009 古のスラングを唱える魔王


 とりあえず、すぐ様子を見に行けそうな領内に候補地があったことで、僕の迷宮建築計画は具体的な段階に入る……はずだった。
「あのさぁ、ほんっとに、ぼくらのこと舐めてるよね」
『っ……』
 僕がシロにブチギレたのは、迷宮建築アプリ「ラビリンス・クリエイト・ナビゲーション」に、地球環境に関する情報が入っていなかったからだ。
 同じ顔で、しかも病人のようにやせ細っているシロを詰るのはいい気分ではなかったけれど、相変わらずついて回る認識の甘さを指摘してもいいはずだ。
「稀人をたすけて、なんていいつつ、稀人が生きるための環境には、ちっっっとも興味がなかったってことだよね。原因不明だけど、稀人がすぐ死んじゃうの、しってたよね? 稀人の世界なら、何十年もいきれるの、しってるよね?」
『も、申し訳ありません……』
 縮こまるシロを相手に、僕はため息をつきつつ頭を抱えた。
(自信満々にわかっている馬鹿にするなと言っていたのに、ド素人すぎて、こちらが要求している必要な物や情報を用意できていないクライアントを相手にしていた時みたいだ。締め切り、リテイク、工期……うぐぅ、嫌な記憶がぁ)
 僕は胃が痛くなりそうな思い出を無理やり追い払い、なんとか前向きなマインドを保とうと努力する。
 こちらの世界の人間が、稀人が持つ知識には興味があっても、その知識の元になった環境や、精神的文化については、少しも理解しようとしなかったのだから、シロたちが持つ知識に偏りがあるのは、ある意味当然かもしれない。だからといって、僕にだって許容できる範囲というものがある。
「大気組成、重力、地球サイズで自転速度と公転周期、地磁気、宇宙からの放射線量……最低でもこのへんが同じくらいでないと、どうやっても、たぶんすぐ死ぬよ? 微生物のことだって、なにもわかってないし」
 異世界と言っているけれど、生身で他の惑星にいる様なもんだ。そりゃあ、数年も生きられなくて当たり前だろう。地球人の肉体も精神も、地球に合わせてあるんだから。
(人間って、気圧が違うとか、方角がわからなくなるだけで、けっこう簡単に不調をきたすからな)
 いくら僕がシェルターを作っても、その中の環境が適正でなければ、まったく意味がない。
(僕の今の体じゃ、「この環境でオッケー」「これだと死ぬ」って判断に使えないからなぁ)
 自分で人体実験もできないので、たしかなデータがなければ、稀人が安心して暮らせる場所なんて作れない。
「こまったなぁ」
 僕がわかるのは、すべて地球基準だ。この世界が地球の重力の何倍か、あるいは何分の一か。地表の一気圧は、こちらでは一気圧ではないかもしれない。月相当の衛星がふたつもあるのだから、当然相互干渉している引力が人体に影響しているはずだ。昼間の空に浮かんでいるのは、太陽系の太陽ではないのだから、大気を突き抜けてくる有害な未知の宇宙線があるかもしれない。
 こちらの世界との詳細な違いは置いておいて、せめて地球環境を再現できるだけの情報が欲しかった。情報さえあれば、迷宮内の魔力でどうにかできる……はず。
「召喚魔法は、一方通行なんでしょ? 観測気球なんて、あげられないしなぁ」
『あ、それでしたら、あちらの世界の魔力を分析できます』
「むこうの世界は、魔法ないよ?」
『魔法という法則がなくても、魔力自体は稀人の世界にもありますよ。そうでないと、召喚魔法が繋がりませんから』
「……なるほど? そういうものか」
 過去に行われた召喚で得られた地球の魔力情報は、シロたちがいる星に巡る流れに記録されているらしく、そこからなんとか分析してもらうことにした。
「じゃあ、それでよろしく」
『承りました』
 僕が要求する情報を提供できないのは約款に抵触するので、シロたちも必死に仕事をしてくれるだろう。
 次回、異世界人召喚が行われたら、また魔力情報を取得して、今回分析した結果と相違がないか調べてもらい、逐次適用していくことにする。その辺の指示をシロにしておき、とりあえず僕は、結果が出るまで別のことを考えることにした。


 僕は前世で建築系デザインの仕事をしていたから、住宅とか都市景観の分野については知見がある。だけど、ダンジョンの設計なんて、やったことのあるゲーム知識程度だし、運営や営業となると専門外だ。
(個人事業主とはいっても、太客がいたからまわってただけだしなぁ)
 昔、働き過ぎで死にかけていた若い僕を助けてくれた人が、大手商社の営業マンだった。彼がパイプを作ってくれたおかげで、そこから伝手が広がって、なんとか生き残れたんだ。
(自衛ももちろんだけど、護ってくれる外部権力が欲しいな)
 実家であるブルネルティ家がそれになってくれるのが一番だけど、グルメニア教と対立するとなると、ちょっと期待はできない。
(冒険者ギルドが、どの程度力を持っているかにもよるな)
 僕の迷宮のお客さんとしては、主に冒険者を狙っている。お金稼げて、障毒にかかる心配なく強くなれる。ついでに、迷宮の外で使える強い武器なんかが出たら、それはきっと魅力的なはずだ。
(安全に強くなれることが分かれば、兵士も来るかな? わかんないけど)
 この世界の人間にはレベルがあって、稀人にはないのだけれど、それは魔力に対する進化の違いなんだそうだ。

