疲れた賢者は面倒くさい勇者をフリ続ける ―3―
アスヴァトルド教の本山がある聖都アスヴァトルドへの巡礼は決められていたことだし、そこでの式典に出席するのも予定にあった。だが、物乞いの女を荷物持ち兼侍女に雇うというのは、ジェリドの想定を超えていた。
「お考え直しください。彼女は教会に預けるべきです」 「困っている彼女を救うことの、なにがいけないって言うの!?」 身元が不確かな者を雇い入れることも、雇う金を聖女自身が出す気がないことも、聖女が一人を贔屓することも、何もかもがダメだ。しかし、それを懇切丁寧に説いても彼女は聞き入れない。それどころか、ライナスに泣きついてジェリドがひどいと喚き散らす。 「そんなに貧乏人を信じられないのなら、俺が面倒を見るし、給金だって出してやる!」 「そういう問題ではありません」 「じゃあ、どういう問題だ?聖女が物乞いを見捨てたなんて噂がたったら、そっちが困るんじゃないのか」 挙句の果てには、教会が折れてジェリドに譲歩を促してきた。しかも、天を仰ぐジェリドに世話役の司教は言わなかったが、聖都を出た次の町で修道女の一人がこっそりと耳打ちしてきた情報に目を剥いた。 「あの女は、以前は聖女候補として、教会で見習いをしていたんです。それが、元々問題行動の多さもあって、選抜に漏れたのをきっかけに追放されて・・・・・・」 (はあっ!?) 思わず声を上げなかったことに、ジェリドは自分自身を褒めた。 物乞いとして聖都に留まられるのが嫌だから、司教は聖女一行に押し付けたのでは、と言う修道女に詳しい話を聞いて、精霊たちが事実だと告げると、ジェリドは孤児たちを育てているその修道女に自分の金貨を袋ごと握らせて宿に戻った。 女が捏造した身の上話に涙している旅の仲間たちを尻目に、ジェリドは貴賤を問わず使用を自重していたスキルを使い、その結果を添えて王都へ緊急の報告を飛ばした。だがしかし、王都で宰相が国王にその報告をして対策を練っている間に、事態は大きく動いてしまった。 連日の仕事に加えて、元聖女候補に関する調査をしていたので、ジェリドは寝不足気味だった。そこにきて、比較的見晴らしの良い街道だというのに妙に魔獣との遭遇率が高く、小さな溜息がでるのを止められない。 「ジェリドぉ〜、もうちょっと手加減できないかな?」 「無理ですね。魔獣素材が欲しかったら、次はあなた方にお任せします」 「あ、いや・・・・・・」 最近物騒だから一緒に行ってくれないかという隊商が二つも同行しているのだから、最大戦力を叩きこまねばこちらに被害が出る。 あたり一面を血と肉片の海にしたジェリドは、八つ当たり気味である自覚はあったが、怯えている女たちにも、自分より弱い冒険者にも、配慮する気はなくなっていた。聖女が死んだり、聖女がいるのに同行している商人たちが死んだりしたら、自分の評価が落ちるどころか、国王の威信にかかわる。 「街道にまで、こんなに魔獣が出没するなんて・・・・・・スタンピードの前触れじゃないでしょうね」 さっさと水魔法で血を洗い流し、土魔法で死骸を大地に還していくジェリドの呟きに、冒険者たちはびくんと肩を震わせ、聖女レーナは早く行こうと半泣きの叫び声をあげた。 「次の町で、騎士団の派遣を要請しましょう。陛下からのご命令があれば、聖女様は留まって怪我人の救護に当たっていただきます」 「なんで!?いやよ、早く王都に帰るわ!!危ないじゃない!!」 「いくら聖女様でも、この国の民であるからには、王命に従っていただきます。