004 家族の肖像


 僕たちのスキル鑑定があった日、夕食にはお祝いの御馳走が並んだ。

 僕の【環境設計】というスキルは、いままでに出たことがないらしく(当然と言えば当然)、具体的な効果がわからないので、グルメニア教の司教にもライシーカ教皇国に来ないかと誘われてしまった。ただ、まだ僕が五歳と幼いために、国境を超える様な旅には耐えられないだろうからと両親が断ってくれた。
(教皇国に興味はあるけど、研究機関に囲われるのは勘弁してほしいよ)
 もしかしたら、僕が成長した時点で、拒否不可能な呼び出しに変わるかもしれないけれど、それまでには抵抗なり逃亡なりできる力をつけたいと思う。

 それはそれとして、モンダート兄上の【土魔法】に、両親は大喜びだ。
 この世界は、異世界人を召喚する魔法があるように、一応魔法の概念がある。ただ、六百年前に邪神が封印されて、“障り”が出始めてから、魔法を使える人が極端に減りだしたそうだ。以来、魔法関係のスキルを持っているほとんどが稀人であり、この世界の人間で魔法が使えることは、とても尊敬されるのだ。
「これでブルネルティ家は安泰だ。早々に家督をモンダートに譲って、楽隠居でもしようかな」
「まあ、ベルワィスさまったら。お気が早いですよ」
「わっはっはっは」
 両親は上機嫌で、モンダート兄上もまんざらでもない笑顔。ネィジェーヌ姉上もニコニコしているけれど、淑女教育が始まっている長子なので、隠された本心はわからない。
 僕は綺麗にカトラリーを使いながら、ことさら無邪気に意見をした。
「父上のあとをつぐのは、姉上のほうがいいとおもいますよ。そうでないと、兄上のスキルがむだになりますからね!」
 冷や水をぶっかけられて両親は真顔になったが、目を丸くした姉上が僕にたずねてくる。
「どうして、ショーディーはそう思うの?」
「だって、兄上が魔法使いになったら、いそがしくて、領地のおしごとができないでしょう? ぎゃくに、兄上が領主になったら、魔法使いとして、まわりにちからを示せません」
「……言われてみれば、魔法使いとしての実力を示せていなければ、領主になっても、他の領主から侮られかねないわ。スキルがあっても、たいしたことがないって。ショーディーは、モンダートにも我が家にも、恥をかかせたくないのね」
「はい!」
「そんなこと……!」
 母上の眉がギュッとしかめられたけど、姉上の言葉を聞いて、父上も考えるところがあったようだ。
「モンダートの魔法教育をするにしても、教師はほぼ教会の人間だし、いずれは教皇国に長く留学することになるかもしれんな。王都で仕官すれば、建国以来の魔道将軍も難くない。そうすると……」
 父上はまだ三十代だけれど、この世界では五十歳位でだいたい寿命だし、何が起こるかわからない。当主としては、軽々しく決められないだろう。
 父上の視線が僕にきたので、僕はフォークに刺したニンジンっぽい野菜を口に運ぶのを止めて、フルフルと首を横に振った。
「ぼくは、あとつぎになりませんよ」
「なぜだ?」
「姉上のほうが、ずっとずっと、ふさわしいからです」
 僕には迷宮建築をして稀人を保護するという、立派な使命があるからね。
 それに、ネィジェーヌ姉上は領主としての資質があると思うんだ。勤勉で、領民に対して慈悲深いし、自身に対しても厳しいところがある。僕には、上流階級の付き合いなんて無理だしね。
「ぼくのスキルは、目的にあわせて、場所をととのえるとか、こうしたらどうかなっていえる、そういうものだとおもいます。でも、きれいに整えるだけでは、父上のおしごとは、できないでしょう?」
「ふむ……どちらかというと、補佐向き、ということか」
「そうです!」
 ぶんぶんと首を縦に振り、僕は姉上を推薦して、自分から跡継ぎ候補を逸らせた。
「兄上は、どうしたいですか?」
「えっ?」
 自分が跡継ぎになることを反対する弟に対して、モンダート兄上はいい顔はしていなかった。話を振られても、よくわかっていないみたいだ。
「魔法使いしながらあとつぎになると、姉上いじょうに、勉強しなきゃいけないですよ」
「ぐっ……」
 明らかに目が泳いで顔色が悪くなる兄上。そうだよね、姉上、頑張って勉強してるもんね。家庭教師が色々合わせて五人くらいついているもん。
(三歳しか違わないのに、努力家な姉上と比べられるのはキツイんだろうなぁ)
 だけど、スキルを言い訳に魔法使いの道を選べば、どちらが上か下かと優劣を囁かれずに、ブルネルティ家の双璧と呼ばれるかもしれない。
「……もう少し、考えたいです、父上。スキルのことは、今日、言われたばかりだし」
「うむ。親ばかりが、少しはしゃぎすぎてしまったようだな。自分のスキルと、きちんと向き合いなさい」
「はい」
 息子二人ともがスキルを授かったことにフィーバーしていた両親が落ち着いたところで、僕はモンダート兄上にひそひそと話しかけた。
「ねえねえ、兄上、おねがいがあります」
「なんだ?」
 僕は皿に残っているニンジンをフォークで突っついた。
「あまいお野菜ができる、おいしい畑を、【土魔法】でつくってください!」
「ぷっ……ふふっ、そんなこと、できるかな?」
 兄上には笑われたけど、酷いえぐみを誤魔化すために、濃い味のソースでべちょべちょにされた野菜を食べるのは、前世の記憶を取り戻した僕の舌には耐えられないんだよ。


