024 エンの使い道
その後、数日にわたって冒険者にダンジョンと『魔法都市アクルックス』を体験してもらった。
ダンジョンとはどのようなものか、何が得られるのか。迷宮都市の厳格なルールと快適さ。物価の高さと、それに見合うサービス。 「はじめは窮屈だと思ったが、慣れてみればアクルックスの外でなんて暮らせないぞ」 「あのパズルになっている宝箱、もうひとつくらい出ないかしら。中身ももちろんすごくてお気に入りなんだけど、蓋が開いた時の爽快感が忘れられなくって。開けたら箱が消えちゃったのがもったいないなぁ」 「見てくれよ、この短剣! 切れ味が半端ねぇぜ!」 「まさか、その辺の木の実や茅の束まで換金できるなんてわかるかよ。ここに来ればガキでも大金持ちじゃねえか」 「飯が、美味い……俺、ここで暮らす……帰りたくねー……」 そんな声が聞こえてきて、僕はおおいに満足だ。プレオープンでこの高評価と、脱落者の少なさは、まず合格点と言っていいだろう。 「宿泊所の使用状況はどうかな、ディーネ?」 「意外とみなさん、きれいに使ってくれていますよ。やはり、ある程度の料金は必要ですね」 「うんうん」 安すぎると、その程度の民度で使われるからね。頑張って稼いで、快適な宿屋に寝泊まりしておくれ。 「ライノ、本格的にこの町を解放する前に、あと二回くらいお試しツアーをしたいんだ。今回きた人たちとは別の人を連れてきて」 「望むところだ。他ギルドの者にも声をかける」 「ぜひそうして。それからさ、冒険者ギルドの、支部長さんにも来てもらいたいんだ」 「メーリガを? しかし、彼女は……」 「うん、知ってる」 冒険者ギルドのフェジェイ支部を仕切っているメーリガ支部長は、現役時代に障毒に侵され、身体が不自由だ。 「メーリガ支部長だけじゃなくて、他にも障毒のせいで体が不自由な人を連れてきてほしいんだ。不自由さの程度は問わないから、十人くらい」 「なぜ……と言いたいところだが、なにかあるんだな」 「まあね」 「それはまだ秘密か?」 「確実じゃないから、まだ言えない。ここまでの移動が大変だろうけど、お願い」 「いいさ。招待を受けられるなら、メーリガも行くと言うはずだ」 今回のツアーだけで揃った『叡智の欠片』で出現した、世界の知識「家畜の種類と飼育方法:ライシーカ教皇国編」と、稀人の知識「算数:基本の十進法における加算と減算」と「絵本:カチカチ山」、三冊の小冊子を手にしたライノは頷く。 「教会には……すぐに情報が洩れるぞ」 「かまわないよ。どうせ、聖職者は迷宮に入って来られないから」 胸を張った僕に、ライノは少し警戒したように眉をひそめた。 「……私たちを分断させる気か」 「考えすぎだよ。冒険者ギルドは教会になびかず、王家に情報を流せばいいんだから」 教会子飼いの冒険者が何人来ようと、迷宮のアルカ族に敵うものではないし、問題行動があれば即座に迷宮に吸収してしまえばいい。 「きみは、本当に、五歳の子供か?」 「そうだよ?」 ものすごく疑わしそうな目を向けられたけど、僕は笑ってごまかした。 「ぼくは、スキルでこの場所に何かあるなーってわかって、兄上を助けるものが欲しいなって思いながら、迷宮主が創った物を掘り出しただけ。冒険者が強くなって、害獣を楽に退治できるようになるのは、ついで」 「……はあ。その言葉を信じるよ」 アクルックスに来てから、ライノはなんだかちょっと老けた気がする。他の冒険者たちは活き活きとしているのに、おかしいなぁ? 「兄上に、お手紙届けてね!」 「承りました。ネィジェーヌさまとモンダートさまの冒険者登録もしますし、要請があれば、ここまでお連れします」 「ありがとう!」 「 「いいけど、面倒くさいよ?」 「面倒くさくても、やらなきゃいけないんです! 新しくギルドを置くための集落だって作らなきゃいかんのですから!」 子供の無責任さを振りかざして、全部押し付けたことがバレているんだろうか。キレられた。 「どうせここに乗り込んでこられても、ルナティエ殿がいらっしゃるでしょう」 「うん。ルナティエなら、父上どころか、王様だって泣かせられるんじゃないかな」 「……」 ライノは目が虚ろになっているけど、ルナティエはなんだか嬉しそうにくねくねしている。二人とも、僕の代わりにがんばってほしい。 「じゃっ、気をつけて帰ってね。まったね〜!」 僕はアルカ族たちと一緒に手を振って、フェジェイに帰る冒険者たちを見送った。 ライノが連れてきた冒険者たちは、軒並みレベルアップ出来たようだ。 