 迷宮を創るにあたって、こちらの世界の魔力が稀人に有害かどうかを聞いたら、それはありえないとの返答だった。
『世界が違えども、魔力は魔力というエネルギーです。我々が言う炎と、貴方が言う炎は同じでしょう?』
「たしかに」
『ですが、稀人はこの世界の人間ではないので、この世界の魔力を外部エネルギーとしてしか扱えず、己に蓄積していくことができません。例外として、迷宮の魔力で作られた食物や薬品を体内に取り込んだ場合は、食物や薬品としてのみ効果を発揮します』
「あー、そういうことか」
 もしも地球で魔法が発達するような進化をしたら、きっとレベルやそれに似たシステムができたのかもしれない。ローファンタジーの世界だな。
「この世界の人間は、害獣をたおすと、レベルが上がるんでしょ?」
『はい。害獣は“障り”の影響を受けた生物です。“障り”自体は、浄化されれば魔力に変換できるものですから。効率は非常に悪いですが、“障り”に強く関わることで、わずかながら魔力として体内に取り込めるようです』
「うんうん。ということは、強い魔力をずっとあびているだけでも、この世界のひとは強くなれる?」
『はい。ですが、体が丈夫になるとか、その程度です』
 魔力温泉に浸かって健康になろう、なんてキャッチコピーが頭をよぎったけど、意外といけるかもしれない。商売のアイディアは、いくらあってもいいからね。

 そんなこんなで、やっぱり最初は凝ったものを創るよりも、僕がイメージしやすいゲーム風のダンジョンを創ることにした。
「まさか、『GOグリ』のテーマパークをつくることになろうとは」
 テーマパークというには命がけなので、ガチめなリアルで再現したなにかだが。
 『グローリーオンライン・ネクサス 悠久のグリモワール』は、歴史あるオンラインゲーム『グローリーオンライン』の正統後継作であり、待望のフルダイブ型VRMMORPGだった。
 転生する前の僕、善哉翔も前作からのプレイヤーであり、死んだ日に行っていたオフラインイベントも、『GOグリ』の公式フェスだった。
(GOの世界観なら、アイテムとかエネミーも創りやすいな)
 迷宮の中身に関しては、本当にフリーハンドなので、逆にテーマがないと創りにくい。ゲームの設定をそのまま持ってきてしまえば、手を加えるところは最小で済むだろう。
 その分、迷宮の宣伝や、稀人が住む予定のタウンエリアの設計に注力できる。
(異世界に著作権が及ばなくてよかった)
 完成したら僕も迷宮で遊んでみようと、ちょっとワクワクしている。僕が楽しくなかったら、きっと他の人も楽しくないだろうからね。
「うっふっふ……。人間どもよ、ぼくのダンジョンの餌食となるのだ!」
 僕が創るダンジョンは、もちろん死んだらそこで終わりで、復活なんてないできないけど、最大の目的は、人間に魔力を迷宮外に持ち出させることだ。
 そして、その迷宮は、最終的には消滅させることになるだろうけれど、いまは世界中に点在させなければいけない。保護した稀人を匿っている場所を撹乱するためにも、これは必須だ。
 このふたつを連動させながら運営するには、名誉や富が得られるという、表向きの餌をちらつかせつつ、グルメニア教やライシーカ教皇国からの攻撃を、ダンジョンの利益を享受する人間に防がせる必要がある。
 この世界の人類を分断対立させることになるが、稀人の被害を無くすためだし、“障り”を減らして魔力の流通量を増やしてあげるのだから、甘んじて受け入れてもらおう。
(あと、ここからは僕の希望と言うか、おせっかいだけど……)
 同時に、積極的にダンジョンに潜って活動させることで、この世界の人間に「知育」をする副次的な狙いがあった。
 ダンジョンの中に、色々な素材や仕掛けを取り入れることで、失敗してもいい経験を積ませ、「気付き」や「ひらめき」、「よく観察して比べる」「見方を変えて考える」、そんな力を養ってもらい、迷宮の外でも発揮してもらいたいと思った。
 この世界にはこの世界の文化があるのだとしても、迷宮内では僕の文化に従ってもらおう。
「ダンジョンのルールは、ぼくが決めるとして、マナーは、人間たちで育んでほしいな。ダンジョンのなかでは、人間どうしで殺しあってもいい。おーけーぴーけーOK・PKおーけーぴーけーけーOK・PKK
 ついでに、醜い本性をぶつけ合って、共喰いするもよし、人間を磨くもよし。
「愚かな人間どもよ……なんちって! 迷宮の魔王プレイ、楽しいかも!」
 僕の精神年齢と一緒に倫理観も急落するので、魔王プレイは楽しいけれど、ほどほどにしようと思う。