007 見た目は子供、中身はオッサン
僕の、実質『仲間を売れ』という要求に、シロははじめ表情をこわばらせたけれど、諦めたように頷いた。
『わかりました』 「え、いいの? もっとごねるかとおもった。これから生まれるたましいも、対象になっているからね?」 『構いません。無理難題を言われて、我々が応えられないから迷宮も創らない、となるよりも、はるかにマシです。我々自身の犠牲無くして、良い結果だけを享受できるとは思えませんから』 ちゃんと理解しているシロに、僕はくすくすと笑ってみせた。きっと邪悪な笑みに見えただろう。 「よし! じゃあ、契約書だすね」 僕は新しく作った子供用の椅子に座り、パソコンで必要事項を打ち込んだ。いままで仕事に使っていたものだから、文章のあちこちが日本の法律を基にしているので、そこも書き換える必要がある。 「建築費用っていっても、シロたちはお金もってないしねえ」 迷宮内で使える部品は、すべて変換された魔力で作れる。万能素材 話を戻すと、この国で流通している現金が欲しかったら、僕自身で稼ぐ必要がある。これも、シロたちにとっては不可能事に入るから、僕が報酬に現金を望んだ時点でアウトだったんだよ。 (返済計画まで立ててあげるなんて、僕って、優しいなぁ) 金が払えないなら体(魂)で払え、って言っているだけなんだけどね。闇金とか、やくざかな? とはいっても、この報酬で僕がなにか直接的な恩恵を受けるわけじゃない。どちらかというと、保険に近い。ショーディー・ブルネルティと迷宮に危害を加えると、死んだ後に迷宮でこき使われるぞ、と今生きている人間に対して脅しができるんだ。 もちろん、僕が迷宮建築家だということを公表するつもりはないけれど、どうしても専守防衛になる迷宮を畏れさせる手段は、いくつあってもいいからね。 「……できた!」 プリンターから出てきた契約書と約款を、シロのところへ持っていく。 「はい。法律がなくても、決まり事は、あるからね。こっちは、免責事項。ぼくは責任もてないこと」 建築計画書はまだ出せないけど、僕が“障り”を魔力に変える迷宮を創り、運営していくこと。稀人を保護する場所を作ること。迷宮に関しての全権が僕にあるということ。シロたちは僕と迷宮と匿った稀人に関して守秘義務があり、この世界の人間に情報を与えてはいけないこと。シロたちは迷宮の創造と運営に関して、僕の求める必要な情報を提供すること。シロたちは契約に定められた報酬を、僕の請求に応じてその都度遅滞なく支払うこと。僕が死んだ後も迷宮のシステムにより、一部報酬の請求が発生する場合があること。その場合は速やかに支払いに応じること。など。 免責事項として、僕が死んだ後は自動運転に任せて、直接迷宮運営をしないこと。この世界の人間が迷宮を破壊して滅亡しても、僕の責任は問われないこと。迷宮建設中に邪神が復活した場合は、契約が無効になること。などなど。 『細かいですね』 「それが、約款ってものだよ」 難しい法律の言葉をちーっさな字で書いていないだけ、ありがたいと思って。当然のことしか書いていないから。 僕とシロは契約書にサインをして、二重になっていた契約書を剥がしてそれぞれが保管することに。 『これは……かーぼんし、というものでしょうか? 稀人の知識にありました。教皇国では、紙の間に挟んで複写する、特殊な紙があります』 「え? ああ。これはノーカーボンの複写紙だよ。そうだねぇ、これを作るのはむずかしいけど、カーボン紙なら作れるかもね」 ライシーカ教皇国って、カーボン紙が作れるくらいの技術はあるんだな。植物紙ですら貴重な我が国とは大違いだ。 「契約成立! これからも、よろしくね、シロ」 『はい。……お手柔らかにお願いします』 ニッコニコで手を差し出す僕に、シロは引きつった笑顔で手を握り返してきた。そんなに委縮しないでよー。僕、優良顧客はちゃんと大事にするよ? 数日の教育的指導により、シロはだいぶ この世界の人間は精神が未熟だと、僕が言って、シロにも自覚があったけど、それが日常生活の中で現れると、僕には結構なストレスだ。 「ハニシェ、元気だして」 僕のお世話係のハニシェは、無言で不機嫌を態度に出すとか、急に激昂するようなヒステリー持ちではない代わりに、ちょっとしたことで落ち込みやすいタイプだ。 「申し訳ありません、坊ちゃま」 「ぼく、そんなことで怒らないよ。ほら、いっしょに食べよう?」 彼女は手を滑らせて、皿からクッキーをばらまいてしまっただけだ。