「たった数日で、レベルが五以上あがったか。敵が弱すぎたかな」 最初に鑑定した時、レベル五から八くらいだったのが、全員二桁になっている。 「三層より先の敵から、もう少し手強くした方がいいかもしれません」 動物の動きに詳しいミヤモトが、敵の挙動を複雑化し、さらに体力も上げたらどうかと提案してくれて、僕もそれを承認する。 会議室でみんなとデータを見比べるけれど、どうもバラツキがあるように感じられた。 「経験値アップみたいなスキルを持っている人はいないのに、なんかレベルアップが早い人いる?」 「そうですね。効率よく倒したというより、そもそも魔力を吸収しやすい……言ってしまえば、強くなりやすい個体、そうではない個体がいるのでは?」 「個人差があるのか。そりゃそうだよね、ゲームじゃないんだから」 カガミの冷静な指摘に、僕は頭を抱えた。傲慢と言われるかもしれないけど、物事を単純に考えすぎた。どこの世界だって、不平等に出来ているんだ。 「最終的なレベルにも個人差が考えられます。これも才能の内と言ってしまえるかもしれませんね」 「いくら頑張っても、凡人にはレベルキャップがある……かもしれないってことか」 僕のせいで、いままではなかった理不尽が可視化されてしまうのは嫌だなぁと思ったけど、カガミやヒイラギたちは問題にしていないようだ。 「お気になさらず。そもそも、そこまで戦闘技術を積めない可能性もありますし」 「いままでよりも害獣に対抗できる肉体を得られるだけ、十分な恩恵です。先のことまで、ボスが気を揉む必要はありません」 「ヒイラギの言う通りです。生まれ落ちた時に与えられるもので勝負するのは、いままでもこれからも、変わりはありません。これ以上ボスが甘やかしたら、この世界の人間は、いつまでたっても“障り”を克服できません」 きりきりと眦を上げるカガミが言うことも、たしかにもっともだ。 誰かを羨んだり妬んだりする暇があったら、欲しいものを自分でつくり出せばいい。誰かと自分を比較して落ち込んでいる暇があったら、補う術を考え、鍛え、磨けばいい。手を動かし、足を動かし、頭を働かせることだ。 「そうだね、チャンスは増やした。いまはそれでよしとしよう」 意外なことに、冒険者たちはほとんどすべてのエンを迷宮案内所に預けたまま帰っていった。両替したのは、一通りの機能を全部試していったライノだけだった。 「おそらく、再入場した時にすぐ使えるエンが、あればあるほどいいという考えでしょう。それだけ、アクルックスが魅力的だったということです」 冒険者たちのエンの使用状況なども分析したダイモンが説明してくれたけど、僕は不思議に思う。 迷宮都市の外に持ち出せるのは、一エン分のゼルジ。つまり、リンベリュート王国の金貨一枚だけ。それでも、庶民にしたらワンシーズン働かずに過ごせる大金だろう。 「一エンくらい、変わらなくない?」 「そこまで考えていないのでは? それか、話を聞いていなかったのか……そもそも、一枚とは言え、金貨を持ち歩くのが危険なのかもしれません」 「あー……」 お坊ちゃま育ちなショーディーくんは、庶民の金銭感覚というか、防犯意識に疎い。戦闘力のある冒険者とはいえ、大きな現金を持ち歩くのは、一般的ではなかったのかもしれない。 「それに、外で売れそうな物を、実物でけっこう持ち帰られたようですからね」 「でも、すぐに売れるとは限らないでしょう?」 「ボスは本当に心配性ですな。ボスがご自身で用意された品を信用なさいませ」 「うぅ……」 ダイモンは笑って励ましてくれるけど、コンペ期間みたいな緊張はあるわけで。 「胃が痛い」 「それはいけません。今日はもう上がられては? ハニシェ殿が待っていらっしゃるでしょう」 「……うん、そうする」 子供の肉体で働き過ぎはよくないと、部下たちに急かされるように、僕は箱庭のログハウスに帰った。 「おかえりなさいませ、坊ちゃま!」 満面の笑みで出迎えてくれたハニシェの後ろ、ダイニングテーブルからご馳走のいい匂いが漂ってきていた。どれも、僕の好物ばかりだ。 ホールケーキは『魔法都市アクルックス』の店で売られているものだが、けっこうな金額になるはずだ。 「え? もしかして、ハニシェが……」 「お誕生日、おめでとうございます! さ、手を洗っていらしてください」 「あ、ありがとう」 僕こと、ショーディー・ブルネルティは、今日で六歳になったらしい。 善哉翔の記憶を取り戻してから、もう半年以上が経っていた。 |