疲れた賢者は面倒くさい勇者をフリ続ける ―4―
元聖女候補フェリシアの呪術だけは本物だったようで、ジェリドも認めざるを得なかった。当然、聖女の護衛もできなくなったが、それ以上にレーナが怯えきってしまい、これ以上の旅程は無理だと判断された。
迎えに来た騎士団が、宿の部屋に閉じこもっていたレーナよりもジェリドにかしずいたのを、彼女は目を白黒させて見ていたが、王都に到着してから通告されたことに、文字通り発狂した。 ―― 少女レーナより聖女の称号を剥奪する 「なんでよ!?こんなにがんばったじゃない!!」 教皇からのメッセージを伝えた王都の司教は、白髭を扱きながら心底困惑した表情を浮かべた。 「これで、貴女は『聖女』ではなくなったので、最終的な呪いからは逃れられました。もっと喜んでいただいてもよいのでは」 「っ・・・・・・!」 驚きと納得と歓喜と不安と、目まぐるしく表情を変えるレーナは、そのまま王城から放り出された。彼女はもう『聖女』ではなく、少し治癒と浄化ができるだけの町娘だった。彼女の父親と噂される人物が、彼女を助けるかどうかは、わからない。 「ジェリド卿、申し訳ない」 「お顔を上げてください、教区長殿」 ジェリドを蝕む呪いは、現状、誰にも解くことができなかった。浄化は「浄化したいものに触れなければ効果がない」のに、呪いに触れれば伝染してしまう。特に、聖女の称号を持つ者は即死の危険があり、それ以上に桁外れなほど力のある者でなければ、共倒れになってしまうのだ。 ジェリドは自分自身に隔離結界を張り続け、不用意に他人に触れられることを防いだが、それでも王城に留まるわけにはいかなかった。 「フライゼルよ、子息の忠義に報いてやれぬ余を許してほしい」 「もったいないお言葉です、陛下」 父と共に跪き、ジェリドは最後の謁見を終えると、そのまま領地に帰るべく王城を出た。 「では父上、お元気で。母上にも、よろしくお伝えください」 「うむ。・・・・・・お前を失うのは、本当に手痛い」 「申し訳ありません。どうぞ、トリアードに目をかけてやってください。のんびりした性格ですが、堅実で頭の良い子です」 「わかった。領地の事はフラビオに任せてある。適当な屋敷を用意しているはずだ」 「お手数をおかけいたしました」 王都に残る父と別れ、ジェリドはフライゼル家の家紋が掲げられた馬車に乗った。 ジェリドの父は、長男を自分よりも上に行ける後継者として期待していたため、今回の失敗は頭に血が上るほど腹立たしいに違いない。しかし、教会の力を削ぎ落としたことで王家に対して恩を売った形になり、さらにジェリドを救う手立てのない王家がフライゼル侯爵家に負い目を感じさせての退場となったので、温情をかけてくれたのだろう。爵位の継承権も放棄したので、あとは、弟のトリアードにがんばってもらうしかない。 「・・・・・・・・・・・・」 王都の喧騒に混じって、聞き覚えのある声が馬車にかかったようだが、馬車は止まらず、ジェリドは目を瞑ってガタゴトと揺れに身を任せた。 ジェリドは簡潔にまとめつつも長くなった話を終えると、ぬるくなった紅茶でのどを潤した。カップを持っているのは、生えたばかりの右手だが、感覚は良好だ。 「天才な上に、忠誠心高すぎ」 「だから言っただろ、武勇95の内政チートキャラだって」 粗末なテーブルを挟んで向かいに座っている、黒と銀の色彩を持った二人はぼそぼそと言っていたが、褒められと思っておこう。 自室のベッドで昏睡状態に陥ったジェリドが次に目を覚ました時、枕元には銀髪を無造作に結んだ若い男がいた。そして、いつの間にか領地から遠く離れた、旧ディアネスト王国の端にある廃村に移動していた。 「【鑑定】持っているだろ?やってかまわないよ」 自分の目が鍛えられないし、知られると無駄に恐れられるために使用を自重して、ほとんど公にしていなかった 「あなたが・・・・・・なぜ?」 「ライナスとかいう冒険者がしつこくて・・・・・・結果的にはよかったけど」 「それは・・・・・・まことに、申し訳ない・・・・・・」 いいっていいって、と苦笑いで手を振るリヒターは、ジェリドの右腕も再生してくれていた。 「あの呪いを解くなんて・・・・・・」 「ジェリドさんの魔力を吸っていたからか知らないけど、呪いは魔石になって取れたよ。いまはほら、ノアのおやつになってる」 「ん、ん〜」 ドアの隙間からこちらをのぞいていた赤毛の幼児を抱き上げて、リヒターは自分の膝の上に乗せた。 「ノア、ジェリドさんに、ごあいさつしよう」 「ぁう!んむ〜〜!」 金色の目をした三歳くらいの幼児は、飴玉をしゃぶっているようにもごもごと口を動かしながら、機嫌よくぴょこぴょこと体を動かし、小さな両手で柔い頬を挟んだ。 「ジェリドさんの魔力で満ちた呪いの魔石が美味いそうだ」 「・・・・・・この子は、人間か?」 「たぶん違うけど、まあいいんじゃないかな」 いいのか、と突っ込みたい気持ちを抑えるジェリドの前で、幼児を抱えたリヒターはのほほんと笑っている。【聖者】には、そういう気質も必要なのかもしれない。 しばらくここで養生するといい、と言い残してリヒターがノアと部屋を出ていくと、入れ替わりにロータスが入ってきた。 「坊ちゃま!坊ちゃま、よく、お目覚めに・・・・・・!」 「ロータス!・・・・・・心配をかけたな」 聞けば、藁を積んで覆いをかけた荷車にジェリドとロータスを潜り込ませ、それを足で掴んだ怪鳥がここまで運んできたらしい。 「私の心臓が、二、三度止まりかけました」 「苦労を掛けた・・・・・・」 「ですが、坊ちゃまのご快癒が一番喜ばしい事です。本当に・・・・・・」 ジェリドの手を握りしめて涙を流すロータスに、ジェリドはどう報いてやればよいかと、胸が熱くなった。 この廃村には、リヒターとノアの他に、エルフィンターク王国の貴族令嬢サルヴィアとその侍女エルマが住んでおり、ジェリドとロータスを快く受け入れてくれた。 「あのクソザコ冒険者が、まだジェリド卿に会いたいだの、ここに行きだのってあきらめないんだけど・・・・・・もう一回ぶっ飛ばしてよろしいかしら?」 リヒターから愛称らしい「セージ」と呼ばれるサルヴィアを【人物鑑定】すると、【公爵令息】【男の娘】という称号が出てきたので、ジェリドは見なかったことにした。長く艶やかな黒髪と、ジェリドよりも明るい緑色の目をした怜悧な美貌の持ち主だが、肝の据わった性格と回転の良い頭脳の持ち主で、S級冒険者しか来られないような魔境にある廃村と外界を繋ぐ役目を一手に担っていた。 リヒターとサルヴィアが、野菜や薬草が異常繁殖した畑の世話をして、瘴気が満ちた森の中に向けてノアが大魔法をぶっぱなし、フォレストジャイアントやアンバードラゴンなどを狩る長閑な村の日常を眺めながら、ジェリドは今後についてじっくりと考えることにした。 |