疲れた賢者は面倒くさい勇者をフリ続ける ―5―
リヒターが【聖者】であることを隠しているのにジェリドを助けたのは、単純な慈悲と言うわけではなく、下心あってのことだ。
「一国の宰相に匹敵する知識を持った天才だぞ。セントリオンとも実家とも縁が薄くなった今、誰かにとられる間に確保したいに決まってる」 ジェリドを内政チートキャラと言ったリヒターは、自分を国のような大きな権力から守ってくれる人材を探していたらしい。 「評価していただけるのは嬉しいですが、あまりに難しい仕事と言わざるを得ません。私にとっての利益は?」 真っ直ぐに見返すジェリドに、リヒターは我が意を得たり、とでも言いたげに、にっこりと微笑んだ。 「ダンジョン。魔境と化した旧ディアネスト王国の奥には、スタンピードの原因になったダンジョンがあるはずだ」 「・・・・・・なるほど。再開拓して、その利益を我々で総取りするわけですね」 「話が早くて助かる」 サルヴィアはこの魔境を領地として賜った没落一歩手前の公爵家の人間で、リヒターは証拠さえまだないが、旧ディアネスト王国の伯爵家の血筋らしい。この魔境を統治できれば、エルフィンターク王国とも渡り合うことができる。 捕らぬ狸の皮算用、政治的にも危険が大きいとは思うが、ノアが希少な傾国桃樹やジュエリーフロッグを捕まえてサルヴィアに褒められている姿を見ると、なんでもやってみようという気になってくる。 「・・・・・・面白い」 ジェリドは知らず唇の端が上向いた。国に仕え、歯車のように働くことに嫌悪はなかった。苦労に対する恩賞や名誉が少なくとも、セントリオン王国貴族としての忠誠心に偽りはなかった。だが、手つかずの荒野がジェリドを待っていて、それを自分の手腕で自由に繁栄させることができるとしたら。自分の才能を買って、ジェリドだから来いと呼んでくれるのならば・・・・・・。 こんなに胸が躍るのは、生まれて初めてではないだろうかと、ジェリドの目に光が灯った。リヒターもサルヴィアも理知的で、まだ村としても人が少なすぎる現状だが、この魔境で生活する戦力には申し分ない。 「いいでしょう。その話、乗りました」 「よろしく頼む、賢者殿」 差し出されたリヒターの手を握り返し、ジェリドは自分が生まれ変わったような気分すら味わった。 移住に際し、ジェリドは邪魔が入る前に急いで用意を進めた。 まず身辺の整理はしていたが、死んだことにすると貴族としていろいろ面倒なので、外国の聖職者が療養のために招いてくれたことにした。供はロータスにしようかと思ったが、自分の歳ではあの魔境でやっていける自信がないと辞退され、代わりに肝の据わった使用人と、村人の候補を何人も用意してくれた。ロータス自身は連絡の受け取り役として、セントリオン王国のフライゼル領に残ると決まった。 次に、とにかく村を発展させるための人材と、魔境を開拓できるS級冒険者を呼びこまなくてはならない。住居に加えて宿を整備して、工房を建てる。商人の往来はまだ難しいが、冒険者ギルドを誘致できればだいぶ楽になるだろう。問題は資金だ。 「売るものはあるんだけど、売れるかなぁ」 などとぼやきながらリヒターが案内してくれた倉庫には、ノアが狩って手に入れた各種高級魔物素材や、リヒターとサルヴィアが作った謎に効果の高い作物や薬草が乾燥されて積まれていた。傷みやすいものは、それぞれが持つ【空間収納】に放り込んであるらしい。 「あと、金属もあるよ。売ってもいいけど、腕のいい鍛冶屋が来てくれたら、武器の材料として提供するつもりだったんだ」 「・・・・・・この、卵は?」 「飼っているコッケが産むんだ。何を産むかは、日によって違うけどね」 バスケットに無造作に放り込まれた卵は、金、銀、玉鋼、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト・・・・・・ヒヒイロカネと思われる物もひとつ混じっていた。それを産むコッケは、庭で地面を突きながら歩き回っている。ジェリドには、普通の (ここは魔境だ。常識を捨てろ) 若干の頭痛を堪えて、ジェリドは販売経路の確保が先決だと考え直した。これを売りさばくには、なまなかな商会では手に余る。 そんなこんなで忙しく動き回り、ジェリドは充実した毎日を過ごすようになった。以前のような華美な空間ではないが、清潔で素朴な村の暮らしは、意外と癒されて快適だった。 そしてついに、ジェリドは魔境の外にあるエルフィンターク王国の町で、ライナスと遭遇してしまった。魔境産の素材や薬品を引き取ってくれる、一番近いギルドがそこにあったからだ。 「すまなかった!」 地面に両手をついて額をこすりつけるライナスを見下ろし、ジェリドは何と答えようかと逡巡した。ジェリドの隣にいるサルヴィアは、ジェリドよりも冷やかな眼差しでライナスを見下ろしている。リヒター目当てに付きまとわれたせいか、余計に嫌いなのだろう。 「俺が馬鹿だったせいで、迷惑をかけた。その・・・・・・もう体は大丈夫なのか?」 「ええ。ライナスのおかげで、私も助かりました。尽力してくれたのに、礼が遅くなりましたね、ありがとうございます。贖罪は、もう充分にされたと思いますよ。お疲れ様でした」 隣でサルヴィアが引くほどの言い方をしたはずなのだが、ライナスには通じなかったようで、熱のこもった眼差しでジェリドを見上げてきた。 「フェリシアを倒した時の、堂々としたところに惚れた!好きだ!付き合ってくれ!」 「お断りします。絶対に嫌です。私は、自分より弱い男に興味はありません」 今度こそ誤解のないよう、素直に本心を伝えたつもりだが、ライナスは石像にでもなったかのように固まり、サルヴィアの「おうふ」というため息のような低い声が聞こえた。 「ジェリドがS級レベルなんだから、EX級でないと無理ね」 「そんな方がいたら、ぜひ押し倒してみたいですね。将来有望なノア君には、とても期待しているんです」 「ノアの貞操がピンチですわ、リヒター・・・・・・」 顔を覆ってブツブツ言っているサルヴィアを放っておいて、ジェリドはライナスに向けて、社交界用の爽やかな笑顔を向けた。 「そういうことで・・・・・・あなたの謝罪と、誠心誠意の贖罪は受け入れます。ですから、自分の力量も把握できない愚かさと、身分を顧みないでしつこく付きまとえる度胸に免じて、知り合いにはなって差し上げますよ。そうですね、S級冒険者になれたら、お友達に昇格することを考えましょうか。おや、まだA級にもなっていませんでしたか?がんばってください、応援していますよ」 「う、うぅぉ・・・・・・っ」 「ジェリド、アカン。鬼モードアカン。ライナス泣いちゃったから・・・・・・」 ひそひそと囁くサルヴィアに上着の裾を引っ張られたので、ジェリドはスカッとした胸を張って、優雅に一礼してその場を離れた。 「あぁ、晴れ晴れとした、いい気分です」 勇者をふった賢者が魔王と結ばれるのは、もう少し先の事となる。 |