲しいものだ。
(僕の専門は魅せ方になるけど、使い勝手や受け取り手の感性によるところも大きいからなぁ)
 気候や目的によっては不適切なデザインなんかは、命に関わらない程度に失敗しながら、この世界の常識やニーズに合わせて試行錯誤してほしい。
 数学的なものならグリモワールに書けるけれど、顔料や塗料といった色彩関係は、素材が限られている現在は需要が少ない。色は服飾関係にも必要だろうから、いずれはグリモワールにする予定でいるけれど。
(ダンジョンから『叡智の欠片』が大量に出てくることになるな。アクルックスにはない装備や素材が出てくる、新しい迷宮も早く出したいなぁ)
 アクルックスダンジョンは、一応、二十階まで造ってある。冒険者による攻略が進んでいるのは、まだ五階あたりだけど、すでに犠牲者が出ているそうだ。『魔法都市アクルックス』のダンジョンなんだから、魔法攻撃でないと難しい敵が多いにきまっとろうが。物理職には厳しいって。
「ん?」
 客室がある二階に上がろうと階段まで来たけれど、なにやら刺々しい声が聞こえてきて、僕は眉をひそめた。
「どうしたの、アンダレイ?」
 ライノに止められる前に階段を駆け上がり、ダートリア代官邸付きになったアンダレイに声をかけた。
「ショーディーさま……」
 感情の変化を表情に出さないようにしているアンダレイの前には、夏だというのに長袖詰襟のドレスを着て、頭に特徴的なスカーフを巻いた中年女性が二人立っていた。
「なんです? 子供が来るような場所ではありませんでしょう!」
「ここの警備はどうなっておりますの? 出ておいき!」
 客から、いきなり出ていけ言われたんだが。
「こちらは、領主の御子息の一人、ショーディー・ブルネルティ殿である。お二方、無礼ですぞ」
 追いついてきたライノが僕を後ろにかばおうとしてくれるけど、ロロナ様の侍女らしき二人のおばさんは、眉を吊り上げて大袈裟にため息をつく。
「代官が小娘だと聞いて嫌な予感はしておりましたけど……!」
「ろくな客間も用意されていないと指導してみれば、子供の遊び場だったなんて! 殿下の逗留地に相応しくありませんわ!」
 ぎゃあぎゃあと文句を垂れる侍女たちに向かって、僕はにこにこと笑顔で暴言を吐いてやった。
おばあさま・・・・・方、こちらがご招待したわけではありませんから、ご不満ならお帰りくださって結構ですよ」
 ピシィッと空気が凍る音が聞こえた気がしたけど、僕は気にしない。
「アンダレイ、お客様がお帰りだって」
「はい」
「ま、ま、まってくれ……!」
 真っ青になったライノが、慌ててとりなしを求めてきた。
「どうか、ロロナ様の逗留だけは認めてもらえないか」
「さっさとアクルックスに行けば? ルナティエがどんな顔して、何て言うかわかんな……くはないな。予想はつくけど」
 お元気そうですねえ、とか、良いご縁のあるお仕事されていますねえ、とか言うんだ。意訳すると、「まだ死んでいなかったのか。ショーディーさまを怒らせるような無礼な人間を連れてくるなブチ殺すぞ」だけど。
「それはっ、重々……わかっているが……」
 貴族の女性が、侍女を連れずに出歩くなんて不可能だ。冒険者ギルドとしては、この困ったおばさんたちをダートリアで留守番させて、代わりに代官邸にいる女性を借りたいんだろう。
 姉上のいまの侍女兼護衛たちは元冒険者だし、この国の冒険者たちをまとめるギルド長からお願いされたら、自分も一緒に行くという条件で彼女たちを貸してあげるだろうけれど……。
「こ、この小童めが! 殿下にお仕えする、ヨーガレイド家の我々に対して、なんと無礼な!」
「まあ、小娘も生意気でしたが、この悪童の躾のなってなさは、いったいどういうこと!」
 失礼な人間に、頭ごなしにギャンギャン騒がれても、僕には効かない。
 僕はどうぞお帰りになってくれという態度を崩さないが、アクルックスが高い文明を持つ都市だという情報は、彼女たちにもいっているようだ。
「もしも殿下のお加減が良くなるならば、田舎でも別荘地くらいの価値はあるのでしょう。さっさと町ごとおよこしなさい!」
「賤しく武骨な家の分際で、公方家に逆らってよいことなどありませんよ?」
 ライノが顔を覆ったのが視界の隅に見えたけれど、もう遅い。
「……その言葉、宣戦布告と判断する」
 ヨーガレイド家が僕を……姉上や兄上までも困らせてくるなら、こちらもそれなりの対応をする必要がある。
「こんな奴ら、滅びればいい」
 侮りと蔑みを含んで見下ろしてくる二対の目を、僕はしっかりと睨みつけた。