しかも、床ではなくテーブルの上だったので、僕は全然気にしていない。仮に床の上に落ちて砕けてしまったとしても、掃除して、新しいクッキーを用意すればいいだけの話だ。 「なんてお優しい坊ちゃま……。こんな不器用な私など、折檻されても当然ですのに……」 (ドМかな?) ちょっとイケナイことが頭の隅をよぎったけど、ハニシェはただただしょぼくれて自分を責めている。 (僕がいた世界にいたら、絶対DV男に捕まってるぞ) 実際、些細な失敗で使用人を打つ主人は多いらしい。というか、それがスタンダートで、僕の家族も普通に酷い言葉で罵ったり、物を投げつけたりする。 なんでそんなことをするのかと両親に聞いたら、まったく普通に「すっきりする」と言われて、その素直すぎる返答に目をまわしそうになった。てっきり、「示しがつかない」とか「クビにするよりいいだろう」とか、そういう返事が来ると身構えていたから、取り繕うこともない幼児の癇癪レベルだったことに頭を抱えた。 「あのね、ハニシェをぶっても、クッキーがお皿にもどったりしないでしょ? 失敗しないひとは、いないんだよ」 「ですが、坊ちゃまのメイドとして……もがっ」 まだぐちぐち言いそうな口に、欠けたクッキーを突っ込んであげた。自分の口にもクッキーを入れる。 「はい、あーん。もぐ……おいしいねぇ。お茶いれてよ」 「はふ」 紳士な僕は包容力のある優しい この城館のメイドは、ハニシェのような落ち込みタイプが多く、陰口で発散するタイプが少しいる。男の使用人だと、家僕は慇懃か卑屈で、兵士は下に横柄だし、庭師や馬丁は寡黙で暗いとか落ち着きのないコミュ障が多い。 (根っからの根性曲がりはいないんだけど、型にはめたような性格になりやすいというか、なぜか極端にステレオタイプなんだよなぁ) 彼らが子供の頃はどんな性格だったんだろうと、首を傾げずにはいられない。それくらい、揃いも揃って、言動や雰囲気が同じなのだ。 (個人でいることすら面倒で、みんな仕事用のお仕着せ性格にしているんだろうか? え、それはさすがにどうなの) 仕事とプライベートで顔が違うなんて、よくあることだけど、みんながみんな同じような性格に揃えることで、鰯の群みたいにしているなら……ちょっと異常だよな。 (でも、ワンマンな会社の中とか、ブラックな環境に染まりきっている時と、似てるか?) 嫌な思い出がよみがえってきそうで、僕は慌てて頭の中からそれらを追い出した。この状態は、うちの城館の中だけのマイルール的な、レアなケースなのかもしれないし。 「ねぇ、ハニシェ。ぼくにケガをさせたとか、そういうんだったら、父上が怒るとおもうよ。でも、クッキーをおとしたとか、お皿をわったとか、そのくらいじゃあ、ぼくは怒らないよ」 「……はい」 「ハニシェは、ぼくの大事なメイドなんだから、じぶんがダメだなんて、おもわないでね? ハニシェが用意してくれるおやつも、お茶も、いつもおいしいよ」 「は、はい……!」 あざとく笑顔を向けると、ようやく立ち直ってくれた。毎回付き合うのも面倒だから、ハニシェにはもう少しタフになってもらおう。 (ダンジョンで戦闘経験を積めばいいのか? 戦闘メイドさん、いいな) ちょっと僕の嗜好が入ってしまったけど、まあ、具体的な方法は追々考えよう。 「坊ちゃまは、私にとってもお優しいです。それなのに、どうして家庭教師の先生に……その……」 ハニシェが言いにくそうに尋ねてくるのは、午前中に僕が家庭教師をコテンパンに言い負かしたからだ。あとで父上から怒られるかもしれない。 「ぼくは、歴史が知りたいのに、根拠のない言い伝えとか、英雄譚を話すんだもん」 それ何年の話? ソースは? いま関係ある? あなたの感想ですよね? をやったので、さぞ凹んだことだろう。ハラスメントの自覚はある。 (五歳児を相手に、初手からグルメニア教を讃え始めたアホには、いい薬だろう。どうしてこの領地の成り立ちとか、 父上に怒られたら、「ぼくは、おじいさまや、ひいおじいさまのお話が、知りたいんです!(ウルウル」って訴えよう。 もちろん、グルメニア教の話に興味がないわけではないけれど、それは現在のライシーカ教皇国に関することであり、聖ライシーカの大冒険を聞きたいわけではないのだ。 「ぜんとたなんだ……」 「坊ちゃまは、難しい言葉もご存じなのですねえ。ハニシェは嬉しいです!」 「うん……」 クッキーを齧りながらハニシェを見る僕の目は、ちょっと虚ろだったと思う。本当に、ショーディーくんの前途は多難だ。 |