 さて、僕の家族のことについては、一応の落ち着きが戻ったと思う。跡目争いに巻き込まれたらたまらない。
 母上は「女子には女子としての幸せを」と考える人だから、姉上が跡継ぎになるには、もういくつか山を越えなければいけないかもしれないけれど、兄上にその気がないとわかれば、父上が良いお婿さんを探してくれることだろう。
 ベッドの中でゴロゴロしながら、僕は眠れない頭で考える。
(とはいっても、僕自身も早々に地盤を固めないとヤバいな)
 僕の言動が、明らかに五歳児からかけ離れているという自覚はある。精神がアラフィフから幼児の肉体に引っ張られていることは否めないけれど、その調子でゆっくりこの世界に合わせていたら、何の成果も出せないうちに破滅しそうだ。
(町なり村なり、平民の生活を実際に見られればいいんだけどな)
 五歳の僕は、まだ城館から一歩も外に出してもらえていない。当然、父上の視察についていくなんて無理な話だ。兄上だってまだなんだもん。
(昼間はハニシェがつきっきりだし、今度、僕にも家庭教師がつくことになった。大人の目が増えると、動きづらいな……)
 寝付くのを諦めた僕はベッドから抜け出し、いつものように姿見の前で、むーんと考え込む。
(スキルの使い方もよくわかっていないし……どうやって迷宮を創ればいいんだろう?)
『難しく考えないで』
「んえ?」
 眉間にしわを刻んで俯いていた顔を上げると、そこには真っ白な僕・・・・・が手招きしていた。
『こちらです』
 僕は慌てて自室の中を見回し、真っ暗な中で誰もいない事を確認した。
(……よし!)
 僕は覚悟を決めて、鏡面に手を伸ばし、やせ細った真っ白な手に引っ張られるように、姿見の中へ飛び込んだ。

「っと。うわ、まぶし……あれ?」
 姿見の中は左右逆の鏡面世界……かと思ったら、ひたすらに真っ白な空間が広がっているだけだった。
 振り返ってみると、暗い室内を映した姿見が浮かんでいるだけで、やっぱり何もない。
(あれ? あの子、どこに行ったんだ?)
『ようこそ、迷宮建築家ラビリンスクリエイター。我々の願いを託された稀人よ』
「うおっ!?」
 あの少年の声が空間そのものから響いてきて、僕の目の前には、青い表紙の大きな本が降りてきた。
 その本がパラパラと開かれると、真っ白で何もなかった空間が、どこか見覚えのある部屋へと変化した。
「あ……」
 細かいところは違うが、とても馴染み深い雰囲気の場所。
 大きなデスクに置かれた三枚のモニター。奮発して買ったチェア。資料やカタログがいっぱいの、本棚や引き出し。大きな製図板と、これまた大きな作業台のまわりには、ジオラマを作るための道具と材料が積まれている。
 ぱたん、と閉じた青い表紙の大きな本は、光の粒子になってデスクの下に吸い込まれていった。そこにあるのは、大きな黒いケース。
「ぼくのパソコン……ここ、ぼくの仕事場アトリエだ」
 懐かしい、と思うには、苦笑いが浮かぶ。
「どうやって動いているんだろうな」
 パソコン(?)の起動ボタンを押してモニターを見上げると、トンカチとノコギリを交差させたアイコンが、くるりくるりと回っていた。
「CADも入っているといいな、このアプリ」
 僕はチェアによじ登り、さっそくアイコンをクリックしてみた。