それとも、民を癒すという聖女の宣誓に背くおつもりですか?」 「騎士は民じゃないわ!」 「そんな馬鹿な」 思わず言ってしまったが、訂正する気は起きなかった。騎士の中にだって身を立てた平民がいるし、兵士はもちろん平民だ。それに、教会の神官は有事に際し、最前線で防衛・救護活動をするのが常だ。自ら先頭に立つべきところを、聖女だから免除されるなどという屁理屈が通用するはずがない。 「ライナス、ジェリド!また来たぞ!!」 斥候役の声に、全員の視線が注がれたが、ジェリドだけは体をひるがえすように、聖女に対して背を向けて立った。 「っ・・・・・・!」 「ぎゃはんッ!?」 右手首を掴ませたまま肘で相手の顎を打つと、みすぼらしい身なりの女は、ぼさぼさの髪を振り乱して倒れた。 「なに・・・・・・?」 「ジェリド!?」 突然のことに振り向く冒険者たちに、ジェリドはなにか答える前に剣を抜き放ち、女の右腕を肘から斬り飛ばした。 「ぎゃあぁあああ!!!」 「魔物寄せの道具は、ここですね!」 ずぶん、と女の下腹部に剣を突き立て、地面と縫い付ける。がちんと、なにか硬いものを貫いた手応えがあった。 「いッぎゃぁああああ!!いだいっ!いだいぃぃぃ!!」 「ジェリド、なにし・・・・・・」 「見ろ!魔獣が引き返していくぞ!?」 「えっ、えっ!?」 「どうなっているんだ!?」 混乱する一行の中にあって、ジェリドだけは冷静に、うぞうぞと指を動かして聖女に近付こうとする、斬り飛ばした女の腕を拾い上げた。 「元聖女候補、フェリシア・パットン。問題行動のために教会を追われ、生家にも見捨てられ、ついには魔呪使いに堕ちたか」 「ぎゃははははぁっ!あたしの呪術は最高よぉ!だって、聖女を殺すまで消えないんだもの!!もうあんたにも呪いは移ってるからね!わかってんでしょ!?」 カッと目を剥いて、唾を飛ばして哄笑する物乞い女のありさまに、聖女は泣きながら失禁し、ライナスたち冒険者も呆然と立ち尽くしている。それを遠巻きにしている商人たちも、彼女の狂気に当てられて動けないでいるようだ。 「公爵の隠し子だか何だか知らないけど、修行もしたことのない町娘が就けるほど、聖女の地位はお安くないのよ!!聖女に相応しいのは、あたし!!あたしが聖女なの!!!あたしから聖女の地位を奪ったやつなんて、死ねばいいのよ!死ね!死ね!死ねぇ!!っははははぁ!あたしの呪術はね!アンタにたどり着かないと消えないのよ!それまでは、みんなに伝染するの。みんなにね!呪われた人間たちから、あんたは逃げられるかしらぁ?」 出血のせいで、はひぃはひぃと胸を喘がせながら、フェリシアは傷が広がるのも構わず、残った左手でジェリドの右脚を掴んだ。 「さ、ぁ・・・・・・がひゅっ・・・・・・あんたが、次の呪いだ。・・・・・・ひひひっ、たくさんうつしてねぇ・・・・・・そ、んで、せいじょ、ころす、の・・・・・・ぉ!!」 「・・・・・・言いたいことはそれだけですか?」 ジェリドが掴んでいたフェリシアの右腕が燃え上がり、一瞬で灰になって散った。 「は・・・・・・?」 「舐められたものですね。私を誰だと思っているのです?」 ジェリドはフェリシアの腹に埋まっていた剣を引き抜き、面倒くさそうに振り下ろした。 「このジェリド・タスク・フライゼルは、国王陛下とセントリオンの民を護ることが仕事です。それ以外のものに煩わされるなどと思われるのは、心外です」 目と口を開いたままの生首に向かってそう言うと、ジェリドは元聖女候補フェリシアの死体を灰になるまで燃やした。 |