022 命の価値
ライノたちが到着したという報せを受けて、僕は急いでアトリエから『魔法都市アクルックス』へ降り立った。
石造りの建物に青紫色の屋根が特徴的な街並みは、ゲーム内の魔法都市アクルックスとほぼ同じだけど、迷宮案内所をあらたに建ててある。市役所と観光案内所と冒険者ギルドを足して三で割った施設だ。 議事堂か老舗銀行かのように堂々とした迷宮案内所は、内部をビザンツ風に造ってあって、天井も高く風通しがいい。中央に主要なカウンターを集め、周囲に掲示板や通路を配した。外観は景観上、街並みに合わせる必要があるが、中身はどこの迷宮都市でもほぼ同じにする予定で、利用者視点で利便性を追求した。 ちなみに、壁の高い所にあるモザイク画は、「僕がシロに引っ張られてこの世界にきて、“障り”を吸い取って魔力を拡散するための迷宮を創った」という話を描いている。冒険者たちがそれに気付くのは、ずっと後だろうけれどね。 ハセガワに付き添われて大階段を上りきると、ディーネの側で微妙な顔をしたまま固まっているライノがいた。 「ライノ〜」 「ショーディーさま……」 「あー、ぼくもう家出したから、よびすてで。ぼくの方が年下なんだし、なるべく敬語なしのタメ口にしてよ。で、このまち、どう?」 「どうもこうも……」 額を押さえて盛大な溜息をつかれてしまった。 「えっと、じゃあ場所移動しよう? 相談したいことが、いっぱいあるんだ」 「そうでしょうね……」 他の冒険者たちはどうしたのかと見回せば、探索者登録窓口に殺到して職員に待機列をつくらされている。 「坊ちゃま!」 「あ、おかえり!」 ドロップ品の換金が終わったらしく、ナップサックを背負ったハニシェが小走りにやってきた。 「ダンジョンには、もうなれた?」 「はい。レベルが10になったので、次の層に行っていいと言われました」 「おおっ、おめでとう! はやいね!」 箒型スタッフでノンアクティブな獲物を叩きまくったハニシェは、あっという間にレベルを上げたようだ。 「そろそろお昼ですが、何が食べたいですか?」 「じゃあ、ライノもいっしょに、レストランに行こう。ディーネは他の人達を、ダンジョンに案内してあげて。携帯食料ぐらい持っているでしょ」 「かしこまりました」 その時、探索者登録窓口から怒号が響いた。 「なんで俺のレベルがこんなに低いんだ!」 騒いでいるのは、まわりの冒険者と見劣りしない筋肉隆々な男だった。ちょっと世紀末味があって、かなり汗臭そうだけど。 「そんなに差がでた?」 僕が見上げると、ライノは少し納得したような顔をしていた。 「真面目に害獣討伐をしているか、そうでないかの違いでしょう。情けない話だが、単純な腕力を害獣以外にも向ける輩です」 「なるほど」 問題行動のある冒険者のようだ。あの様子ではさもありなん。 「ふざけんなよ!」 「俺たちを馬鹿にしやがって!」 登録のために鑑定機に通したものの、レベルが低かったらしい一部の冒険者たちが暴れ出し、すぐに警備員が駆けつけてきた。 「いま低くても、ダンジョンでレベルが上がるのに。馬鹿なのかな。馬鹿にしているつもりはないけど、本当に馬鹿なんだな」 「相変わらず、はっきり言いますな」 「ライノ、ぼくになんか構ってないで、あいつら止めないと。処刑されるよ?」 すごく嫌そうな顔をしていたけれど、ライノは騒ぎの中へ入っていった。責任感の強い人は応援してあげたい。 窓口が並んでいるカウンターから、何人かが警備員に引き剥がされていく。 「職員にけがはないかな? いやな思いをしただろうから、手当てをあげたいな」 「お気遣い、ありがとうございます。すでに十分な給金をいただいておりますが、担当者たちを交えて検討いたします」 ディーネはこの迷宮案内所をはじめ、アクルックスの観光系を統括している。アルカ族に報酬はいらないのだが、転生前にブラックな経験している僕としては、職員の福利厚生に関して補償や投資を惜しまないつもりだ。 窓口で自分のレベルを知って一喜一憂している冒険者たちの声に混じって、ライノの叱責が聞こえてきてきた。 