001 死んだ先の処方薬
無差別殺人において、「誰でもよかった」と語りつつ、自分よりも弱い者を狙う奴は、「自分は死にたくないが、誰かを傷つけたい」と考える、ある意味、理性的な卑怯者だ。
本当に「誰でもよい」と思い、獲物を選り好みしなかった奴は、「失うものなどないし、全部終わりにしたい」という、どうにもならないところまで行ってしまった人かもしれない。 (だからって、その犠牲にされるのは、ちょっとなぁ……) 四十年以上、懸命に生きてきたが、裕福で安泰な将来を思い描けていない人生ではあった。いつ死んでも、自分は別に困らない。だが、その原因が自分の不摂生や、自己犠牲による、納得したものであるならばまだしも、無差別殺人に巻き込まれたのは意外だし、少々物申したくもなる。 建築系デザインのフリーランスをしていた ちょうど、なにか他のイベントとも被ったらしく、駅前は人でごった返していた。悲鳴や叫び声が聞こえても、どっちへ逃げればいいのかと身動きが取れないうちに、刃物が目の前に来ていた。 直前まで、「あの『廃城ブラムス』のジオラマ凄かったなぁ。俺もジオラマ作ろうかな」などと、ぼんやり考えていたせいもある。 (うん、死んだな) 首筋に走った鋭い痛みと共に血液が噴き出し、視界が真っ暗になって、まわりの音が遠くなって、体が冷えていく感覚が記憶にあった。確実に死んだ、その自覚はあるのだが、いま目の前に広がっている風景は、大病院のロビーのように見えた。 「え?」 しかも、ストレッチャーに寝かされているとかではなく、普通に立っていた。 慌てて斬られたはずの首筋を触ってみるが、痛みはなく、手のひらにも血がついていない。 『ポーン…… 』 呼び出し音らしきものが響いて見上げると、電光掲示板のようなものに、でかでかと文字が出ていたが、それを読み取ることができない。 ロビーの長椅子に座っていた、十歳くらいの真っ白な少年がトコトコと窓口に向かって歩いて行く。 「はい。じゃあ、そこの魂です。お大事に〜」 「ありがとうございます。お世話になりました」 礼儀正しく受け答えした白い少年は、くるりとこちらを向いた。病的に痩せた体が、真っ直ぐに翔の前に歩いてくる。 「え?」 その少年は、癖のある短い髪のてっぺんから、貫頭衣の下に覗く素足まで、真っ白だった。肉付きの薄い頬や、疲れ切った眼差しは、たいそう心が痛む。 「ご迷惑をおかけしますが、なにとぞ、よろしくお願いします」 深々と頭を下げた白い少年は、骨が浮き出た手で翔の手を握り、そのままロビーを出て行こうと歩きだす。 「え? お? ちょっと待て? なんだこれ???」 少年の爪先が、床からふわりと離れると、翔の足からも床の感触がなくなり、導かれるままに宙を飛ぶ。 「貴方のいた世界から、たくさんの人たちが、我々の世界に連れてこられています」 「は?」 翔は自分の手を引く少年を見上げ、悲し気に訴える目に見返された。 「死地にいる彼らを、どうか助けてください」 ―― それが、我々の世界を救う事と、同義であるのです 地球産日本人であるところの、善哉翔の意識は、そこで途切れた。 |