「自分の理想と違ったからと言って暴れるのなら、いますぐこの町から出てフェジェイに戻れ! 副支部長命令だ!」 「戻れだと!? あんたが募集したから来たんじゃないか!」 「訪問先で無礼を働くような恥さらしを連れておけるか。お前、さっきも彼女に下品な事を言っていたな。この町にはこの町のルールがあるという。それに従わなければ、ここにいる資格はないのだ!」 厄介者たちは床に引き倒されてもまだ暴れているが、押さえつけている警備員とは圧倒的にパワーが違う。 「ライノ支部長様、まだ初日ですし、彼らは一時退去処分とさせていただいてよろしいでしょうか」 「ディーネ殿……。見苦しくて申し訳ない。永久追放となってもいいところを、温情に感謝いたす」 迷宮都市に入れるという莫大な価値を理解しているライノは、ディーネに平身低頭した。こんな無礼者でも、最低限の自制を叩き込めば、もう一度チャンスを与えてやろうというのだ。 しかし、警備員に引っ立てられ連れていかれる者たちには、それが理解できない。 「放せ、バカ野郎! ライノ! おい、てめぇ! ブッ殺してやる!」 「こんな場所、潰しやてるからな!」 「何見てんだ、クソガキィ!」 見物していた僕たちにも矛先が向いたらしい。こっちに向かって唾を吐いてきたその瞬間、そいつの頭がスイカみたいに弾け飛んだ。 「ぅおわあ」 「ひゃぁっ!」 「お二人とも、見てはいけません」 ハセガワが前に立ってかばってくれたけど、ハニシェがショックを受けてしまったらしく、しゃがみこんで真っ青な顔でブルブルしている。 「ハニシェ、だいじょうぶだよ。おちついて」 「ぼぼぼぼっちゃまぁ……!」 「ふぎゅっ」 ぎゅぅっっと抱きしめられて、僕は豊穣の柔らかさに埋もれて窒息しそうになった。ここは天国か。 「あれぇ、ずいぶんと脆い」 場違いなほどおっとりとした、されどよく通る声を発したのは、僕らの後ろから大階段を上ってきた、尖った耳の女の人。 「ルナティエ市長……」 「ディーネ、おもてなしご苦労ねぇ」 真っ直ぐなプラチナブロンドを背に流し、軽やかなレエスを重ねたドレスを着た彼女が、『魔法都市アクルックス』の実質的な統治者だ。 「ダンジョンで鍛えたい思われるだけはありますなぁ。伸びしろがあるのは、いい事ですわぁ」 グッサグッサと京仕草で抉り、口元を隠していた扇がぱちりと閉じる。 「さぞかし、足腰も丈夫で、お元気でいらっしゃるでしょうねぇ」 にんまりと吊り上がった唇とは逆向きに弧を描いた目が、笑っていない。 その意思を酌んだ警備員たちの腕から力が抜ける。さあ、逃げてみせろと。 「ギャッ」 「ベブッ」 耳がちぎれ、鼻が削れる。 極小まで威力を絞り、針の穴を通すような精密さで、ルナティエの魔法が容赦なく肉を撃ち抜いていく。 「いてぇぇっ!」 「やめろ、やめろ! ぎゃっ!」 手の甲に穴が開き、ふくらはぎが弾ける。 痛みで戦意を失い、腰砕けになって座り込んでも、目に見えない攻撃が続いた。 情け容赦なく、虫けらのようにいたぶられ、圧倒的な力量差で殺される、という恐怖。 「ゆっくりしておいきなさいなぁ。ダンジョンは逃げませんからねぇ」 「ひいっ、ひいぃぃっ!」 「いてぇよぉ、いてぇ……ぁ、ま、待って……」 「いぎゃっ、うわぁぁぁぁ……」 四つん這いの情けない姿で逃げ出した輩が、大階段を転がり落ちていった。あとは、衛兵たちが町の外に放り出すだろう。 それを見下ろしたルナティエは、扇を広げて鼻を鳴らした。一人だけ見せしめにして、他をあえて逃がしたのは、これから来る者をある程度ふるいにかけるためだ。 だから、血溜まりと一緒に迷宮に沈んで消えていく首なし死体に向かって、扇の内で吐き捨てるのぐらいは、僕は笑って見逃してあげたい。 「チッ、誰に向かって唾吐きよってん、こんクソボケが。もう百遍ほど死に晒せ」 「ルナティエ、口調。口調」 迷宮都市では、アルカ族が大事にしているものを蔑ろにする者の命は、とても軽いのだ。僕が、そう創ったからね。 |